アメリカ発 これからは映画館でディナーの時代 後編

本格的なディナーを提供する映画館がアメリカ国内で急増。映画館が上映映画と連動してオリジナルメニューを開発した事例や、高級感を打ち出したシネバー、シネビストロなどの新業態を紹介。

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Vol.36

今、ディナーを提供する映画館がアメリカ国内で急増している。映画+ディナーで成長するベンチャー企業に大手も追随。売店ではなく、本格的な飲食サービスが映画業界の金の卵となっているのだ。後編では、映画館が上映映画と連動してオリジナルメニューを開発した事例や、高級感を打ち出し、より飲食店に近づいた“シネバー”、“シネビストロ”などの新業態を紹介する。

ディナーを出す映画館はバーも充実。セルフサービスのワインディスペンサーなどもある。写真はアイピックシアターでの様子
「映画館+ディナー」から進化した新業態、“シネバー”も登場。写真は、アリゾナ州スコッツデールにある「シネバーレ」
劇場内も、ダイニングスペースとしてリッチ感のある空間に作られている。写真はスコッツデールの「シネビストロ」

映画のテーマとリンクさせた、映画館ならではのオリジナルメニュー

食と映画が結びつくことで新しいビジネスチャンスが生まれている。アメリカテキサス州オースティンに本社を構えるアラモ・ドラフトハウス・シネマ(以下、アラモ)は、1997年に映画館をオープン。当初から場内で冷たいビールが飲め、食事もできる映画館を売りにしてきた。またそれだけでなく、食がテーマの映画では、実際にスクリーンに登場する料理を食べながら映画を見るという趣向を凝らした企画も行っている。

パッケージにもこだわったアラモの“ボトル・オブ・ウィッツ”のワイン。ワインのアイデアはスタッフの飲み会の場で生まれたとか

例えば、1992年製作のメキシコ映画「赤い薔薇ソースの伝説(英題「Like Water for Chocolate」)」では、主人公が恋人から贈られた薔薇の花びらにアニス(ハーブの一種。八角に似たスパイシーな香りが特徴)を加えてすりつぶしてソースにし、ウズラのグリルに添えて出すシーンがある。この「ウズラの薔薇ソース」を上映期間中、メニューに入れて大変話題を呼んだ。このように“食”をきっかけとした企画で楽しませ、コアなファンを増やしているのだ。

一方、この映画館はマナーに厳しいことでも有名だ。映画館で本格的なディナーを提供するためには、客のマナーが重要と考えており、上映中の会話や携帯電話でのメールも禁止。2度警告しても従わない場合は退場させる。ここまで厳しいやり方は日本ではあまりないかもしれないが、「皆がマナーを順守してこそ映画と食事を楽しめる」という信念が感じられ、そこに賛同するファンが増えていると言えるだろう。

そんなコアなファンをつかんでいるアラモでは昨年、映画「プリンセス・ブライド・ストーリー(英題「The Princess Bride」)」(1987年製作、アメリカ)を、製作25周年を記念して上映。この映画には“機知の戦い”(Battle of Wits)という有名なシーンがある。そこでは2杯のワインのいずれか一方に毒が注がれており、主人公の女性を巡って2人の男が相手に言葉だけを使って毒入りワインを飲ませようとするのだ。

アラモはこの“機知の戦い=バトル・オブ・ウィッツ”(Battle of Wits)から名前をとって“ボトル・オブ・ウィッツ”(Bottle of Wits)というワインを開発・発売したところ大人気となった。ワインは赤白2種あり、赤は2009年のカリフォルニア・カベルネを使い、白はカリフォルニア産ブドウをブレンドしたもので、いずれもボトルが28ドル(約2,545円)、グラス7ドル(約636円)。ボトルワインはオンラインでも販売し、さらに、発売に合わせて“機知の戦い”のクライマックスである、2人の男の命懸けの乾杯をイラスト化したTシャツも販売。映画のストーリーと“食”をうまく結びつけて成功した。

アラモで提供された「ウズラの薔薇ソース」。映画ではこの料理を通して主人公が恋人に情熱的な告白をする
もともと「冷たいビールを飲んで食事ができて映画が見られる」というコンセプトで始めたアラモでは、ビールもオリジナルを開発
アラモ・ドラフトハウス・シアター(ALAMO DRAFTHOUSE CINEMA)
http://drafthouse.com
テキサス州を中心にアメリカ国内21カ所に展開する
Photo by ericbowers via flickr

シネバー、シネビストロなど、高級感を打ち出した新業態も登場

本格的なディナーを提供する映画館は、単に食事を提供するだけでなく、快適で、おしゃれで、高級感のある空間へと進化している。スタイリッシュな館内にバーやレストランを備えることで話題なのが「アイピックシアター(iPic THEATERS)」。2010年にアリゾナ州中央部にあるスコッツデールに1号館を出し、2013年夏には10館目をロサンゼルスにオープン予定だ。

アイピックシアター「ソルトラウンジ」のバーカウンター。照明を落とし、しっとり溶け込む快適な空間

ここは上映中の飲食ももちろん可能だが、館内に人気のレストラン「タンジー(Tanzy)」があり、また30種以上のワインをグラスで楽しめるワインタワーと週末はDJによる演奏も入る「ソルトラウンジ(Salt Lounge)」がある。レストラン、バー自体が人気スポットになり、映画館との相乗効果で集客に成功している。

本格レストラン、バーを館内に備えるアイピックシアターからさらに一歩進み、映画館全体をバーやレストラン(ビストロ)に見立てるところまで進化したのが、“シネバー”、“シネビストロ”という新業態だ。

「シネバーレ」は前出のアラモ・ドラフトハウス・シネマを経営していたテレル・ブレリー氏が、シアター業界最大手のリーガル・エンターテインメントとのジョイントベンチャーで立ち上げた。アイピックシアターでは劇場内にレストランやバーがあるという作りになっているのに対して、シネバーレは上映スペース以外は全体がバーのような空間設計になっている。

21カ所253スクリーンを有する中堅の「コッブシアター(Cobb THEATRES)」が展開する「シネビストロ(CINE BISTRO)」も、上映スペース以外をレストランとして設計し、飲食空間を中心にデザインした新しい業態として成長。現在、全米7カ所で展開している。

これまで見てきた映画館やシネバーのような新業態も、成長の要因は「時間の節約」が大きいと言われている。映画館内でのディナーのサービスが始まるまでは、ウイークデーに映画を見ようと思えば、19時頃の回を観賞し、終了後の21時過ぎから食事をして深夜に帰宅というパターンが一般的だった。しかし、ディナーが食べられる映画館に行けば、19~21時の間に映画観賞と食事の両方を楽しむことができるのだ。時間に追われる日本にも、このブームはそのうちやってくるかもしれない。

「シネビストロ」では飲食の空間がメインになっており、レストランの中に映画上映ルームがあるという作りだ
アイピックシアターでは映画と料理とお酒で1人約5000円ほど。食事をしながら映画でも見ようという感覚で訪れるカップル客が多い
アイピックシアター(iPic THEATERS)
https://www.ipictheaters.com/
フロリダ州やテキサス州など、9カ所で展開
シネバーレ(Cinebarre)
http://cinebarre.com/
ノースカロライナ州アッシュビルほか全米で6カ所に展開
シネビストロ(CineBistro)
http://cobbcinebistro.com/
バージニア州ハンプトンなど全米7カ所に展開

取材・文/栗原伸介

※通貨レート 1ドル=90.9円

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