2018/09/11 特集

トップランナーが語る! “女性料理人”の仕事と生き方、活躍のヒント

“女性の活躍”が叫ばれる一方、飲食の現場では少数派の女性料理人。料理人を目指す女性がもっと増え、レベルアップしていくためには?第一線を走る女性料理人6人に、そのヒントを語っていただいた。

URLコピー

専門学校で半数を占める女性。職場では一転して少数派に

司会・進行 料理プロデューサー 食ジャーナリスト 狐野(この)扶実子さん 1997年、パリの料理教育機関「ル・コルドン・ブルー」を首席で卒業後、3ツ星レストラン「アルページュ」に入り、スーシェフに就任。2001年よりパリを拠点に出張料理人として活動後、パリの「フォション」のエグゼクティブ・シェフに抜てき。現在はパリのアラン・デュカス氏主宰の料理学校で講師を務めながら、国内でも活動。2015年より「RED U-35」審査員。「女性が料理の仕事を続けていくために、料理界も改革が必要」

狐野(この)扶実子(司会・進行 料理プロデューサー 食ジャーナリスト) 今日は、第一線で活躍されている女性料理人の皆さんにお集まりいただきました。料理業界で頑張る女性、そして女性を雇用している経営者、同僚の男性の方々にも、ヒントになるようなお話を届けられればと思います。今日ご参加の桂さんは2016年に、藤木さんは2017年に、「RED Uー35(RYORININ's EMERGING DREAM U-35)」(※1)でもっとも優れた成績を収めた女性料理人に贈られる「岸朝子賞」を受賞されています。この「RED Uー35」で私は審査員を務めているのですが、女性の参加者がなかなか増えないことを課題の一つだと感じています。調理師専門学校に行くと女性の学生が多いのに、職場では一転して女性が少ないのが現状ですよね。

北山 智映(「割烹 智映」店主) 私もそれは感じます。先日、都内の調理師専門学校で講師をする機会があったのですが、訪ねてみて、学生の半数ほどが女性であることに驚きました。私自身は独学で料理を学んだので、調理師学校にこんなに大勢の女性がいることを知らなくて。この子たちは卒業後にどこへ行ってしまうんだろう…と不思議に感じたほどです。

五十嵐 美幸(「中国料理 美虎」オーナーシェフ) 日本は本当に女性の料理人が少ないですね。料理の仕事を長く続ける女性が少ないからだと思います。私の店でも過去に、採用して2~3年後、ようやく力がついてきた時期に辞めてしまった女性がいました。重い鍋を振る中国料理は体力的に厳しいだけでなく、男性に負けじと精一杯頑張るがゆえに、心身ともに負担がかかりがち。女性料理人が生き生きと働ける環境はまだ整っていないのが現状で、私自身も経営者として非常に悩んでいるところです。

樋口 宏江(「志摩観光ホテル」総料理長) つい頑張りすぎてしまう女性は、多いですよね。私自身も、20代のころは厨房で周りの男性と同じように重たい物でも何でも運んでいました。男性に負けたくない、女性だからと特別扱いをされたくないという気持ちが、当時はとても強かったですね。

桂 有紀乃(料理人) 私の身近では、10年間一緒に働いた後輩の女の子が、つい最近、結婚を機に事務職に移る選択をしたんです。将来的な育児・家事との両立を考えると、第一線で料理を続けるのは難しいと考えての選択でした。せっかく経験を積んできて辞めるのは本当にもったいないと思ったのですが、彼女が決めたことですから止めることはできなくて。どうすれば女性料理人がやりがいを持って長く仕事を続けられるのか。その方法を、私自身が別の場所で探してみたいと思ったことも、勤めていたレストランを9月に退職して、10月から公邸料理人になると決めたきっかけの一つです。(※2)

藤木 千夏(「Restaurant Umi」シェフ) 以前に比べると女性の料理人も少しずつ増えてきていると思います。ただ最近、私の店で働きたいと連絡をくれた地方出身の新卒の女性がいるのですが、調理師学校の先生からは「料理業界に入るのは海に投げ出されてサメに食われるようなものだ」と言われたそうで。不安を抱えて、それでも料理が好きで志を持って飛び込んで来た若い人たちのために、続けられる環境を整えたいと強く感じます。

北山 残念ながら、飲食業界はまだまだ“男社会”。来年この状況が変わるかといえば、急には変わらないと思います。そんななかで女性が頑張っていくには覚悟がいるし、好きじゃないと続かない仕事ですよね。一方で、若い人が夢破れてがっかりして去っていく状況は、何とかしなければと思います。

五十嵐 そうですね。夢を持って業界に入ってきたのに、続けられずに辞めてしまう。これを、現実は厳しいのだという一言で片付けてはいけないと思います。自分の店を持つ夢があっても、実現するには多額の借金をしなければならないし、家庭と両立している女性には、独立は選択しづらいですよね。経営者としても、厳しい経営の中で人を雇うなら、女性より男性を採りたくなる気持ちもわかる。この状況を根本的に解決するには、個人でやれることは限られており、国のサポートが不可欠です。例えば、女性料理人の独立を支援する助成金や、出産・育児などで料理人が欠け、厨房の戦力が落ちることを加味した助成金などがあれば、状況は大きく変わるのではないでしょうか。日本の料理人は、調理技術や味覚のレベルが世界的にも高いと思いますが、女性料理人にはさらに、独特の味覚や感性がある。女性が活躍できる土壌が整えば、日本の料理業界のレベルはもっと上がるはずです。

「中国料理 美虎」オーナーシェフ 五十嵐 美幸さん 東京都出身。幼少期から実家の中国料理店を手伝い、1993年に高校卒業後、正式に厨房へ。並行して休日に「竹爐山房(チクロサンボウ)」に通い研鑽。1997年、フジテレビ『料理の鉄人』に最年少挑戦者として出演し話題に。2008年、東京・幡ヶ谷に「中国料理 美虎(ミユ)」オープン。現在、直営3店舗を運営するほか、料理教室やイベントなど精力的に活動。「踏ん張る時も必要。同じ女性だからこそ伝えたいですね」

女性の声を、経営者に届ける役割も

狐野 「志摩観光ホテル」では数十年前から料理人として女性を採用しておられたそうですが、最近の女性料理人の数はどのくらいですか?

樋口 現在、和食部門に2人、洋食部門には私を含め3人いて、ペストリー(パティシエ)は女性が多いですね。結婚を機に退職する人がいる一方で、入社する人もいて、毎年どの部門も女性の応募が1名以上あります。個人店に比べてホテルは従業員数が多いですし、24時間の中でもシフト制で勤務時間を調整しやすい利点はあると思います。また、当社(株式会社近鉄・都ホテルズ)では、女性が働きやすい環境作りを考える検討会が開催されています。例えば、職場内に託児所があれば安心して仕事を続けられるので、そうした要望を会社に伝えることや、自分の経験を後輩に伝えてサポートしていくことも、私の役割の一つだと考えています。

 私もホテルに勤めていた13年間、どうすれば女性が料理の仕事を続けられるのかを考えてきました。樋口さんも言われたようにホテルは24時間営業なので、基本的には女性も夜勤があります。シフト上は8時間勤務ですが、体への負担は少なくないので、改善の必要を感じていました。でも一従業員の私に組織を動かす力はありません。そこで考えついたのが、コンクールにたくさん出ることです。コンクールで結果を出すことで、私の考えを発信するチャンスもあるのではないかと思ったんですね。実際に受賞を重ねるなかで経営者クラスの人と話す機会が増え、夜勤制度の改善を申し入れるなど、現場の声を自発的に上に届けてきたつもりです。意見を言い続けるにはそれだけの実力が必要ですから、誰かに追いつかれるわけにはいかない。その思いが毎年コンクールに出続ける原動力にもなっていました。

「志摩観光ホテル」総料理長 樋口 宏江さん 三重県出身。1991年「志摩観光ホテル」に入社。フレンチレストラン「ラ・メール」シェフを経て、2014年に同ホテル総料理長に就任。2016年に行われたG7 伊勢志摩サミットでは、ワーキング・ディナーを取り仕切った。2017年、農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」にて、三重県初、女性初のブロンズ賞を受賞。「仕事と育児を両立し、長く働ける環境を整えるのも私の役割」

子育てとの両立に不可欠な家族や職場の理解とサポート

狐野 樋口さんはホテルの総料理長であり、高校生と中学生のお子さんを持つお母さんでもあるんですね。どのように両立してこられたのですか。

樋口 子どもが小さい頃は、保育園に入れられなかったのですが、幸いにも私の場合は、厚意で子どもの面倒を見てくださる人が近所にいて、本当に助けられました。ただある時、その人の都合が悪くなり、慌てて代わりの預け先を探したことがありました。初めての場所だったので、子どもは不安でいっぱいだったはずですが、泣くと私が困ると知ってか、預け先の人に手を引かれながら振り帰らずに歩いて行って…。今でも思い出すと胸が痛みます。子どもが大きくなってからも、家族全員で一緒に夕食を囲む機会は年に数えるほどしかないのですが、その分、短い時間でも家族とのひとときを大切に楽しく過ごそうと意識しています。

五十嵐 うちにも3歳の息子がいますが、「子育てがこんなに大変だとは思わなかった!」というのが正直な感想。主人が仕事を辞めてサポートに回る選択をしてくれたからこそ、料理を続けてこられたと実感しています。仕事で海外に行く時は親や知り合いに預かってもらっていますが、子どもと離れるのは本当に辛いですね。そんな時に思い出すのは、女性料理人の先輩の「ママは仕事をしていて幸せなんだと、2、3歳でもちゃんと教えてあげて」というアドバイスです。最近は、頑張る父母の背中を見せることも大事な教育だと考えられるようになりました。店に子どもを連れて行くこともありますが、料理人はお客様の命を預かる仕事で、厨房は真剣勝負の場所。「白衣を着た瞬間からはママじゃない」と、自分にも子どもにも言い聞かせて切り替えるようにしています。

狐野 ヨーロッパでも、第一線で活躍する女性料理人の多くが、家族や職場の理解、社会のサポートの重要性について語っていますが、その点で日本の社会はまだまだ遅れをとっていると言えそうです。例えばフランスは、女性の就業率が80%以上と高いのですが、これは託児所やベビーシッターなどのサービスが、文化としてしっかりと根付いていることも大きく関係していると思います。仕事と家庭の両立が当たり前の社会で、男性も育児や家事を積極的に担っている。日本でももっとそうした風潮が広まってくれるとよいですね。ヨーロッパといえば、桂さんは10月からヨーロッパに単身赴任されるわけですが、ご主人の反対などはなかったですか?

 実は夫には、問い合わせを済ませ、面接の日取りを決めた後で報告したのですが、何のためらいもなく、喜んで賛成してくれました。仕事で普段から世界を飛び回っている人なので、私にも同じように、やりたいことに自由に挑戦してほしいとエールをくれました。いずれは子どもも欲しいですし、年齢的なことも気になるけれど、先のことを心配しても仕方がないので、「今やるべきことをやろう」という結論になりました。これまで勤めたレストランを退職して、新しい場所で料理をしてみようと思ったのは、女性が料理の仕事を続ける方向性を探るためでもあります。育児と料理人は続けられないと思う女性に、「両立できるこんな道や、こんな方法があったよ!」と、いつか示すことができたらと思っています。

藤木 私も、将来は家族を持ちながら料理人と両立する方法を考えていきたいと強く思っています。今は仕事やライフスタイルの選択肢もたくさんあるので、柔軟に仕組みを考えられればと思います。

※1 新時代の若き才能を発掘する、国内最大級の料理人コンペティション。現在進行中の「RED U-35 2018」では、一次審査に過去最多の567名が応募。

※2 座談会の収録は2018年8月8日。

全7ページ