いかにお客様にとって好印象なお店を作るか? ということは、飲食店経営において永遠のテーマ。どんなスタイルのお店であっても、お店の「品格」=「店格」はお店の印象を決めるうえで、重要な要素である。そこで、空間デザイナーの柿谷耕司氏に、お店の格を上げる空間づくりの基本やコツを指南いただいた。
今、飲食店の空間に求められるのは「エンタメ性」と「現実からの解放」
これまでに様々な飲食店で空間デザインを手掛けて、高い評価を得てきた柿谷耕司氏。多くの人から支持される店舗空間は、どのようなステップを踏んで生み出されるのだろうか。
「まず大前提として、お店作りは、来店されるお客様(客層)、お店のコンセプト、そしてデザイナーの発想、その3つが三位一体になっていることが基本です」。
その三角形を軸にして、立地特性や社会性、来店動機、店で過ごす時間を客にどのように楽しんでもらいたいかなどの要素を組み合わせ、空間づくりのベースを決めていくのだという。
「特にお店のコンセプトが明確でないと、その空間は絶対に弱いものになってしまいます。かつて映画監督の黒澤明氏は、『映画作りにおいて、弱い稲には豊かな実りはない』と言ったそうです。つまり、脚本が弱ければいい映画は絶対にできない、と。空間づくりにおいても、それと同じことが言えると思います」。
では、柿谷氏が考える、店の格を上げる空間づくりにおいて、今強く求められるものとは?
「まずは料理のおいしさや、気の利いたメニュー構成といった飲食店としての基本的な価値に加えて、あの店に行けば、何かが私を楽しませてくれるんじゃないかとお客様に思わせる、ある種のエンターテインメント性ですね。つまり、時間を買ってもらえる空間設定ができるかどうかが、使ったお金以上の楽しみをお客様に与えられるかを大きく左右すると思います」。
さらに、もうひとつが「客を現実から解放してあげること」と、柿谷氏。
「そのお店に行けば、心が豊かになる、あるいは翌日からの活力をもらえるーそうお客様に感じてもらうことが重要。今は精神的な豊かさが足りない時代だからこそ、そういうことがお店の価値や品格につながるのではないでしょうか」。
店内のディテールから見る店格を上げるポイント
いかにムードアップさせたり、印象を上げられるか、その基本やコツについてご紹介。今一度、見直してみよう。
外観「隠すところ」と「見せるところ」のさじ加減が重要
閉鎖的な店と開放的な店では、外観の作り方は大きく異なる。前者の場合は看板などの店の情報をできるだけミニマム化し、「隠れ家感」を強調するのがポイントだ。一方で後者の場合、とくに外からも中が見通せるのに奥行きが浅い店は、席の配置やカーテンなどで外から見えない部分を作ることで、店内に客がいない時でも、入りにくさが大幅に軽減される。
事例1
エントランス「ドアを開けたらすぐに客席」はNG
店全体のコンセプトにかかわらず、エントランスと店内の間にはアプローチやパーティションといった、何かしらのワンクッションがあるとベター。そうすることで、新規客には店に対する期待感を抱かせながら、同時にすでに店内にいる人は新たに入ってくる客の気配を感じることなく、落ち着いて食事を楽しむことができる。
事例2
事例3
待合室期待値を上げる「スタイルのある待合席」
待合席も考え方はエントランスと同じ。これから食事を楽しもうとしている客の期待値を上げるためには、エントランスから待合席までをひとつのアプローチとして捉えて、店全体のコンセプトに合った世界観の空間づくりをしたい。それにより、ただ椅子を並べただけの簡素な待合席と比べた時に、店に対する印象度は大きく変わってくる。
店内のディテールから見る店格を上げるポイント
カウンター席簡単なアレンジで空間の味わいが劇的に変化
カウンターはハイカウンターとローカウンターとで使い方や過ごす時間の長さが決定的に違う。そのため、それぞれに適したスタイリングや光の演出を行う必要がある。たとえば落ち着いた雰囲気を演出したい場合、天井から下げた布に照明を入れて柔らかい光で照らすなど、簡単なアレンジで空間の味わいを劇的に変えることができるのも特徴だ。
テーブル席「客同士の距離感」がその店の居心地のよさを決める
テーブル席は空間を目一杯使って詰め込むようなことはせず、店のコンセプトや客単価に応じて、配置や席数を決めるのが基本だ。とりわけ近年は「居心地のよさ」を敏感に感じ取る客が増えてきているため、価格や料理のクオリティと同様、「客同士の距離感」を考えることが店の評価を上げるのに不可欠になっている。
トイレ「清潔感」+「デザイン性」で好感度アップ
いちばん大切なのは、言うまでもなく「清潔感」。トイレは客が店の印象や評価を決める重要なポイントであるため、常にクリーンな雰囲気を保てるデザインや空間づくりを心がけること。また、壁一面を鏡張りにするなどトイレだけ店全体のコンセプトと一線を画したデザイン性を採り入れるのも、他店との差別化を図る上で非常に有効だ。
事例4
取材協力/柿谷耕司アトリエ
写真/淺川敏(事例1と事例2)