Vol.84
伝統と流行が入り混じるパリ。常に新しいものを追い求める一方で、古いものに心動かされるのもパリっ子の特徴だ。新しい店が次々と登場するパティスリー激戦区では、銘菓を引っさげて地方の有名菓子店が進出する一方、既存のパティスリーも徐々に地方で生まれたスイーツを提供するようになってきた。前編では、地方からパリに進出した老舗菓子店に注目したが、後編はパリの人気パティスリーが手がける伝統菓子とその魅力に迫る。
素朴な味わいの「ガトー・バスク」が人気商品の1つに
高級住宅地が建ち並ぶパリ5区の中でも市場がひしめき合い、“パリの胃袋”と呼ばれるムフタール通りのそばに佇むパティスリーが「カール・マルレッティ」(Carl Marletti)だ。黒を基調としたシックな店内に、宝石のように美しいケーキが整然と並ぶ。シェフのカール・マルレッティ氏は、インターコンチネンタルホテルで長年シェフパティシエとして活躍した後、同ホテルでサービス長だったジャンミッシェル・コパン氏と2007年に同店をオープンさせた。
ていねいに作り上げられるケーキと、きめ細やかなサービスが話題となり、雑誌「フィガロ」をはじめとするメディアにたびたび取り上げられたこともあり、またたく間に人気パティスリーに。店のコンセプトは「宝石店」。店頭に並ぶのは全て1人用サイズで、大きなサイズは予約のみで受け付けている。
そんな同店に、最近加わった新商品が道行く人の注目を集めている。ショーウインドーに近い一角に、並べられた「ガトー・バスク」だ。「ガトー・バスク」とは、スペイン国境近く、バスク地方の伝統的なお菓子で、ざっくりとした厚手の生地の中にカスタードクリームか、バスク地方名産の黒さくらんぼのジャムが入るのがスタンダード。同店ではカスタード入りを提供している。
きっかけは2014年の秋、バスク出身のナタン氏をスーシェフ(2番手のシェフ)に起用したことから。もともとバスク地方に思い入れのあったマルレッティ氏だが、ナタン氏の試作したガトー・バスクのおいしさにほれ込みメニューに加えることになった。「地方のスイーツには、流行に左右されず時代を越えて愛されるだけの安定したおいしさがあるんです。そんなおいしさをパリの人たちに新たに発見をしてもらうとともに、受け入れられていくという確信がありました」と語る。
大きいサイズを切り分けて食べるのが一般的だが、同店ではコンセプトに合わせ小さめの1人用サイズのみ。もともと常連が多い店であるが、手軽さも相まって徐々に人気に火が付き、今では店の看板商品に。世界中のチョコレート菓子が一堂に会するチョコレートの祭典、「サロン・デュ・ショコラ」に合わせて売り出したショコラ味も好評で、そのまま定番になった。「次はバスク名物のトウガラシであるピーマン・デスペレットを使ったサブレも考え中」だという。今後の新作にも期待が高まる。
カール・マルレッティ(Carl Marletti)
51 rue Censier 75005 Paris
http://www.carlmarletti.com/
郷土愛あふれるスターシェフの作り出す「思い出の味」が注目に
パリの観光名所の1つであり、芸術家の集う街として名高いモンマルトル。この小高い丘を登っていったところにオレンジの外観が映える店がある。それがパティシエ界の重鎮の1人で、フランス最高職人の肩書を持つアルノー・ラエール氏の店「アルノー・ラエール」だ。彼が「ダロワイヨ」や「フォション」などの高級パティスリーで修業後、同店をオープンしたのは1997年のこと。今ではパリに3店舗を構える有名店に成長した。
華やかでモダンなケーキやマカロンの中に混じって、ブルターニュ地方の名物、「クイニーアマン」(バター菓子の意味)が並ぶ。クイニーアマンは、国内でバターが豊富に作られる一方、小麦が不足した1860年代、パンの配合を間違えた偶然から生まれた菓子。以来、ブルターニュ地方で愛されてきた。キャラメリゼされてカリッとした表面と、中はバターが効いた甘くしっとりした生地で後を引く。同店のクイニーアマンは、日によっては午前中に売り切れるほどの人気だ。普段はプレーン味のみだが、前途で紹介したチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」にはフランボワーズやショコラのクイニーアマンも登場した。
「店をオープンした1997年当時、パリではあまり知られていなかったクイニーアマンを作り始めたのは、故郷のブルターニュのよさを知ってもらおうと思ったから。流行によって店に並ぶ菓子は変わりますが、クイニーアマンは販売し続けている不動の商品です」と、ラエール氏の妻は語る。
今やパリはもちろん、日本でもおなじみの「キャラメルブールサレ」(塩バターキャラメル)もブルターニュ生まれ。店に並ぶマカロン、マシュマロなどの商品にも塩バターキャラメル風味のものをそろえており、人気フレーバーになっている。
店に息づくのは「愛してきた故郷の思い出の味を伝えたい」という純粋な思い。それが、パリの人々に受け入れられ、親しまれる一番の理由なのかもしれない。
アルノー・ラエール(Arnaud Larhel)
53 rue Caulaincourt 75018 Paris
http://arnaudlarher.com/
取材・文/平賀 友里恵
※通貨レート 1ユーロ=約135円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。