譲れないものと、変えること。本場の空気を肌で感じたとき、迷いはなくなりました。
英国のパブ文化普及を目指し、「HUB」「82」を展開する株式会社ハブ。1号店出店から36年を経て、今期100店舗達成が見えてきた。代表取締役社長の太田剛氏は、事業の黎明期に入社し、会社の成長とともに歩み、パブ文化の浸透を担ってきたひとりだ。2024年に売上200億円、200店を目指す、その想いを伺った。「パブ業態」浸透に苦労。悩んでブレたことも
関東と関西を中心として、パブ業態「HUB(ハブ)」「82(エイティトゥ)」の2ブランドを展開。近年、既存店の売上は前年比100%超えを続け、業績は好調だ。1980年に神戸の三宮に1号店を出店してから36年。2016年度中には、2007年に作成した「2017年ビジョン」の目標のひとつであった、100店舗を達成する見込み。だが、その道のりは決して平坦ではなかった。「会社帰りにふらっと立ち寄り、キャッシュオンデリバリーでお酒を受け取り、仲間や知人と語り合って一日の疲れを癒やし、明日への活力を生む場が、英国のパブです。その文化を日本にも普及させたいと、ダイエー創業者の中内功さんが『HUB』を作りました。パブという当時では特殊な業態なので、認知されるまでに時間がかかりましたが、近年になってようやく認められた気がしていて、感慨深いですね」と、代表取締役社長の太田剛氏は笑顔をみせる。
創業時から、キャッシュオンデリバリーのスタイルや、アルコール中心の営業という点は、本場・英国のパブを踏襲。だが、食べながら飲む習慣がある日本では、当時の英国のようにフードメニューをほとんど置かないというのは難しいため、つまみ感覚で食べられるフードはそろえることにした。そして、神戸の1号店は賑わった。実は、太田氏が入社したのも、学生時代に三宮の「HUB」で衝撃を受けたことがきっかけ。「キャッシュオンデリバリーも、1杯180円という価格も驚きでしたし、外国船の船員たちがワイワイと飲んでいて、まるで海外にいるようでした」と、興味を抱いて会社説明会に参加した。「10年で1000店舗という構想を聞き、これから飛躍する企業で活躍したい」と入社を決めたのだ。
だが、10年で1000店どころか、10店舗到達までにも時間がかかった。「神戸や、東京・六本木のような立地では好調でしたが、ほかではあまりなじまず、居酒屋と同一視されてしまう。『どうしてカウンターまで買いに行かなくちゃならないんだ!お前が買って来い!』と財布を投げられたこともありましたよ」と当時を振り返る。やがて売上に苦戦し、90年代初頭には、一部の店舗でスタッフがオーダーを取りにいくスタイルに変えたことも。すると、売上は上がったものの「自分たちは何をしているんだ、という、悶々とした想いがありました」と太田氏。ただ、そんな中でも「飲みながら語り合うのがパブ。食べながら飲むのが居酒屋。フードには手を出すな」という、中内氏の言葉だけは守り続けた。
もやもやしていた霧は、1995年に渡英し、本場のパブを体験したことで吹き飛んだ。「パブのドアを開けた瞬間に、本場の空気を肌で感じました。何件も巡る中で、日本でのパブ業態のイメージもでき、迷いはなくなりました」。同時に、日本で認知されるために、やるべきことも見えてきた。「キャッシュオンデリバリーは、やはりパブ業態の肝。絶対に崩してはいけない。ただし、ノーサービスとは違う。英国では、お客様の邪魔をしないよう、放っておくこともサービスですが、日本では最低限の挨拶や会話は必要だと気付いたのです」。90年代後半になり、ファストフードになじみのある世代が、アルコールを飲める年代になったことも追い風となり、業績も店舗も拡大し始めていった。
新たなブランドを立ち上げ、人材育成の「ハブ大学」創設
2005年には、「HUB」に次ぐブランド「82」の1号店を出店。『若い頃はよくHUBに行ったけど、今は・・・』とおっしゃるお客様が多くいらっしゃいました。そこで賑やかな『HUB』を卒業した世代が、ゆっくり楽しめる場として、『82』を立ち上げました。『HUB』では、それまでバーでしか飲めなかったカクテルを、気軽に飲める存在にしたという自負があります。『82』では、ウイスキーに親しんでもらおうと、シングルモルトウイスキーの銘柄をそろえ、リーズナブルな価格で提供しています。若い世代にウイスキーに興味を持ってもらうことが『82』の使命と考えています」と太田氏は胸の内を語る。
また、昨年は小規模なマーケットに対応できる「HUB ALE HOUSE」が誕生。「『82』は知名度の浸透に時間がかかり、現時点ではまだ利益率も低い。そこでメニューを絞り込んだ『HUB』の小規模パッケージを開発しました。従来は、最寄駅の乗降客20万人以上が出店基準のひとつでしたが、こちらは10万人が目安。出店エリアを拡大できると考えたのです」。
また、それに伴い、人材育成も必要になったため、2008年には「ハブ大学」を立ち上げる。新入社員は、入社と同時に入学。「飲食店ではOJTが重要ですが、一方で、現場から離れて知識を身に付けることも必要です。ハブ大学では、英国のパブについて理解を深め、リーダーシップを発揮しながらチームづくりとマネジメントができる店長を育てます」。英国のパブについて理解を深めるため、以前から新卒の内定者を英国研修に連れて行っていた。しかし今年は、内定時期の関係もあり、4月1日の入社式を数百年の歴史がある英国のパブで行った。「結果的に、社会人としての第一歩を、本場のパブで踏み出したことで意識が変わり、また、パブ巡りによって、しっかりとその文化を吸収してくれました」と成果を語る。
ビールは雑誌と同価格に。ドリンクとフードは8対2
ハブの店舗は、ピークタイムが居酒屋やレストランとは異なる。「今よりもフードメニューを充実させれば、売上が上がることはわかっています。しかし、気軽に毎日でも通える店だからこそ、あえてそうしません。もちろんフードの質は重視しますが、考え方としては、飲食店の稼ぎ時の19時から21時の夕食時間帯を捨てているのです。そして、ドリンク対フードの比率は、8対2を守っています」。
アルコール類の価格の基準もユニークで、原価率や景気に関係なく、ビールのハーフパイントの価格は「週刊誌1冊の価格」。現在は基本の生ビールのハーフパイントは360円で、19時までのハッピーアワーは半額になるドリンクもあり、200円以下で1杯飲める。そのため、客単価の平均は1500円だが、1000円以下の来店客も多いという。また、以前は「HUB」と「82」で別々に発行していた会員カードを、昨年統合。「カードをお持ちのお客様は友人を連れて来てくださる。いわば、うちの営業マンです」。現在、会員数は24万人。相当数の社外営業マンが存在することになる。
こうして100店舗が見えた今年、2024年に売上200億円200店舗を目指す「2024年ビジョン」を打ち出した。「近年、アルコール離れが叫ばれています。ですが、あまり量は飲まないが、飲み会の『場』は好き、という方は多くいらっしゃるので、割り勘ではなく、それぞれが飲んだ分だけ支払えばよいといううちのシステムにとってはむしろチャンス」と太田氏。だが、出店を急ぐことはしない。「英国風パブを通じて、お客様に感動を与える『感動文化創造事業』を展開することが企業理念。この理念に則り、1店舗1店舗、お客様に必要とされ、長く続く店をつくっていきたいですね。そして、地域のコミュケーションの場になることを目指しています」。東京、大阪に加え、現在店舗のある仙台と名古屋をドミナント化した後は、福岡・札幌などへの出店を考えている。ハブの歩みは、まだ序章なのかもしれない。