チャレンジ精神が新たな局面を拓く
長崎の郷土料理「長崎ちゃんぽん」を、全国区に押し上げた株式会社リンガーハット。長崎市で生まれた小さなとんかつ屋は、1970年代に長崎ちゃんぽんで急成長をとげた。特に2009年末以降の力強い躍進の陰には、時代の変化を捉えた果敢なチャレンジがある。創業から今日まで、核として社を牽引してきた代表取締役会長兼社長の米濵和英氏に、これまでの軌跡と、再生・発展の礎についてお話しいただいた。新たな立地への進出に成功。発展への壁を攻勢的に打破
長崎ちゃんぽん専門店「リンガーハット」といえば、赤いとんがり屋根がトレードマークのロードサイド店のイメージが強い。だが、一昨年来の躍進を担っているのは、ショッピングセンター(SC)内フードコートや、都心ビルイン店の好調な展開だ。今年2月には、長崎~上海国際定期航路船内のフードコートにも出店を果たし、都心店の一部ではお酒に合うサイドメニューも加えて居酒屋スタイルの店舗としても、一層の注目を集めている。現在、とんかつの「浜勝」ブランドと合わせて、店舗数は600を超え、勢いは加速度を増している。
「数年前までは、なかなか業績が上向かず、厳しい時期がありました。組織というのは自ずと壁に突き当たるものです。リンガーハットは200店舗から先が思うように伸びない。無理に店舗数を増やすと必ず痛い目に遭う。これは業態の特質だったり、組織の体制の問題だったりしますが、ここを抜け出さなければ、先に進めなかったのです」。
壁のひとつは味のブレ。工場から出荷する食材の品質は安定していたが、実店舗の調理人の技量によって、どうしても完成品に差が出てしまう。200店舗以上になるとそれまで顕在化しなかったその差が表れた。また、提供時間もネックになり、平日はこなせても、週末は設定時間に間に合わないことも。
「この壁を乗り越えるには、工場の生産ライン、各店舗の厨房システムを設備ごとすべて一新する必要がありました。十数億円もの投資を数年間、毎年続けなければなりませんでしたが、これをやらないことには脱皮できないと気づいたのです」。こうして、数年をかけて、SC内フードコートならではの、提供スピードと品質が求められるオペレーションでも対応可能なシステムが誕生する
創業以来の一貫した使命は、「おいしい料理を手ごろな価格で」
今年、創業50年。業態の試行錯誤を経て、1974年に開始した長崎ちゃんぽんのチェーン展開が、見事な成功を収めた。同社がなかったら、長崎ちゃんぽんがこれほど全国で親しまれるようにはならなかったかもしれない。
「私たちの理念は、創業時から変わっていません。『おいしい料理を手ごろな価格で提供する』ということです。これを実現するためには、『心』と『技術』の両方が必要です。愛情を込めて作られた家庭の料理は、もちろんおいしい。飲食店でも心を込めることは大切です。でも、心だけでは外食産業としての理念は果たせません。仕組みにまで落とし込む。それが技術なのです」。
この考え方がリンガーハットの使命観として、「すべてのお客様に楽しい食事のひとときを心と技術でつくる」という経営理念に集約された。外食産業の一翼を担う者としての誇りを感じさせる言葉だ。
野菜の完全国産化やドライブスルーのチャレンジ
心と技術の追求は、近年の様々なチャレンジとなって現れている。2009年の、野菜をすべて国産に切り替える英断もそのひとつ。
「2006年から2年間、全国の産地を10カ所以上訪れました。日本の外食産業としては、農家との共存共栄という大きなテーマを何とか前進させたい。同時に、やはり原点にあるのは、おいしさの追求です。フレッシュな国産野菜と輸入の外国産野菜では、おいしさのレベルがまるで違います」。4.5倍もコスト高になるこの課題をなんとか技術(コスト削減の仕組みづくり)で解決し、小麦も100%国産へ近づけている。企業価値は揺るぎないものとなった。
そして2010年にはロードサイド店にドライブスルーを導入して、主婦など新たな客層を呼び込み、女性客に特化した「リンガール」や、都心の居酒屋型店舗の出店など、時代の変化に即した攻めの姿勢を貫いている。
「リンガールは失敗でしたね。アイデアは良かったと思いますが、立地に課題を残しました。とはいえ失敗を恐れていては何もできません。核の部分は変えず、ビジネスを時代や地域に合わせて展開し続けるためには、多少の失敗は必要です。致命傷にならない程度の失敗なら、むしろどんどんしたほうがいいくらいですよ」。創業以来の激動を乗り切ってきたからこその大胆さだ。
商売のコツは無数。セルフ方式の新展開にも注目
一方で、商売のおもしろさについても言及する。「商売はお客様との心理戦。フードコート店なら電飾の商品看板の内容を定期的に変え、売上の変化を検証するとか、お客様が少なければ、並んでもらうためにはどうすればよいかとにかく考える。私も若い時はデパートの食品売り場で寿司を握ったことがありますが、実演しながら最初のお客さんに話しかけて、店の前にとどまってもらい、周りの客さんたちの注意を引く工夫をしたものです。いろいろ仕かけて、反応を検証し、また仕かけていく――。その積み重ねが大切です。チェーンといえども『これでいい』ということはありません。だから商売はおもしろいのです」。
今後は、2015年までに国内1000店舗を達成し、アジアへの進出も加速させ、「将来的には利益の半分を海外で稼ぐ」という大きな目標を掲げている。
「これはリーマンショック時など経営が厳しかった時期に考えたことです。そんな時ほどビジョンを示すことが大切」とも語り、リーダーとして、可能性を拓く役割の重要さを説く。
では、気になる次のチャレンジは?
「実はセルフ方式のリンガーハットを準備中です。時代のニーズに合っているし、システムの構築もしやすい。やってみなければわからないことも多いのですが、ひとつ言えるのは、お客様にとって、セルフだからこそのメリットを盛り込む大切さです。『セルフでよかった』と言ってもらえる『何か』を仕かけたい」。
いったい、どんな新しいリンガーハットが生まれるのか。今後の展開にますます注目が集まりそうだ。