スペイン・バスク編 後編

斬新な調理法で料理を生み出すレストラン「アケラーレ」に潜入!前回に引き続き、もっとスペイン料理の魅力に迫るため、サン・セバスチャンにある、三ツ星レストラン「アケラーレ」の店舗奥に潜む謎の"実験室"にお邪魔することにした。

URLコピー

Vol.4

前回に引き続き、もっとスペイン料理の魅力に迫るため、サン・セバスチャンにある、三ツ星レストラン「アケラーレ」の店舗奥に潜む謎の"実験室"にお邪魔することにした。斬新で多彩な料理を生み出す三ツ星レストランの陰には、スペインが世界に誇る、世界一予約が取れないレストランと称された「エル・ブリ」の存在が大きいだろう(今年6月に閉店)。「エル・ブリ」といえば、同料理長のフェラン・アドリア氏による、先進的なテクノロジーを駆使して表現するアバンギャルドな料理が世界的にも有名で、その創造力豊かな料理や手法は流行をも生みだした。今回は、その流れを汲む、「アケラーレ」の最先端の料理や技術をリポートする。

漁師の網に見立てられた生地には、網にかかったかのように小エビがあしらわれている
ボディーソープやスポンジ、ハンドクリームなど、実際の商品に見立てた器に盛られているのは、何と前菜
文字がプリントされ、まるで紙のように見えるが、ドルチェ。もちろん食べられる

「実験室」があるレストラン。
その斬新な調理方法とは?

スペインに6軒ある三ツ星レストランのうちの3軒が、サン・セバスチャンにある。サン・セバスチャンの中心部から車で10分ほどのところに位置する「マルティン・ベラサテギ」は、革新的なスペイン料理が食べられる店として有名。また、1897年創業の伝統ある「アルサック」のシェフ エレナ・アルサックは、「エル・ブリ」の影響を受けながらも、様々な材料を粉末にして調味料とする独特の手法で、世界を牽引する女性シェフのひとりとして注目されている。

そんななかで、今回訪れた「アケラーレ」は、スペイン・バスク料理界の四天王の一人、ペドロ・スビハナ氏が率いる名店。オーナーシェフであるペドロ・スビハナ氏の作る独創的な皿は、数多くの美食家たちを魅了している。例えば魚料理ひとつとっても、その趣向はユニークだ。白身魚のソテーに添えられているジェリービーンズのようなカラフルなネジが目を引くが、実はこのネジそのものがソース。料理に乗せれば熱で溶け、中からソースが流れ出すという仕掛けが目にも楽しい。

今回の訪問では、ペドロ氏の案内のもと「実験室」とも呼ばれる特別な厨房にも入ることができた。まず、壁の棚に収められているのが調理器具ではなく書籍や資料の数々というのにも驚かされる。また、磨き上げられた調理台に並んでいるのは、なんと注射器で、液体窒素の容器からは白いスモークが立ちのぼっている。斬新かつスタイリッシュなスペイン料理を生み出す裏側には、こうした緻密に計算された科学的なアプローチがあるのだ。「エル・ブリ」が科学実験的な技法でエスプーマ(泡)を作り、世界中に影響を与えたように、この実験室からまた革新的な技法が生まれているかもしれない。

客を惹きつける盛りつけは斬新、
かつもちろん美味!

注射器を使っての調理をはじめとする科学的なアプローチについて、「私の家は代々続いた医者の家系なので、その影響もあるのかも」と語るペドロ氏。彼の根本には、とにかく食べる人を喜ばせたいというラテン人気質とでもいうべきスピリッツがあるからこそ、こんな趣向が生み出されるのだろう。

コースで供される魚料理「ヒメジのソテー」。皿上に添えられている、まるでネジのような形のカラフルな物体は……?

実際にテーブルに着くと、来る皿ひとつひとつに目を奪われた。前菜として出されたのは、どう見てもホテルのアメニティセット(スポンジケーキの「パフ」に、トマトとバジルの「ジェル・ローション」をつけていただく。)。実際にある商品のパッケージを模してあり、食べるのに躊躇するほどだ。「イカの岩塩蒸し」ではテーブル上での調理として、温めて布で包んだ岩塩を生イカに乗せ蒸し焼きに。この皿の横には、程よく熱を通すための時間を測るため、ストップウオッチ機能にしたiPhoneが添えてあり、遊び心が感じられた。こうしたアッと驚くような演出に、外食におけるエンターテインメント性の大切さを実感した。

料理は終始こんな調子で登場し、ともすれば奇抜でもあるのだが、サービスはもちろん、味についても絶品なのが三ツ星たるゆえん。料理はそれぞれ、丁寧に作られているのはもちろん、素材の素晴らしさが感じられるものばかりだ。画期的な調理法も、それを損なわないレストラン本来の質の高さがあって初めて成立するものなのだと思う。

いまや予約を取るのが非常に困難な店のひとつとも言われるアケラーレ。決してスペインの中心にあるわけではないにも関わらず、世界中から皆がこぞって訪れる。人々が本当に行きたい!と思えるお店は、立地など関係なく、その店でしか食べられない料理やサービス、演出がなにより重要なのではないだろうか。

その"ネジ"の秘密を、厨房奥に設けられた「実験室」で披露していただいた。(右はオーナーシェフのペドロ・スビハナ氏)

■ネジに見立てたソースの作り方

用意したのはマイナス190度超の液体窒素。「調理」というより「実験」という雰囲気
ワインオープナーをゼラチン状のソースに浸し、液体窒素に入れて冷やし固める
超低温で固まった外側の膜を外し、液体のソースを流し入れる。ここで注射器が登場
流し込んだソースは、バジル、ミルクとニンニク、醤油をベースとした3種類

■アケラーレ流・華麗なる演出と提供法

皿に並べられたソースと数種の野菜のグリーン。色は確かに美しいが、料理はこれだけ?
すると、見るからに新鮮な生のエビが熱々の溶岩石の上に乗せられてサーブされてきた
エビはテーブルでフランベ。スペインらしく、ブランデーではなくグラッパを使う
程よく熱が通ったところで先に出された皿に盛りつけられた。すべての食材が目の前で美しく調和する
Akelare (アケラーレ)
http://www.akelarre.net/
世界の料理の流れを変えた料理人のひとりとも讃えられるペドロ氏により創業。2007年にミシュランの三つ星を獲得後も、モダンバスク料理を追究し続けている。
実験室のエントランス。壁一面に描かれた遊び心あふれるイラストが印象的
実験室の内観。調理場ゆえ清潔なのは当たり前だが、それ以上に研究所のような雰囲気を醸し出している
取材料理家 高沢紀子氏祐成陽子クッキングアートセミナー講師。テレビ、雑誌、企業のメニュー開発などを手がける。『かわいい映画のかわいいレシピ1・2』『まんまるおやつ』(ワニブックス)他を出版、テレビではレンジで作るおしゃれなメニューを提案するなど多方面で活躍中。祐成陽子クッキングアートセミナー

構成・文/年吉聡太
取材協力/バスク美食倶楽部 山口純子