高温多湿になる梅雨の時期から特に注意したいのが、食中毒。重篤な症状を発生させるケースもあり、あらためて予防方法を確認したい。そこで今回は、食中毒を発生させないために普段から取り組みたいクレンリネスのポイントを、衛生管理の指導などを行う株式会社消費経済研究所の石原久子氏にうかがった。
菌を増殖させないように何に気をつけるべきか
夏場はカンピロバクターと腸管出血性大腸菌に要注意
「人間にとって快適な温度は、食中毒の原因となる菌にも快適な環境です。なかでも25~35℃は、菌が発生・増殖しやすい状況だと言えます」。こう話すのは、株式会社消費経済研究所の品質管理サポート部でチーフコンサルタントを務める石原久子氏。長年にわたり、飲食店やスーパー、食品工場などで食品衛生の管理・指導を専門にしてきたエキスパートだ。
近年は、夏場以外でも食中毒が多発する傾向にあるが、梅雨の時期から夏にかけて特に菌が発生・増殖しやすいことに変わりはない。そのため「とりわけ夏場は、意識的に食中毒予防に取り組む飲食店が増えている」と分析する石原氏。一方で、「食材の加熱や保管にまで気が回らない状態も起きている」とも指摘する。やはり普段以上に気を引き締めておく必要があるようだ。
では、この時期はどんな食中毒に気をつければよいのか。石原氏は、「特にカンピロバクターと腸管出血性大腸菌(O157、O111)に警戒しておきたい」と語る。カンピロバクターとは、牛や鶏などの腸に生息する細菌で、食品や飲料水を通して感染し、少量でも食中毒を起こす危険がある。食中毒の発生要因として、日本でもっとも割合の高い食中毒菌だ。主な症状は下痢、腹痛、発熱、嘔吐など。重篤な症状に至るのは稀だが、2015年4月には北海道の焼肉店で死亡した事例もあるので、十分注意したい。
一方、腸管出血性大腸菌は、主に牛の腸にいる細菌。牛の糞などを介して牛肉やそのほかの食品などに付着するが、屠殺時に牛の腸管を傷つけ、汚染を受けることもあるという。こちらも少量で感染し、主な症状は発熱や腹痛、下痢、吐き気、嘔吐など。特に抵抗力の弱い子供や年配の人は、重い症状になりやすく、注意が必要だ。これらの食中毒を防ぐためには、生肉や加熱不十分な食品を提供しないことが重要だという。
「特に気をつけたいのが“健康保菌者”の存在です。健康であっても食中毒菌を体内に保持し、体に抵抗力があるため発病しない人がいます。健康保菌者からの感染によって菌がうつり、食中毒が広まってしまうことも十分に考えられます」。スタッフ同士や客への感染を防ぐためにも、スタッフのこまめな健康チェックや、検便などによる定期的な検査を行うことが重要だ。
菌が増殖しやすい温度帯をできるだけ避けて調理
では、食中毒を防ぐために、飲食店では具体的にどのようなことをすればよいのか。調理器具の除菌、手洗い、うがいなどは、日常的に取り組んでいる店も多いだろう。石原氏は、こうした取り組みの継続を訴えるとともに、「夏は温度管理に気をつけたい」と強調する。冷蔵保存のものを常温で放置すれば菌の増殖が加速することになり、劣化が進んでしまう。そこで、菌を増やさない方法を検討したうえで、調理手順を考えることが大切だという。「例えば、冷凍物を解凍するには、冷蔵庫もしくは流水で行うのが基本です。なかには早く解凍できると考えて常温で放置する人がいますが、これは間違い。流水の方が早く解凍でき、菌を増やさないためにも、食材の劣化を防ぐためにも有効です」(石原氏)。また、菌が増えやすい25~35℃の温度帯を早く通過させることも有効だ。料理を冷まして保存する場合、常温で放置せず、氷水につけて冷やすなど、速やかに冷ますことを心がけたい。
さらに、冷蔵庫内の食材や調理済みの料理の保管にも注意が必要だ。「菌や汚れも重力で上から下へと落下します。そのため、肉や魚、土付きの野菜など、菌の発生リスクが高いものを下に置くようにしてください」。
そして、石原氏は「衛生管理のコストは経費だという意識が根強く、削減対象になりがち。ぜひ発想を転換させ、料理を安全に提供するための『原価』だと考えてもらいたい」と主張する。衛生管理が徹底されていない状況は、店全体が危険にさらされているのも同じ。これでは、店の質を落とすことにもつながってしまう。「そもそもクレンリネスとは、衛生的な状態を維持・継続すること。『クリンネス(=清掃をする)』と勘違いしている方が多いですが、“清潔さの維持”が大事なのです」。そんな石原氏がおすすめするのが、クレンリネスのチェックシートの作成だ。下にあるシートのひな形を参考に、掃除の頻度、実施内容を決め、自店のルールを作って取り組んでいただきたい。次ページでは「厨房」「ホール」「スタッフ」に分けて、食中毒を防ぐためのクレンリネスをより具体的に見ていこう。
【厨房のクレンリネス】調理器具は適切な道具選びから。清掃は冷蔵庫まわりが意外な盲点
厨房がきれいに保たれれば、そのほかの箇所もきれいに
厨房のクレンリネスの基本は、菌やウイルスを増やさないことだ。では、より具体的にどんな点に注意すればよいのか。まずは、調理器具の使い方から見ていきたい。
調理器具は十分な洗浄を行った後、水気をよく拭き取ってからアルコール消毒を行う。「作業が忙しくなると、水気を切らないままアルコール消毒を行う光景を目にしますが、これでは意味がありません」と指摘する石原氏。せっかくの消毒液が表面に残る水滴で薄まってしまい、十分な殺菌効果が発揮されないためだ。
また、道具選びも大切なポイント。「例えば、まな板やヘラは木製品を使っている店舗もあるようですが、常時お酢で殺菌されている寿司店などの業態を除き、衛生上の観点からすれば、プラスチック製のものが適しているといえます。木は水を吸い込みやすく、菌が繁殖する原因になりかねないからです」(石原氏)。特にまな板は、汚れや雑菌がたまりやすいことから、洗浄時には傷目に沿ってブラシで念入りに洗い流すようにしたい。「日常的な拭き取り作業には、アルコールのほか、市販の漂白剤などによく使用されている次亜塩素酸ナトリウムに漬けたダスターを使うのがおすすめ。用途ごとに色分けしておくと便利です。また、包丁も柄が樹脂製のものが増えていますから、柄の色で『赤は肉用、緑は野菜用』と、使い分けるといいと思います」。
厨房の清掃で見落としがちなポイントは、冷蔵庫まわりの汚れだ。「冷蔵庫の取っ手は、不特定多数のスタッフが触ることが多く、ときには手袋をはめた状態で開閉することもあります。そのため、どの程度汚れているのか気づきにくい。念入りな清掃を心がけたいポイントの1つです」。また、カビが発生しやすい冷蔵庫のパッキンなどは、十分に除菌すべきだという。さらに忘れがちなのが、冷蔵庫のフィルターの清掃だ。後回しにされがちな部分だが、こまめに清掃をすることで冷蔵庫内を適切な温度に保つことができる。菌の増殖を抑えられるだけでなく、節電による経費節減にもつながり、一石二鳥の効果が期待できる。「冷蔵庫のフィルターは、業態を問わずこまめな清掃が行われていないことが多い箇所です。節電効果もあるので、普段から意識を向けていただきたいですね」。
グリスフィルター(排煙中の油脂分を取り除くフィルター)やグリストラップ(排水からゴミや油脂分を取り除く装置)は、専門に清掃してくれる会社などに依頼して定期的に掃除するようにしたい。月1回程度はしっかりと洗浄を行いたいところだ。また、フライヤー周りのすき間には、知らず知らずのうちにクズが落ちることも多い。目が行き届きにくい場所だが、こまめに拾うことで、虫の発生、菌の増殖を防いでおくことも大切だ。「グリストラップは、長期間放置して清掃すると、スカム(汚物)がなくなりにおいが発生するため、『あえて清掃しない』という話を聞いたりもしますが、それでは本末転倒。そんな状態に陥らないよう、悪臭が出る前に、ぜひ定期的な掃除を行ってください」。
そして石原氏は、厨房のクレンリネスのメリットをこう語る。「来店客から見えない厨房がきれいであれば、ホールも自然にきれいになっているもの。まずは厨房をきれいにし、ホールへと広がっていけば、自然と店全体の雰囲気も明るくなり、スタッフのモチベーション向上にもつながっていくのです」。厨房のクレンリネスは「いい店づくりの第一歩」だと考えて、日常的に行ってほしい。
【ホールのクレンリネス】来店客の行動をあらかじめ予測し、店側が細心の注意を払う
卓上のカスターセットなど見落としがちな点に注意を
次に、ホールのクレンリネスは、どのような点に注意すればよいのか。石原氏がすすめるのは、「まず来店客になったつもりでチェックを行う」ことだ。特に、客席に座って視界に入る部分は、くまなく確認しておきたい。「ホールのクレンリネスが難しいのは、来店客が問題となる行為をしたとしても、なかなか注意できないこと。その分、店側が細部に至るまで気をつける。これがホールにおけるクレンリネスの基本的なスタンスです」(石原氏)。
まず、箸などのカトラリーや皿の洗浄をしっかりと行うこと。ここでよく見落とされるのが、カトラリーを入れている容器などだ。「例えば箸を入れるケースは、減った分の箸を上から補充するだけということが少なくありません。ケースの下の方には古い箸が置かれたままとなり、雑菌や汚れがどんどんとたまっていくことになります」。また、テーブル周りでは、しょうゆなどの調味料が入ったカスターセットも注意したい。容器をきれいにするだけでなく、内容物の賞味期限が切れていないかどうかも合わせて確認しておくといいだろう。
サラダバーやドリンクバーなどのセルフ方式を採用している店舗では、来店客が直接手に触れる調理器具や機材を営業中に定期的にチェックすることも重要だ。特にサラダバーのトングやドレッシングのスプーンなどは、こまめに交換したい。「サラダバーのトングなどは、お子さんが使用されているケースも多く、フロアに落ちたものをそのまま戻すということも起きかねません。食中毒や異物混入のリスクを回避するためにも、スタッフが時間を決めて交換するようルールを決めておくのが一番です」。
このほか、クレンリネスの重要ポイントの1つであるトイレは、便器や洗面台の清掃はもちろん、ハンドドライヤーもきちんとチェックしておきたい。「なかには清掃が行き届いておらず、ハンドドライヤーにほこりがたまっていたり、汚れている店舗に出くわすこともあります」(石原氏)。ペーパータオルを採用している店舗でも油断はできない。使用済みのペーパータオルをそのままにしてしまうと、菌の温床になってしまうからだ。いずれにしても、トイレはこまめな見回りを怠らないようにしたい。
【スタッフのクレンリネス】まずはスタッフの体調管理が第一。そのうえで手洗いなどの基本を徹底
手洗いは2度洗いを推奨。爪ブラシは「逆効果」も
最後に、スタッフのクレンリネスについてはどうか。「スタッフの体調管理は、食中毒を防ぐための基本中の基本」と石原氏が言うとおり、まずは定期的なチェックをルール化しておきたい。本人の発熱や下痢、怪我がないかの確認はもちろん、家族に症状を持つ人がいないかを含め、毎日確認する。また、怪我をしている場合は使い捨て手袋を着用させることが大切だ。「発熱して下痢などを伴うスタッフがいた場合は、休んでもらうのが大前提。スタッフの中には、仕事への責任感が強く『休むと迷惑がかかる』と、体調が悪くても出勤しようとする人もいるでしょう。でも、これは厳禁。本人はよかれと思っても結果的に食中毒の原因となれば、店に大きな損害を与えてしまう。このことをきちんと伝え、スタッフの理解を促すことが大切です」。
クレンリネスの基本となる手洗いについては、“2度洗い”を推奨する石原氏。その一方で、爪の中の汚れを洗い落とすための爪ブラシの使用は、おすすめしていないという。「爪の中まできれいに洗浄するために爪ブラシを使っている飲食店もありますが、ブラシをスタッフ全員で使い回していると、ブラシを介して菌が広まってしまいます。これを防ぐためには、個人用の爪ブラシを全員分用意する必要がありますが、個人店でそこまで準備するのは難しい。そこで、ブラシを使わず2度手洗いすることをおすすめしています」。2度洗いをすれば、あえて爪ブラシを使わなくても、菌が付着するリスクは十分に抑えられるという。
また、制服や髪の毛などの身なりを清潔に保っておくのはもちろんだが、最近では異物混入が大きな問題としてクローズアップされていることから、粘着ローラーなどで服に付いた毛髪やクズなどを事前に取り除く店が多くなった。石原氏も「実際に導入している店舗は増えています」と話す。コストもそれほど負担にはならないので、ぜひ導入を検討してみてほしい。このほか、見落としがちなのが靴。ホールスタッフまで徹底する必要はないまでも、調理場で動くスタッフは、靴をこまめに洗ってきれいにしておきたいところだ。