飲食店関係者や仲介業者ら約200名が来場
10月21日、東京ミッドタウン日比谷「BASE Q」にて「私たちの食料庫である海を守ろう~オリヴィエ・ロランジェ氏を招いて~」(主催/一般社団法人シェフス・フォー・ザ・ブルー、株式会社シーフードレガシー、共催/株式会社ぐるなび)が開催された。魚介類の減少をはじめとする海の危機的な状況や、サステナブルシーフード(持続可能性の高い魚介類)について知見を高めるために実施。世界の一流ホテルや飲食店によって構成される会員組織「ルレ・エ・シャトー」の副会長オリヴィエ・ロランジェ氏のほか、研究者や料理人、鮮魚店など各界の代表者による講演やパネルディスカッションが行われ、飲食店関係者やメディア、流通業者など約200名が来場した。
まず、株式会社シーフードレガシーの代表取締役・花岡和佳男氏が登壇。世界的に魚が減っている原因として、乱獲や売れ残った魚の大量投棄などを指摘。海外の地産地消の取り組みを紹介し、日本の対策の遅れを示唆した。
続いて、東京海洋大学准教授の勝川俊雄氏が登壇。日本で漁獲量や若手漁業者が少なくなっている実情を紹介するとともに、「日本は世界中から魚を輸入しているため、消費者が魚の減少に気づきにくいのでは」と指摘した。
次に、羽田空港を拠点に空輸を中心とした鮮魚流通網を構築した羽田市場株式会社・代表取締役社長兼CEOの野本良平氏、国内外のトップシェフに魚を提供する株式会社サスエ前田魚店の五代目店主・前田尚毅氏、フレンチレストラン「シンシア」オーナーシェフの石井真介氏によるパネルディスカッションが行われた。日本の流通の問題点やトレーサビリティ(追跡可能性)の重要性、漁業者が稚魚まで獲りつくしてしまうことのリスクなどについて議論が深められた。
野本氏は、日本の流通が不透明で複雑であるという問題点を指摘。前田氏は自身の取り組みとして、契約漁師から人気の低い魚も含めてすべて買い取り、ていねいに下処理して売っていることを紹介。前田氏と取り引きする石井氏は、料理人が未知の魚を活用する重要性を語った
2つ目のパネルディスカッションでは、人気寿司店「日本橋蠣殻町すぎた」の店主・杉田孝明氏、フレンチレストラン「カンテサンス」オーナーシェフの岸田周三氏、「神戸北野ホテル」総支配人・総料理長で「ルレ・エ・シャトー」の日本支部副支部長でもある山口浩氏が登壇。杉田氏は「私自身、仲買人に任せきりで水産業の問題をあまりにも知らなさすぎた」と語り、「夏の産卵期に産卵前のマグロを獲ってしまうことで、マグロがどんどん減っていることを知りました。こういう問題を寿司店も理解し、考え方を変える必要がある。マグロを置かない時期を作ることも効果的かもしれない」と提案した。そのほか、「乱獲を防止するルールづくりが必要」(岸田氏)や、「未利用魚の使用も大切」(山口氏)などの意見が出た。
杉田氏は「寿司職人こそ海の問題にもっと敏感にならないといけない」と警鐘を鳴らし、岸田氏は「飲食業界全体が危機感を共有し、動くことが大切」と言及。山口氏は「料理人は生産地の現状を発信するインフルエンサーの役割を担えるはず」と呼びかけた
最後に、同時通訳によるロランジェ氏の特別講演が行われ、「ルレ・エ・シャトー」におけるサステナブルシーフードの活用事例や、日本の料理人に期待することなどが語られた。講演後には、ロランジェ氏をはじめとする登壇者への質疑応答が行われ、参加者からは飲食店としてどんなことに取り組むべきかなどの質問が飛び、有意義な意見交換がなされた。
Special Interview「海の未来のために、飲食店ができること。」
その魚が環境にやさしいかを仕入れる際に意識してほしい
セミナー「私たちの食糧庫である海を守ろう」の開催に先立ち、オリヴィエ・ロランジェ氏にインタビュー。いま、海で何が起き、それに対して飲食店や料理人は何ができるのか。「日本の食文化をリスペクトするからこそ伝えたい」と語る彼のこれまでの取り組みや想いを聞いた。
40%の魚種が絶滅の可能性。料理人は海の現状に理解を
――現在、世界の海に起こっている危機とはどんなものなのでしょうか?
端的にいえば、資源の減少です。温暖化やゴミの投棄も原因ですが、何より改善すべきなのは乱獲です。現在、世界の漁獲量の95%は一握りの大手企業によって乱獲されたもので、その4割の魚が死んだ状態で海洋投棄されています。つまり、世界の年間漁獲量1億トンのうち、約4000万トンが活用されずに捨てられているのです。
さらに、乱獲者たちは適切な漁獲時期も考えず、魚が群れを作る産卵期を狙って、根こそぎ水揚げしてしまいます。これによって、多くの魚が卵を産めないだけでなく、これから成長して親になるはずの稚魚まで獲ってしまうため、魚が減り続ける一方なのです。現在、私たちが食べている魚種の約40%が近年になって激減しており、絶滅の危機にさらされています。
ただ、こうした問題は長い間あまり表面化してきませんでした。というのも、海は中で何が起こっているか、わかりにくいからです。海面が青く静かであれば、多くの人が「今日も海は穏やかで、何も問題はない」と思ってしまうのでしょう。
私が海の異変を感じたのは12.13年前。付き合いのある漁師との会話のなかで、「魚が獲れなくなってきた」という話題が増えたのがきっかけです。ただ、当時は根本的な問題を知らなかったため、同時期にフランスの水産庁が漁獲規制を始めた際も、漁師の足かせになると抵抗感すら抱いていました。しかし、後に海の厳しい状況を知って、本来はもっと早く規制すべきだったと考え方が変わったのです。そして、約10年前にレストランの一線を退いてから、本格的に海の環境を守るための活動に心血を注いできました。
――実際に、どのようなことに取り組まれてきたのでしょう?
大学の研究室と組み、フランス近海の実態調査を進める一方で、もともと会員として参加していた「ルレ・エ・シャトー」のネットワークを活用しようと考えました。海洋資源の保全などについて周囲の賛同を得ながら、役員を経て2009年に副会長に選ばれ、サステナブルな食材を使った料理を提供する店を増やしていく取り組みを進めたのです。その一つが、2010年に発表した「北大西洋のクロマグロをレストランで使用しない」という宣言です。絶滅の危機に瀕していたクロマグロを使わないように、加盟店に呼びかけ、多くの店がこれに応じてくれました。その結果、約10年経った今、クロマグロの資源量はようやく回復の兆しを見せ始めています。このほかにも、海洋資源保護のために「スズキは、産卵期の1~3月の間は使わない」「冬季以外はホタテを使わない」などの取り組みを広く呼びかけています。
――近年、日本でも海洋資源の減少が問題になっています。飲食店や料理人ができることは何でしょうか?
まずは意識を変えることが重要です。日本に限らず、世界中のシェフは、野菜の栽培方法や畜産物の飼料、はちみつを採取した花の種類など、食材の情報を詳しく知ろうとしています。しかし、サステナビリティについて意識している料理人はどれくらいいるでしょうか。魚を仕入れる際、業者に「新鮮か」「安いか」といったことは尋ねても、「この魚の産卵時期はいつか」といったことを気にするシェフは少ないのではないかと思います。これでは、食材を扱う料理人として十分な責任を果たしているとは言えないと私は考えます。
意識していただきたい点は4つ。
①漁獲してよいだけの十分な量がある魚種か。
②稚魚の状態で獲っていないか。
③漁獲方法は環境にやさしいものか。
④産卵期などを避けて、適切な季節に漁獲しているか。
③について補足すると、沖合や遠洋の大規模な漁業は資源の枯渇につながる、好ましくない漁獲方法だと考えていただきたいです。
さらに、サステナブルな食材を使っていることを飲食店が積極的にアピールすることで、食べ手、つまりお客様が問題意識を持つきっかけにもなります。舌で感じる味だけでなく、環境にやさしい魚だと知ることも、お客様が“おいしい”と感じる要素になるはずです。逆に、乱獲された魚を使っていると知ったら、心からおいしいとは感じられないのではないでしょうか。加えて、料理人だけでなくホールスタッフにも十分に情報を共有して、その食材の背景をお客様に説明してもらうことも大切だと思います。
――今後、日本の飲食店に期待することは何でしょうか?
和食は世界で一番豊かな“海の料理”だと思います。食文化だけでなく、貝や海苔の養殖技術も、長い歴史に裏打ちされた素晴らしいものです。こうした豊かな海の食文化を持つ日本の方々が、海の危機的状況を見過ごすことは、死にそうになっている人のそばにいながら、黙って傍観しているようなもの。日本の飲食店の方々には、海の現状を理解し、それぞれのお店で広く発信していただきたいと願います。