フレンチと和の融合した料理を通して、日本の食文化を世界に発信したい
日本とパリにレストラン、カフェ31店舗を展開する株式会社ひらまつ。この9月には、奈良県から運営委託を受けたオーベルジュがオープン。2016年にはホテル事業にも進出する。トップとして経営手腕を発揮し、世界に名を馳せる料理人でもある平松博利氏に、その狙いと展望を伺った。奈良県「食×農」事業の運営と校長への就任
奈良県桜井市。古墳時代の政治の中心と言われ、前方後円墳が点在する里山の風光明媚なこの地に今年9月5日、「オーベルジュ・ド・ぷれざんす桜井」(以降、オーベルジュ)がオープンした。客室は全9室。レストランでは、一流の料理人が腕を振るうフランス料理が楽しめる。奈良県の大和野菜、大和ポーク、大和牛、大和肉鶏などの伝統食材をはじめ、近隣の和歌山、明石(兵庫)などで獲れる魚介を使用した、新しいスタイルのメニューを提供している。
奈良県が建設したこのオーベルジュ(宿泊施設を備えたレストラン)の指定管理者として、運営を担うのが株式会社ひらまつ。ホテルの接客、レストランの調理やホールサービスなども同社の社員が執り行う。また、同じ敷地内には来春開校予定で、こちらも奈良県による「なら食と農の魅力創造国際大学校(NARA Agriculture and Food International College」(以降、NAFIC)も建つ。NAFICには2つの学科があり、1つは、高度な調理技術に加え、農業や農産物、経営などの幅広い知識を持つ次代の食の担い手を育成する「フードクリエイティブ学科」。もう1つは、高度な農業技術と優れた農業センスを持つ、農の担い手を育成する「アグリマネジメント学科」だ。食と農を融合させた、これまでにない学校で、校長には株式会社ひらまつの代表取締役社長・平松博利氏が就任予定。そのカリキュラムの制定にも携わる。
実は平松氏、この話を受ける以前から、いずれはホテルと学校を経営したいという構想を温めていた。「レストラン業は、ここからここまでという区切りがありません。レストランを経営する企業は、レストランから派生する多様な事業を展開できるポテンシャルを持っているのです。私たちがいち早く始めたウェディングもその1つですし、ホテルもレストランの延長線上にあり、レストランのノウハウを持っていれば展開できます。今回のオーベルジュ以外にも、ひらまつブランドのホテルを3つ、来年オープン予定です」と平松氏。一方、食は農から生まれるというのが平松氏の持論。「食の世界でここまで歩んできた僕にとって、食材の生産現場まで深く踏み込み、かつ、経営にも通じた料理人を育てることは、今だからこそできる社会貢献だと思っています」と、その理由を語る。
この想いの背景には、長年、食の世界に身を置いてきた平松氏の経験がある。優れた腕前を持つ料理人でも、経営が1~2店舗の時はうまくいくものの、店舗数が増えると難しくなるケースを嫌というほど見てきた。経営に関する知識がないことがその原因だ。「規模が大きくなると、単にレストランを経営するのではなく、ビジネスになる。社員に対する責任も生まれます」と語る平松氏は、1994年に一旦、料理人としては第一線から退いている。5年間、経営の勉強に専念したという。この間、朝から夜中まで社長室にこもり、ひたすら経営書を読み、独学で経営の実務を身に付けた。平松氏が事業の幅を広げ、株式上場を果たしたのも、しっかりと経営を学んだからだ。
「NAFICでは、料理人やホテルマン、農家の卵たちがともに学ぶことで、料理人は生産者の想いや苦労がわかり、食材と真剣に向き合う。いろいろ工夫をして新しい料理も生まれるでしょう。一方、生産者は料理人が必要とするものがわかり、品種改良をするなど新たなものが生まれ、地域の活性化も図れる。そのシナジー(相乗効果)は計り知れません。さらに、それを表現できるオーベルジュを併設することで、実学も身に付きます。まさに私の描いていた世界なのです」と平松氏は期待する。
ちなみにNAFICは2年制で、定員は2学科それぞれ20名。「フードクリエイティブ学科」は「一人1ストーブ方式」で学ぶ調理実習、オーベルジュ実習、農業実習などのほか、各界で活躍するプロの講師も招く。一方、「アグリマネジメント学科」は、敷地内の研修農場で実習。料理人を目指す人が農業体験をするなど、双方の交流も頻繁に行い、お互いの理解を深める。また、単に農作物を作るだけでなく、収穫したものを加工する第6次産業に踏み込んだカリキュラムも設けている。オーベルジュでは、同社のプロが最高の料理と最高のおもてなしでお客様を迎え、学生には、プロと同じ場に身を置き、その後ろ姿を見ることで学んでもらう。しかし、時には生徒だけで一定期間、運営させることも考えているという。現在、平松氏は県関係者とともにカリキュラムの細部を詰めている途中だが、実践しながら、より実効性あるものにフレキシブルに変えていく。そして、将来的には、MBA(経営学修士)取得に匹敵するレベルの学校にする夢も持っている。「料理関係に関していえば、『料理ができる経営者』『経営ができる料理人』『一軒の店を作れる人』を合言葉に、世界に通用する食のマイスターを育てます」と将来像を語る。
新規事業のホテル展開。海外での新店も視野に
平松氏率いる株式会社ひらまつは2016年、いよいよ「ひらまつホテル&リゾーツ」としてホテル事業に進出。一挙に3つのホテルをオープンする。「三重にはオーベルジュタイプのリゾートホテル『賢島(かしこじま)』を、神奈川にはフラッグシップと位置付ける『箱根・仙石原』、静岡には和と洋を融合した数寄屋造りの『熱海』を作ります。コンセプトは、一言でいえば“ヨーロッパ風の旅館”。お客様一人ひとりの顔が見えるサービスを提供しつつも、深入りはせず、ほどよい距離感を保つ。素晴らしい食事を提供しますが、食と住の比率は50対50」というものだ。国内でさらにホテルを建設し、リゾートホテルのブランドを確立した3年後をめどに、シティホテルの展開も考えているという。
また、レストラン事業でも、現在海外で出店しているパリ以外に、ニューヨーク、ボストン、ロンドンなど、世界の大都市への展開も視野に入れており、「世界のひらまつ」になる日も遠くない。「日本から世界へ出て行くのですから、新店には和の要素が必要でしょう。ただ僕は、純然たる日本料理ではなく、『日本の食文化』を世界に発信したいと思っています。フランス料理にしてもフランス人が作る料理と同じではなく、日本人だからできる和食と融合した料理を考えています『日本のフレンチ』や『日本のイタリアン』というコンセプトです」と平松氏。その布石として、和食の名店「高台寺土井」(京都)を昨年末に取得。国内を含め、和食を取り入れた様々な展開を考えているところだ。
次々と新規事業に進出し、事業の幅を広げる平松氏の頭の中には、次のアイデアが詰まっている。「日本の料理人にとって今はチャンス。日本料理の文化が世界に認められ、特に、旨みが強くて健康にもよい昆布や鰹の出汁が注目されています。日本の食文化に誇りを持って前向きに考える人には、明るい未来が開けています。また、本物を追求する限り、景気に左右されることもないでしょう。本物の付加価値、本物の文化は経済に支配されません」。先陣を切って実践してきた平松氏の言葉だけに、非常に重みが感じられる。
最後に座右の銘をうかがうと、陶芸家・河井寛次郎の言葉が返ってきた。「『この世は自分を探しに来たところ。さあ、仕事をしろ、立ち止まるな。だから、失敗も成功も無い。そこは自分だ』。やりたいことをすべて実現するには、あと40年かかります。そのとき、私は103歳ですね」と柔和な笑顔を見せた。
Company History
1982年
東京・西麻布に「ひらまつ亭」開店1988年
「ひらまつ亭」広尾に移転。「レストランひらまつ」と改名1993年
広尾に「カフェ・デ・プレ広尾」開店1997年
代官山に「リストランテ アソ、カフェ ミケランジェロ」開店1999年
福岡・博多リバレインに「レストランひらまつ博多」開店2001年
フランス・パリ、サンルイ島に「レストランひらまつ サンルイ アンリル」開店2002年
「レストランひらまつ サンルイ アンリル」が、フランスのホテル・レストランガイド、ミシュランで一ツ星を獲得西麻布に「ラ・レゼルヴ」開店、丸の内に「サンス・エ・サヴール」開店
2003年
ジャスダック市場に株式上場2004年
東京証券取引所市場第2部に株式上場「レストランひらまつ サンルイ アンリル」パリ16区へ移転、「レストランひらまつ パリ」と改名