2019/02/21 挑戦者たち

株式会社 プレゼント 代表取締役社長 植本 寿一氏

こだわりの生ハムを打ち出した「イベリコBAR ベジョータ」やメキシコ料理店、商業施設などに出店する株式会社プレゼント。現在、近畿で8店舗を運営する植村氏が目指すのは、「飲食人が幸せになれる組織づくり」だ。

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飲食人が幸せになれる環境を作り出すことが、今後の目標

――大学を卒業してすぐ、飲食業界に入ったそうですね。そのきっかけは?

 実は、まったくの偶然です。大学を卒業するとき、やりたいことが何も思い浮かばず、とにかく就職はしなければいけないと考えて、目の前の求人に飛びついたら、それがたまたま外食企業でした。飲食業界に興味があったわけではなく、入社してからもただなんとなく働く毎日でした。

 転機は26歳のとき。グローバルダイニングの店で働いていた人が、私が店長をしていたチャイニーズレストランに入ってきたことです。彼の飲食人、サービスマンとしてのあり方に大きな刺激を受けたのです。

 例えば、お客様にタバコを求められたときにすぐに応じられるよう、彼は常に数銘柄のタバコを懐に入れていました。接客のすべてのレベルが高く、「1人のお客様に喜んでもらうために、そこまでするんだ」と、とても新鮮に映りました。一緒に働いたのは短い期間でしたが、単なるルーティンになっていた飲食の仕事の奥深さを感じました。それからですね、飲食業がおもしろいと思うようになったのは。

 もう1人、28歳のときに出会った上司も忘れられません。会社の企画担当だった方で、早朝、いきなり電話がかかってきて「今、○○の社長が喫茶店にいるから、どんな新聞を読んでいるのか、見ておいで」などと言われる。ほかにも、「○○のフィナンシェがおいしいから食べてみなさい」とか、百貨店のバレンタインフェアに一緒に行って、全店舗のチョコレートをチェックしたり。トップの人たちが何に興味を持っているのか、商品がどうやって生まれ、なぜ人気が出るのか、どうやって売り出せばいいのかなど、様々なことを教えていただきました。このときに学んだことは、独立後の店づくりや商品開発にとても役立っています。


――32歳で独立します。その経緯と、1号店のコンセプトは?

 独立する直前は統括店長という役職で、マネジメントのほか、飲食のおもしろさや大切さをスタッフに伝えており、やりがいも感じていました。同時に、この会社で頑張れば、将来、独立したときに必ず成功するという前例に自分がなりたいと思っていました。そんな気持ちもあって、32歳で独立しました。

 でも、出店する物件も決まりかけたとき、料理を任せようと考えていたシェフが辞めることに。自分がまったく料理ができなかったため、他人任せで店を作ろうとしていた甘さを反省しました。そこで、まずは自分でもできる料理を探そうと、知り合いの店に「給料なしでいいので、調理を手伝わせてほしい」と頼み込みました。そこで働くなかで、自分のレベルでは出せる料理が限られると感じていた頃、出会ったのが、どんぐりのみを食べて育ったイベリコ豚「ベジョータ」の生ハムです。

 初めて食べて、「こんなにおいしいものがあったのか!」と思うほどの衝撃を受けると同時に、切るだけなので、これなら自分でもメニューとして出せると考えました。そして、その3日後には「ベジョータ」について知りたいと思い、スペインへ。もちろん、スペイン語は全然わからないし、ツテもありません。今考えたら、かなり無謀ですよね。現地でたまたま知り合った日本人に通訳を頼み、アンダルシア地方のハブーゴという村にある「ベジョータ」の生産会社を、飛び込みで訪ねました。そこでいろいろ話を聞きつつ、セビージャという街では、生ハムを中心に、さほど手の込んでいない料理とワインを提供してすごく賑わっているバルに通いました。帰国するときには、生ハムがメインのスペイン酒場という店のイメージができていました。

 こうして、1号店の「イベリコBARベジョータ」を京都・河原町仏光寺にオープン。ありがたかったのは、大阪にある生ハムの輸入会社の社長さんが、わざわざスペインにまで行った行動力を褒めてくださり、生ハム20本を無料で提供してくれたこと。7坪と狭い店にずらりと並んだ生ハムが話題となり、予想以上に繁盛しました。もっとも、生ハム好きのお客様には、スライスの拙さをよく叱られたものです。

Hisakazu Uemoto 1976年、福井県出身。京都の大学を卒業し、大阪や京都でチェーン展開している外食企業に就職。統括店長などを務めた後、独立して2009年4月、1号店「イベリコBAR ベジョータ」を京都・河原町にオープンする。以来、店舗展開、自社ブランドの生ハムの開発、組織づくりに注力する。

――その後は順調に店を展開していき、新業態も出店しましたね。

 生ハムを柱に、あえて大通りから一本路地に入った立地で、「ベジョータ」を展開しています。「目立たない場所にあるけど、いい店知ってるんだよ」と、友人や知人を連れて来店してもらえる店にしたいからです。

 小さい1号店に対し、少し広い空間の店をと考え、2号店「ベジョータ ムチョ 室町仏光寺」を出店。また、魚介メニューも提供したいと考え、3号店「ベジョータ コンチャ 四条富小路」をオープン。作りたい店のイメージと合致したら、その日のうちに物件を決めます。まさに、“いい風が吹いている”と感じたとき。メキシカン酒場「ロティーチキンアンド ジャッキー タコス 烏丸高辻」は、いつかメキシコ料理店を出したいと考えていたとき、イメージ通りの物件に出合い、即決しました。

 2015年、自社ブランドの生ハム「ベジョータ GYOKURO」の提供を始めたのは、どこよりもおいしい生ハムで、競合店と差別化したいと考えたから。「ベジョータ GYOKURO」は、使用するイベリコ豚の規格を厳格に定めて、高品質を保証しています。1号店を出す前に訪れたスペイン・ハブーゴ村の生産会社と提携し、3年がかりで開発して販売権を得ました。この生ハムを前面に出したのが、大阪駅内の商業施設にある「ハモネリア ベジョータ ギョクロ」で、女性を中心に人気です。その後、新大阪駅構内に「ベジョータ マス」も出店。今後は、商業施設や駅ナカなどにもアプローチしたいと考えています。

 そのほか、最近始めたのが、テイクアウト専門の「京都 かつ飯屋 孫助」。セントラルキッチンを作ったので、そこでも何か売りたいと考えて考案したのが、「かつ飯」です。卵でとじず、3種類のタレで食べるオリジナルのカツ丼です。現在は限定30食の販売ですが、肉やパン粉にもさらにこだわり、最終的に納得できる商品が完成した段階で、次の展開を考える予定です。

オリジナルの生ハム「GYOKURO」は、濃厚な旨みととろける脂が特徴で、スペイン産ワインと相性がいい

――社員も増え、会社も大きくなりました。組織としての今後の課題は?

 一番の課題は、「飲食人が飲食人らしくいられる会社をどう作るか」だと思っています。飲食業は現場、つまり店が一番大切だと思うので、当社ではあえて、スーパーバイザーや統括マネージャーなどの中間マネジメントのポジションを置いていません。利益を生み出しているのはあくまで現場なので、そこになるべく多くを還元したいからです。でも、それだけでモチベートするのは難しい。やはり、組織としても業界としても将来の夢をきちんと描けるようになることが必要です。

 模索は続きますが、社内独立や店の譲渡なども考えています。会社としては、ある程度力のある人が経営すれば必ず成立し、頑張ればさらに繁盛する業態を確立したい。常に期待値を超えるものを提供し続け、人が集まる店を一つひとつ作っていきたいですね。

Company Data

会社名
株式会社 プレゼント

所在地
京都府京都市上京区飛鳥井町255-10 永縄ビル 2F

Company History

2009年 「イベリコBARベジョータ」オープン
2010年 株式会社プレゼントを設立
2011年 「ベジョータ ムチョ 室町仏光寺」「ベジョータ コンチャ 四条富小路」オープン
2013年 「ベジョータ ムアムア 烏丸三条」オープン
2014年 メキシコ料理店「ロティーチキンアンド ジャッキータコス 烏丸高辻」オープン
2015年 生ハムの自社ブランド「GYOKURO」の販売をスタート
2017年 テイクアウト「京都 かつ飯屋 孫助」オープン

ベジョータ ムアムア 烏丸三条(京都・烏丸)
https://r.gnavi.co.jp/snpmrvrz0000/
オリジナルブランドの生ハム「GYOKURO」をはじめ、「パエリヤ」などのスペイン料理をカジュアルに提供し、女性に大人気。
ロティー チキンアンド ジャッキー タコス 烏丸高辻(京都・烏丸)
https://r.gnavi.co.jp/2r3ajwtg0000/
ロティサリーチキンとタコス料理が売りのメキシカン酒場。1~3階の3フロアで、1人から団体まで様々な利用シーンに対応する。