ヨーロッパ発 ワインの国の“SAKE”事情 前編

ヨーロッパのフレンチレストランでは日本酒を飲む人の姿を見かけるようになり、じわじわと日本酒が浸透しつつある。高級ワインのように楽しまれ、ヨーロッパに広がる日本酒ブームをリポート。

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Vol.31

最近、ヨーロッパの高級フレンチレストランで、日本酒を飲む人々の姿を見かけるようになった。日本酒の国内消費量は1970年から80年にかけて150 万~160万キロリットルだったのが、それ以降は低迷し、2010年には58万9000キロリットルと半分以下に。しかし一方で、輸出金額は2010年が 85億円、2011年には87億7,600万円と2年連続で過去最高を更新している。今、ヨーロッパにじわじわと浸透する日本酒“SAKE”ブームを2回にわたってリポートする。

フレンチレストランにも静かに浸透する“SAKE”。高級ワインのように楽しまれている
日本酒に合った料理を提供するレストランも登場。多くのシェフが日本酒とフレンチの相性を追求する
最適な日本酒米を自作するという姿勢が、職人文化が根強いヨーロッパで評価されている

パリの高級レストランが認めた手作り・少量生産の酒

今、フランス国内80軒ほどのレストランで「醸し人九平次(かもしびとくへいじ)」という日本酒が扱われている。酒造360年の歴史を誇る名古屋の老舗、萬乗醸造が作る少量生産の日本酒だ。

ミシュラン一つ星を獲得したパリのレストラン「Agape」では、“SAKE”は食中酒としても食後酒としても楽しまれている

ワインや焼酎などの台頭で日本酒の消費が縮小するなか、萬乗醸造は、とことんこだわった日本酒を手作りで少数生産する付加価値のある酒造りこそが日本酒の活路だと考え、自社ブランドの見直しを始める。酒造好適米の最高峰「山田錦」を自作し、さらに稲刈りの時期を遅らせて熟したものを使用するなどして、「醸し人九平次」を開発。そして、2005年、このこだわりの一品を売り込む新たな市場として、ヨーロッパに狙いを定めた。以前、パリで開催された日本酒の展示会に出展した際に、萬乗醸造の酒造りの姿勢が評価されたため、この日本酒ならば、職人気質的なものづくりに理解のあるヨーロッパで受け入れられると考えたのだ。

その戦略が項を奏し、「醸し人九平次」の味や香りは、フランスの飲食に関わるプロフェッショナルから賞賛を得るようになり、様々な飲食店で提供され、店に通う食通たちの舌までをも魅了するようになった。例えば、パリの三つ星レストラン「ギー・サヴォア(Guy Savoy)」では、ソムリエ、オーナーシェフともに日本酒の繊細さにほれ込み、日本酒との組み合わせを試せる6皿のフルコースを作った。また、高級白ワインの提供温度と同じように14℃で提供(通常、冷酒の提供温度は5℃程度)し、相性のよいウニ料理と合わせるなどして、ワインと同等の扱いでフレンチに日本酒を取り入れている。

さらに、日本人シェフ梶原節紀氏がパリに構えるフレンチレストラン「ル・クラリス(Le Clarisse)」では、一人でも多くの人に日本酒を楽しんでほしいと、日本酒に合う料理にはメニューにその旨を記載。「魚介やフォアグラなどは"SAKE"とともに味わうことで、特に旨味が増し、すばらしい味わいを生み出します。"SAKE"がこんなにフランス料理に合うとは知らなかった、とお客様にも好評です」と、梶原氏はその反応を語る。

そのほか、最近では、星付きの高級店だけでなく、パリで自然派ワインを取りそろえることで有名なレストラン「ヴィヴァン・カーヴ(Vivant Cave)」のように、カジュアルな店にも採用されるようになった。国内需要の低迷が続いている日本酒だが、酒造業者の新しい試みがいま、ヨーロッパで開花しつつある。

こちらも同じくパリのホテル・クリヨン。バーカウンターの上に日本酒が並ぶのは不思議な感じがする
自然派ワインを豊富に扱うことで有名なレストラン「Vivant Cave」にも採用され、“自然派”のお墨付きを得る
レストラン ル・クラリス(Restaurant Le Clarisse)
29 rue Surcouf – 75007 Paris
http://www.leclarisse.fr/
※「醸し人九平次」(フランス語名:eau du désir)は、ボトル120ユーロ(約12,240円)、グラス17ユーロ(1734円)で提供
レストラン ヴィヴァン・カーヴ(Restaurant Vivant Cave)
43, rue des Petites-Ecuries 75007 Paris 10
萬乗醸造
http://kuheiji.co.jp/

パリやモナコでブームが加速?現代フレンチの巨匠と共同開発した “SAKE”

“SAKE”がヨーロッパの高級フレンチレストランに出始めた2007年頃、金沢の老舗・中村酒造でも、日本酒の新しい可能性を探っていた。そこでアプローチしたのが、現代フレンチの巨匠アラン・デュカス氏。彼の中にも「もっと外国人の趣向に合う日本酒を」という想いがあり、さっそくアラン・デュカス氏オリジナルの日本酒の共同開発が始まった。

アラン・デュカス氏が開発に関わった「日榮アラン・デュカス セレクション」は日本でも販売されている。価格は720mlが10,500円、375mlが4,200円
photo by Pierre Monetta

デュカス氏によれば、「日本酒をフランス料理に合わせる場合は酸味が重要」とのこと。デュカス氏のもとでワインの買い付けの責任者を務めるシェフソムリエ、ジェラール・マルジョン氏と中村酒造は、2年にわたって議論と試作を重ね、ついに2010年、石川県産の減農薬栽培によって生産された希少な米「神子原米(みこはらまい)」を使い、年間1,500本限定の日本酒「日榮アラン・デュカス セレクション」が完成。まろやかな甘みと切れの良い酸味をもった、フレンチに合う日本酒となった。

パリやモナコにあるデュカス氏のレストランでは、この酒を食前酒や食中酒としてワイングラスで提供する。合わせるのは、「フォアグラのコンフィと田舎風パン」といった、フォアグラを使ったものや、特に甘みのある素材やソースを使った料理だ。「この“SAKE”は、やや酸が高く、すっきりとした後味で、ワインでいえば上質な白のブルゴーニュに匹敵する味わい。ワイングラスで提供すると、香りも広がり、お客様も白ワインを飲むように楽しんでいます」とデュカス氏は語る。

世界で活躍する巨匠が自らの料理に合わせてプロデュースした日本酒は、「フランス料理に“SAKE”が加わったことで新しい味覚の世界が広がった」としてヨーロッパの飲食業界全体で評判となっている。また、海外メディアも注目し、日本酒ブームの大きな話題のひとつとなっている。

さらに、「日榮アラン・デュカス セレクション」は、東京にあるデュカス氏のレストラン「ベージュ アラン・デュカス東京(BEIGE ALAIN DUCASSE TOKYO)」でも提供されており、海外で注目を集めた日本酒が、日本国内に逆輸入されるかたちでその広がりを見せている。

アラン・デュカス氏がフランス以外でアルコール飲料の開発をしたのはこれが初めてだという
photo by Mikael Vojinovic
日榮アラン・デュカス セレクションで使用している神子原米。この米がプレミアムな酒を生んだ
BEIGE ALAIN DUCASSE TOKYO
東京都 中央区銀座 3-5-3 シャネル銀座ビルディング10階
http://www.beige-tokyo.com
photo by Pierre Monetta

取材・文/栗原伸介

※通貨レート 1ユーロ=102円

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