2019/01/04 特集

「RED U-35」グランプリ受賞記念インタビュー 糸井章太シェフ

新時代の日本の料理界をリードする、若き才能を発掘する「RED U-35」。第6回のグランプリ「レッドエッグ」に輝いたのは、「メゾン・ド・タカ 芦屋」の糸井章太氏。これまでの歩みと、料理人としての想いを聞いた。

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糸井章太 シェフ Shota Itoi
1992年6月生まれ。京都府出身。高校卒業後、辻調理師専門学校へ進み、フランス料理を専攻。フランスでの実地研修を経て、2014年、現在の「メゾン・ド・タカ 芦屋」に入店。髙山英紀シェフの助手として、2015年の「ボギューズ・ドール国際料理コンクール」フランス本選を経験。2016年に再び渡仏し、ブルゴーニュ地方のレストランで修業。2017年5月に帰国し、現在「メゾン・ド・タカ 芦屋」の料理人。

新世代の旗手。

生徒の立場に立って、「授業」を組み立てる

 6回目を迎えた、日本最大級の料理人コンペティション「RED Uー35」の最終審査(決勝)は、なんと「授業」。毎年、審査方法が変わることが、「RED Uー35」の特徴の1つだが、今回も意表をつく斬新な手法が採られた。授業のテーマは「未来の料理人に伝えたいこと」。調理師専門学校の1年生20名に対して行う、講義10分、質疑応答10分の授業が、審査の対象となった。

 6名のファイナリストのうち、5番目に登壇した糸井章太氏。まず、会場にジャズのBGMを流す。自然体で学生たちに語りかけながら取り出したのは、5時間かけて作ったマッシュルームのコンソメだった。有田焼のカップに注いで、全員に振る舞うと、緊張していた学生たちの表情が一気にゆるみ、和やかな空気がその場に流れ始めた。「決勝なので、自分をアピールする場であることはわかっていました。でも、まず考えたのは、自分が聞く側だったらどうだろう? ということでした」と糸井氏。「つまらない授業では、聞いていて辛いし、心に残りません。まして、6名の授業を聞かなければいけないので、緊張するし疲れるはず。どうしたら気持ちよく聞いてもらえるかをいろいろ考えました。自分の心に残った授業を思い出したり、評価の高い講演をWeb上の動画で研究したり」。

 そしてたどり着いたのが、音楽と試食。「音楽は日頃から、気分を上げるためによく聴いているので、きっと有効だと思いました。また、試食のある授業は楽しかったことを思い出したので、旬を感じながら体が温まるキノコのコンソメを飲んでもらうことにしました」。どんなときでも相手の立場に立つホスピタリティと、その方法を探る探究心、実現する演出力の高さが伝わってくる。

 もちろん、「料理人は世界でいちばん幸せな職業」と語りかけた講義の内容も、学生を十二分に惹き付けた。

 「卒業して料理人になる彼らに、自分が伝えられることを考えたとき、自然と出てきたのが、料理人という仕事の楽しさと誇りでした。それは、自分が日々感じていること。長時間働くこともありますし、下積みもあるので、楽なことばかりではありません。それでも、何のために料理を作るのかといえば、人を幸せにするためですし、自分も幸せになれるからだと思います。いいことを言い過ぎても伝わらないので、シンプルに、素のままの自分を、笑顔を忘れずに表現することに集中しました」。糸井氏の気負いのないメッセージは、確実に学生の心をつかんでいった。

一次審査(書類審査)・二次審査(映像審査)作品

オイルのヴァリエ アーティチョークと空豆のバリグール
2018年の応募テーマは「あぶら」。糸井氏は、「あぶら」の香り、色、そして余韻を楽しめる一品を、審査時期の旬の食材を使って、料理への考え方とともに表現した

三次審査(試食審査)作品

伊達鶏のプレッセ 秋の香りと余韻
福島県産伊達鶏の中抜き2羽とハーブ鶏の内臓2羽分を使って、60分で完成する料理を13皿仕上げる試食審査。糸井氏は季節感とともに、伊達鶏の特性を活かす調理方法を追求した

最終審査《決勝》

調理師専門学校の1年生20名に対し、「未来の料理人に伝えたいこと」というテーマで20分の授業(10分講義、10分質疑応答)を実施

何のために料理を作るのかといえば、人を幸せにするため。そして自分も幸せになれるから。

ベースとなった高校時代と料理人としての歩み

 現在26歳。35歳以下で競われる「RED Uー35」でも、ひときわ若い。しかし、その振る舞いや表現力は、年齢を感じさせない堂々としたもので、審査員団から高く評価された。初の20代の戴冠に、「料理界のニュージェネレーションの台頭を予感させる」という声も聞こえてきた。

 「若いねって、よく言われます。自分では歳のことは意識しないのですが、あまり本番で緊張しないのは、高校時代の経験が活きています。熱中したのはバスケット。強豪校だったので、『これだけ練習して負けるなら仕方がない』と思える練習量をこなしました。すると、本番ではあまり緊張せず、力を出し切れたのです。『RED Uー35』のときも同じでした。一次審査から決勝まで、自分にできる準備はすべてやりきりました。後悔だけは絶対したくなかったので、やり残したことはないと言えるところまで準備しました。だから、三次の試食審査も、決勝の授業も、自分のペースで楽しくできました」。高校2年生のときは、インターハイにも出場。この成功体験が「目の前の辛さは一瞬。それを乗り越えると必ずいいことがある、というスーパーポジティブな自分を作った」と語る。

 高校を卒業するとき、仕事を「料理人」に定めた。小学生のときの作文にも「料理人になりたい」と書いた記憶があるという。

 「両親はおいしいごちそうをたくさん作って、みんなで食べることが大好き。よく祖母の家に大勢の親戚が集まって、食卓を囲みました。子どもにとっても、楽しくて幸せな時間で、こういう時間を持つ機会が大人になってもあるといいなあと思いながら育ちました。だから料理人は、僕にとってごく自然に選んだ職業だったのです」。

 そして調理師専門学校で学ぶうちに、フランス料理に衝撃を受け、その道に進む。フランスでの実地研修を経て、2014年、現職場に就職。同店の髙山英紀シェフは、2015年、料理のオリンピックと言われる「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」で5位に輝いた実力者。以後、髙山氏をはじめとした先輩シェフから多くを吸収。「RED Uー35」への挑戦に対しても、惜しみない支援があった。

 「『RED Uー35』への取り組みの過程で、店の先輩からもスタッフからも、多くのアドバイスをいただきました。審査課題をこなすのは大変だったのですが、参加してみて、料理の世界で自分を表現するとはどういうことなのか、そこを考えるきっかけをもらったことが、いちばん大きな収穫。この経験は、これからの日々の仕事にも活きてくると確信しています」。

 では、今後は?「実は髙山シェフが2019年1月にフランスで行われる『ボキューズ・ドール』本選に出場が決まっていて、それを支えるという大きな仕事が目前に迫っています。今はそこにしっかり貢献し、恩返しをしたいと思っています」。

メゾン・ド・タカ 芦屋 Maison de Taka Ashiya
兵庫県芦屋市平田町1-3
2007年、正統派のフレンチレストラン「メゾン・ド・ジル 芦屋」(フランスにあるレストラン「GILL」の支店)としてオープン。2016年、シェフ・髙山英紀氏の名を冠した「メゾン・ド・タカ 芦屋」にリニューアルし、現在に至る。