Vol.170
ペルーの首都・リマで長年活躍し、ペルー料理界に多大な影響を与えた日本人シェフ、小西紀郎氏の生前の功績を称えるべく、2018年8月2日に行われた追悼イベント「Toshiro El legado/紀郎 その遺産」。イベントでは、小西氏の足跡を振り返るとともに、世界に名だたるペルーと日本の一流シェフが、両国の食材や調理技術を組み合わせた創作料理を提供した。
前編ではペルーのシェフたちが作った料理の数々に触れたが、後編では日本の料理人11名が披露したメニューを紹介。11名のなかの9名が和食の料理人で、うち6名が伝統的な京料理の職人というメンバーが、日本から持ち込んだ食材にペルーのエッセンスを加え、この日だけの特別料理を来場者に振る舞った。
日本の料理人のメニューは「5種の寿司」からスタート
イベントではペルーのシェフに続いて、日本の料理人たちがコース料理を提供。最初の1品は、世界的に著名な日本人シェフである松久信幸氏による「カップ寿司 NOBUスタイル」。ネタは、イクラ&キャビア、マグロ、カニ、ウナギ、牛肉の5種類。赤酢と羅漢果(らかんか、中国原産の多年生植物の果実。甘みがあるため、甘味料として使われることが多い)で作るまろやかな寿司酢を合わせたシャリはツヤがあり、ネタの味わいを引き立てる。また、新潟の北雪酒造が造ったオリジナルの「NOBU」ブランドの純米吟醸酒も提供され、寿司とのペアリングを楽しめるように工夫。それ以降も、それぞれの料理と相性がいいシャンパンやワインが振る舞われた。
2品目は、金華ハムや鶏肉、豚肉をじっくり煮込んだシャンタンスープに、貝柱、昆布、カツオ節の出汁を加えた贅沢なスープ「干し貝柱と金華ハム、昆布と鰹節の喜び」。モダンチャイニーズの巨匠の一人・脇屋友詞氏と「京料理 木乃婦」の高橋拓児氏による合作で、具材には、大根と干し貝柱、ハスとクコの実が入っている。口に含むとこれらの素材の旨みがふわっと広がり、その余韻がいつまでも続く上品な味わいの一品だ。
3品目は、江戸懐石近茶流嗣家の柳原尚之氏と「京料理 清和荘」の竹中徹男氏が調理を手がけた「昆布締めヒラメのポン酢醤油ジュレ」。昆布の旨みを吸ったヒラメは、余分な水分が抜かれており、しっかりとした食感。ポン酢醤油のジュレには柚子胡椒が溶かしてあり、風味と辛味がよいアクセントになっている。また、レンコンの素揚げや、菊の花、シソ、クコの実などが盛り付けられ、彩りの美しさも際立つ一品だ。日本を代表するエディブルフラワーである菊は、秋~初冬を表す食材。柳原氏は、「8月のペルーは冬ということもあり、季節感を大切にする和の心を伝えるために、この素材を選びました」と語った。
メインディッシュとなる4品目は、「菊乃井」の村田吉弘氏が、自身の弟子である「平等院表参道 竹林」の下口英樹氏とともに作った「銀だら(メロ)の味噌漬け・からすみ粉焼き」。味噌漬けにした銀だらの表面をさっと焼き、からすみの粉をのせて300度のオーブンで3分加熱。銀だらの水分を内側に留めつつ、中まで完全に火を通すためのテクニックだという。銀だらの身にナイフを入れた瞬間、湯気とともに味噌とからすみの芳しい香りが立ち上る。仕上げに添えるソースは、クレソンとオレンジ色のペルー産トウガラシ、レモンから作ったもの。ペルーでは焼き物にソースを添えて食べることが一般的なため、来場したペルーの人たちにも好評だった。その国の食文化や食のスタイルを料理に反映しているのも、海外での経験が豊富なプロならではの仕事といえるだろう。
そばやカカオなどを使った創作メニューを提供
魚料理の次は肉料理が登場。5品目の「鴨の胸肉、赤ピメント、ブロッコリー、ナスの胡麻山椒ソース添え」は、京料理の名店「魚三楼」の荒木稔雄氏と、スペイン「エル・ブジ」での修業経験を持つ「NATIVO(ナティーボ)」(東京)の太田哲雄氏による合作。すべての素材を別々に真空低温調理しており、鴨肉は驚くほど柔らかく、野菜の甘みも感じられる一皿。それぞれの素材と、コクのある濃厚な胡麻山椒ソースとの相性も抜群だ。
6品目は、大ぶりの海老天がのった「天ぷらそば」。調理を担当したのは、江戸時代から更科そばの伝統を守る「総本家 更科堀井」の九代目・堀井良教氏だ。そばの実の芯の部分だけを使って打ったという真っ白なそばは、滑らかな舌触りとのど越しのよさが特徴で、まさに日本らしいシメの一品といえる。
デザート2品は、京都の料理旅館「美山荘」の中東(なかひがし)久人氏と太田哲雄氏が担当。1つは「甘酒のグラニテ」で、甘酒を粗めのシャーベット状にして、パッションフルーツの一種であるペルー産グラナディージャとカカオパルプ(カカオの種を覆う白い果肉)を煮詰めたシロップが添えられている。キャラメルコーティングしたカカオニブ(カカオ豆を発酵・焙煎して殻を取り砕いたもの)のカリカリした食感が、いいアクセントになっていた。
もう1品は「焼き餅のフォンダンショコラ」。餅粉と白玉粉を併せた餅は柔らかく、とても滑らかで、中からはガナッシュクリームがとろりと溶け出す。表面を軽く炙ることで香ばしさを加え、上からカカオパウダーをかけている。日本の餅とペルーのカカオを組み合わせ、“日本とペルーの食の融合”というテーマにふさわしいデザートが、スペシャルコースの最後を飾った。
イベントでは、日本の料理人の助手として、ペルーの若手シェフも多数参加。ペルーの料理界の未来を担う彼らにとって、日本のトップシェフと一緒に調理をすることで得た様々な知識や技術は何よりの宝となるだろう。一方、日本の料理人たちは、イベントの翌日にペルーの食文化や食材についての知見を高めるツアーも実施。自店用にペルー産カカオを輸入している太田氏の案内でカカオ農園を訪ねたほか、アマゾン川のほとりにある市場では肉厚で脂の乗った淡水魚パイチェ(ピラルクー)など、南米ならではの食材の数々に、大いに刺激を受けていた。
今回、小西紀郎という一人のシェフの追悼イベントによって、日本とペルーの料理人が交流を深め、互いの国の食文化をさらに深く理解するきっかけになったことは間違いない。小西氏が生涯をかけて挑戦し続けた“日本とペルーの食の融合”を、次世代の料理人が引き継ぎ、今後も世界から注目を集めるような新たな食のトレンドが生みだされていくことを期待したい。
取材・文/原田慶子(海外書き人クラブ)
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