スペイン発 新感覚! 創作寿司が人気 前編

「ヘルシーでおいしい」とスペインでも人気の寿司。酢飯や生魚が苦手な人が多く、魚種も少ないため、独特の工夫を凝らした創作寿司が好評だ。前編では、そんな創作寿司が売りの店を紹介する。

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Vol.115

今や寿司は世界中で食べられている日本料理だが、スペインでも寿司は「ヘルシーでおいしい」と大人気。一方で酢飯や生魚が苦手な人も多く、そもそも生で食べられる新鮮な魚の種類が限られているというのも現状だ。だがそれを嘆くのではなく、その中で何ができるかを考え、工夫を凝らした「創作寿司」が人気を集めている。味わいも見た目も斬新なスペインの創作寿司の現状をリポート。

前編では、創作寿司という新ジャンル確立の立役者となった2店舗を紹介する。

三色の酢飯が目にも鮮やかなトロの巻き物(18ユーロ=約2,214円)。紫色は赤ワイン、黄色はサフランで色づけ。ネタも酢飯に合わせて変化をつける
サーモンのキムチ風味とオニオンフライが特徴的な「マキ・ポニエンテ」(6個。12ユーロ=約1,476円)
スペインの創作寿司はカラフルなものが数多く見られる。後編で紹介する「ミススシ(Miss Sushi)」の「ミス・ディアボラ」(8個。10.9ユーロ=約1,341円)は根菜のテーブルビートで色づけされている

色鮮やかな創作寿司で女性の心をつかむ

スペイン東部に位置し、地中海に面した町・バレンシア。ここで寿司の新しいスタイルを提示し、成功している店が「カモン(KAMON)」だ。2014年3月、レストランやバルが多く集まるカノバス地区にオープン。「和食と地中海料理を融合させた前衛的な料理」と表現される同店のメニューは、味はもちろん、見た目、香り、食感、調理法の組み合わせが客の心を掴んでおり、地元の人はもちろん、現地在住の日本人からも高い支持を得ている。

「フォアグラとリンゴの握り」。添えられるTSUEBIソースは、照り焼きソースをベースに、魚介や野菜などを加えて煮込んだ同店のオリジナル。特許も取得済みだ

一番人気は、「フォアグラとリンゴの握り」(1個。3.5ユーロ=約431円)。赤ワインで炊いた紫色のシャリに、フォアグラとリンゴのキャラメル煮を乗せ、スペイン人が大好きな照り焼きソースに魚介と野菜などを加え、コクとうまみを凝縮させたオリジナルソースを添える。フォアグラの塩加減とキャラメルの甘みのコラボが絶妙で、黄色いリンゴと真っ赤なラズベリーの色合いも鮮やかだ。

また、ニンニク、アンチョビ、オリーブオイルで味付けしたバーニャカウダクリームを添える「伊勢エビの巻き寿司」(10個。19.8ユーロ=約2,435円)も好評。スペイン人が大好きなエビの天ぷらとカニのすり身を酢飯で巻き、伊勢エビの刺身を乗せる。伊勢エビの出汁にサフランを加えた黄色のシャリが、華やかさをさらに際立たせる。エビの頭としっぽも活用した盛り付けも見事だ。

常に一歩先を行く斬新で独創的な同店のメニューは、イタリア料理と和食を極め、「料理界のアーティスト」と地元メディアで絶賛される、同店の共同経営者兼料理長の鈴木宏史氏が考案。同じく共同経営者兼料理長のアルベルト・ゴンザレス氏が形にするという二人三脚のスタイルで生みだされている。例えば、紫や黄色の色鮮やかなシャリは、元々イタリア料理のシェフだった鈴木氏が、ほうれん草や唐辛子、トマトを混ぜ込んで作る色付きパスタから発想を得た。色付きの酢飯だと見た目が華やかで香りも加わるので、地元の人にも食べてもらいやすい。また、あえてソースを添えて提供するのは、スペイン人がやりがちな醤油のかけすぎを防ぎ、おいしく味わってもらいたいという願いからだ。

同店には新感覚の創作寿司を食べたいと、国籍を問わず、毎日多くの人が訪れる。鮮やかな色彩は、伝統的な寿司の概念からは外れているように感じるかもしれない。しかし、この色鮮やかな創作寿司が、近い将来世界を席巻する可能性もある。

「伊勢エビの巻き寿司」。見た目の豪華さだけでなく、上に乗った伊勢エビの刺身と、中に入る海老の天ぷらとカニのすり身の組み合わせが絶妙
ともに共同経営者兼料理長である鈴木宏史氏(左)とアルベルト・ゴンサレス氏。店のコンセプト、素材や調理方法を客に説明できるようにスタッフのトレーニングも徹底している
カモン(KAMON)
Carrer del Comte d'Altea, 32, 46005 València, Valencia
http://ja.kamon.es/

シャリなし寿司に、サンドイッチ寿司。枠にとらわれない“粋”

同じくバレンシア・カノバス地区にある人気店が、2010年にオープンした「スシ・アンド・タパス(Sushi & Tapas)」だ。

“シャリなし寿司”こと「エル・シン・マキ」。ネタによってソースが異なるため、1つずつ区切ったトレイに盛り付けて提供される

同店は和食の伝統を守りながらも、現地の人の好みに合わせて寿司を進化させてきた。特に人気メニューの「エル・シン・マキ」(「シャリなし巻き」の意味)は、ネタを海苔だけで巻くという斬新な寿司だ。このメニューは、「スペインでは、握り寿司を注文して上の刺身だけをはがして食べる人はいるが、刺身はあまり注文されない。バレンシアではパエリアなどの米料理が名物だが、ディナーでは米を食べない人もかなりいる」と気が付いたオーナーシェフの矢ノ目欽一氏が考案したもの。現地の人たちの食生活を、職人の目で観察したことから生まれたアイデア料理だ。3種類のネタを2つずつ提供しており、計6個で11ユーロ(約1,353円)。「サーモンとマグロ」には自家製の燻製醤油でスモークサーモン風のアクセントを加えている。「エビとマグロ」は醤油マヨネーズドレッシングでちょっぴりプロウン(エビ)カクテル風に。「白身魚」には柚子風味の醤油であっさりと。具材となる魚種に合わせて、それぞれの旨みを引き立てるソースをつけている。

また、サーモン、クリームチーズ、海苔、アボカドを酢飯でサンドした「サンドイッチ寿司」(6切れで12ユーロ。約1,476円)は、スペイン人が毎日のように食べる「ボカディージョ」(半分にカットしたバケットに生ハムやトルティージャなどの具を挟んだもの)をヒントに考案された。「スペインの国民食と日本の国民食をどう組み合わせるか」という視点で、寿司の可能性を追求したという。周りにまぶした揚げたパン粉のサクサクとした食感も新鮮。魚が苦手な客は、サーモンを生ハムに代えられる。

男女問わず幅広い層が来店するが、特に若い年代のカップルやグループが多い。伝統的な寿司も提供しているが、日本人の旅行者からは「日本にはないスタイルだ」と、かえって創作寿司の方が好評だという。現地の人の嗜好を配慮して生まれた創作寿司が、今では本家・日本人の舌をうならせている。

スペインの国民食「ボカディージョ」を参考に考案された「サンドイッチ寿司」。ミシェラン三ツ星レストランのシェフ、キケ・ダコスタ氏が気に入り、自身がプロデュースする店のメニューに採用したという
経営者の矢ノ目欽一氏は、世界中の寿司職人が腕を競う「グローバル寿司チャレンジ2015」のスペイン予選で優勝した実力者。「日本を代表して和食を提供しているという責任と誇りを常に心にとめている」という
スシ・アンド・タパス(Sushi & Tapas)
Carrer de Salamanca, 10, 46005 València, Valencia
http://www.sushitapas.com/

取材・文/ボッティング大田朋子(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1ユーロ=約123円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。