Vol.138
この世に安くていいものはない
外食業でいつも心に刻んでおかなければならないことは、「おいしい料理はおいしい材料を使わなければ作れない」という真理です。どんなことがあっても、食材の質を落としてはなりません。
「当然だろう」と思うかもしれませんが、外食の経営者はしばしば目の前の安い材料に手を出してしまいます。特に今のように、全ての食材が高騰しているときには、この誘惑に負けてしまうものです。これくらいならば分からないだろう、と考えてしまうのですが、お客様は必ず分かります。必ず、バレます。
以下の話は、アメリカのビール会社で1970年代に実際に起こったことです。「95%の品質を保ちながら、50%のコストでできるビールを作ろうじゃないか」と考え、ビール会社の社長はほとんど味が変わらず、ずっと安いコストでできるビールを開発しました。安い価格ですから、よく売れました。しかし、ライバルも必死に価格を合わせてきます。そこでこの会社はもう少し安い原料を使って、さらに安いビールを開発しました。それもそこそこ売れました。しかし、これが何回か繰り返された結果、どうなったでしょう。この会社は、飲むに耐えない水っぽい汁の大量在庫と共に市場に取り残されたのです。もちろん、倒産です。「うちはそんなことは絶対にやらない」と、確信を持って言えますか。
今は、取引先が「もっと安い代替品」をどんどん売り込んできます。そのときに、「品質はほとんど変わりません」と太鼓判を押します。しかし、微差であっても差はあるのです。そしてその差は、必ずお客様は認識します。特に一番大事なコア顧客ほど、敏感に「あっ、材料を変えたな」と察知するのです。
いいものは少ない。そして、安くていいものはこの世にない、と考えておいた方が間違いないでしょう。代替品を売り込む営業マンは「既存のAですと卸値を2割アップさせて頂きます」と言います。そして、B(代替品)であれば、元の価格は安いですし「今回は値上げはしません」と、こう言います。そしてさらに耳元で、「実は品質はほとんど変わらないのです」とささやきます。まさに悪魔のささやきです。
先ほどのビール会社の話と同じです。微差だから大丈夫と言っているのです。この売り込み会社にとっては、Bは不良在庫だったりします。この際、安値で叩き売ってやろう、という魂胆があります。油断大敵です。経営者にとっては、喉から手が出るほど安い食材が欲しい時であることは、十分に分かります。しかし、誘惑に負けてはなりません。
価格を上げると、一般的には客数は減ります。しかし、たとえ価格を据え置いても品質を下げたら、信用を失います。そして、その店は永遠に立ち直れなくなります。
値上げが許されるのは、主力商品を磨き上げている店だけ
値上げを極力抑えるために、荒利の取れる新商品を矢継ぎ早に投入している店があります。商品開発も中途半端ですし、ダメだったら引っ込めればいいと、腰が据わっていません。これを繰り返していくと、主力商品がどんどんぼやけて、売れ個数が減っていきます。看板商品の埋没。外食業にとってこれほど危険なことはありません。何屋だか分からなくなる、ということですから。
新メニューを投入すること、メニューの出し入れをすること。このこと自体を私は否定している訳ではありません。新メニューの投入は、休眠客の目を覚まさせるために、ある程度は必要です。でも、いつもしっかり頭に入れておかなければならないことは、主力商品をより強くすることです。そして、売れ個数を増やし、売上全体に占める主力商品の比率をジワジワと高めていかなければなりません。
看板商品ですから、味は変えてはいけません。しかし、質は上げていかなければならないのです。同じところに留まっていてはいけないのです。常に進化し続けなければならないのです。これをやり続けたところだけが、お客様の支持を高め、店を継続させることができるのです。
進化の2大柱は、食材と調理です。より良い食材を手に入れ、さらに調理技能を磨き上げていかなければなりません。調理機の改善もこれに加えられるでしょう。食材の仕入れから最終調理に至る全工程を常に検証し、リフレッシュしていかなければならないのです。今、どの店も値上げを断行しています。そして、値上げをしてもビクともしない店と、ガタガタと客数を落としている店と真っ二つに分かれています。
それは、看板商品がピカピカに磨かれていることです。看板力が高まっている店は、ある程度の値上げをお客様が認めてくれているのです。ガタガタになっている店はもちろん、材料の質を落とし、その上で価格も引き上げているところです。そういう店はお客様に「来るな」と言っているようなものです。冷静に考えれば、客数減になることは分かるはずなのに、この悪手(あくしゅ)に手を染める経営者が後を絶ちません。
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