映画『馬を放つ』 - エンタメレストラン -

2018/03/16

エンタメレストラン

Vol.157
馬を放つ
3月17日(土)より岩波ホールほか全国順次公開
http://www.bitters.co.jp/uma_hanatsu/
【イントロ&ストーリー】
ロカルノ国際映画祭で準グランプリに輝いた『あの娘と自転車に乗って』(1998年)、カンヌ国際映画祭に出品された『明りを灯す人』(2010年)などで知られる、キルギス共和国を代表する名匠アクタン・アリム・クバト監督。本作はアカデミー賞の外国語映画賞キルギス代表となり、世界各地の映画際で賞賛されたその最新作。現代を生きる我々が、豊かさと引き替えに失ってしまったものとは? 市場経済の波にもまれ激動する国を舞台に、純粋な1人の男の姿を通して投げかけられるメッセージ。
★中央アジアの美しい国、キルギスの草原。村人たちから"ケンタウロス"と呼ばれる穏やかな男(アクタン・アリム・クバト)は、妻(ザレマ・アサナリヴァ)と幼い息子(ヌラリー・トゥルサンコジョフ)と静かに暮らしていた。だが、彼には誰にも明かせない秘密があった。「かつて馬は人の翼だった」という古い伝説を信じる“ケンタウロス”は、夜ごと馬を盗んでは平原に放っていたのだった。次第に馬泥棒の存在が村で問題になり、犯人を捕まえるため罠が仕かけられる。
【キャスト&スタッフ】
キャスト:アクタン・アリム・クバト、ヌラリー・トゥルサンコジョフ、ザレマ・アサナリヴァほか 監督・脚本:アクタン・アリム・クバト
配給:ビターズ・エンド

中央アジアの草原を舞台に、本当の豊かさを問う現代の寓話
物語の鍵を握るキルギス3大ドリンクの1つ、マクシムの味

 中央アジアに位置するキルギス。国土の面積は日本のだいたい半分くらいで、1991年に旧ソビエト連邦から独立した小さな共和国だ。そのキルギスが生んだ映画監督のアクタン・アリム・クバトは、祖国の美しい自然を背景に、貧しくも心豊かな生活を送るキルギス人を主人公にした詩情溢れる作品で、世界の映画祭で度々注目を浴びてきた。

 今年のアカデミー賞の外国語映画賞キルギス代表に選ばれたクバト監督の最新作が『馬を放つ』だ。監督自ら演じる主人公の"ケンタウロス"が、馬たちと共存して暮らしたかつての遊牧民としての誇りを忘れ去り、資本主義の渦に飲み込まれていく同胞を哀れみ、鼓舞する愛国心に満ちた作品である。

 劇中には、ソ連崩壊とともに経済格差が拡大した人々の生活ぶりを紹介するショットが随所に登場する。貧しい"ケンタウロス"一家が、床に敷いたカーペットの上に親子3人で座って朝食をとる一方、一族の中でビジネスで成功した者は広いリビングの中央に大きなソファを置き、その奥には主な宗教としてイスラム教スンニ派を信仰するキルギス人らしく、ラマダン部屋が別に設けられていたりする。

 村一番の占い師が今も住む、遊牧生活の名残を残す移動式住宅のゲルや、遠く天山山脈を望む緑の草原を急いで平地にし、開通させたと思しき灰色のハイウェイと、ハイウェイの脇に並ぶ出店の列など、キルギスについて無知な多くの日本人には物珍しい風景の連続。なかでも気になるのが、出店で売られているカップ入り飲料、「マクシム」だ。"ケンタウロス"がとある出店に足繁く通うのは、店の女主人が振る舞うマクシムが大好物だから。おかげで彼は村人たちから浮気を疑われ、最愛の妻を傷つけてしまうのだが…。ただ、そこのマクシムが好きなだけなのに。

 さて、夫婦生活に危機を呼び込む禁断の液体マクシムの正体は、大麦の粉末を発酵させた酸味のある飲み物で、乳製品を発酵させた塩味の「チャラップ」、そしてレモンティーと並ぶキルギスの3大ドリンクの1つ。特にカラカラに乾いた真夏の暑い日は、キルギス人にとってマクシムはビタミンB1とB2が豊富に含まれた健康飲料として必需品らしい。マクシムがたっぷり注がれたコップを両手に持って、男らしく飲みほす"ケンタウロス"を見ていると、茶碗から日本酒を滴らせながら豪快に喉を鳴らす、古き良き日本の酒飲みたちを思い出す。そんなとき、感じる郷愁にどうやら国境はないようだ。

Text by 清藤秀人(映画ライター/コメンテーター)
アパレル業界から映画ライターに転身。SCR EEN、ぴあ、eiga.com、Yahoo!ニュース個人"清藤秀人のシネマジム"、U-NOTE等にレビューを執筆。著書にファッションの知識を生かした「オードリーのおしゃれ練習帳」(近代映画社)他。現在、スターチャンネルの映画情報番組"GO!シアター"で解説を担当。

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