2019/03/27 挑戦者たち

株式会社 和音人 代表取締役社長 狩野 高光氏

東京・三軒茶屋でドミナント展開する株式会社和音人の狩野高光氏。10代から築いた高い経験値と綿密な戦略で快進撃を続け、培った知見を社内外に惜しみなく発信。そこには、「外食の力」を信じる熱い想いがあった。

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外食の現場にスポットライトが当たる未来を作りたい

――飲食の世界に入ったのは15歳のときだったとか。

 実家の飲食店を手伝っていた中学生の頃から、「自分にはこの道しかない」と思っていました。最初に勤めた焼鳥店では17歳から焼場を任され、その後、19歳でオープニングスタッフとして入ったパン屋では店長も経験。スタッフは全員年上で反発もあり、いちばんきつかった職場です。その分、学ぶことも多く、マネジメントの基本や営業までの準備の大切さを教わりました。

 次にアルバイトで入った株式会社グローバルダイニングの「カフェ ラ・ボエム 代官山」では、実力主義の環境が肌に合い、1カ月後にはアルバイトリーダーに昇格。エリアマネージャーから声をかけていただき、同じ代官山の「タブローズラウンジ」で店長として研鑽を積みました。その頃から少しずつ自分の店を持つことに興味を持ち始め、独立に向けて経験の幅を広げようと、株式会社エルアンドエスに入社。アルバイトから実績を重ねて正社員になり、「恵比寿バール」の店長に就任した翌月には、赤字を黒字に転換することに成功しました。徹底したのは、スタッフ一人ひとりの持てる力を最大限に引き出し、目の前のお客様の期待値を超えること。全員が同じ方向を向いたことで、若いチームならではの爆発力が発揮され、短期間での成果につながりました。ただ、大変だったのはそこからで、継続して結果を出し続ける難しさを、身をもって学びました。

 社員として働くかたわら、派遣会社にも登録し、週1日の休みには様々な業態や規模の店で勤務。毎週異なる現場で、異なる相手から知識をどんどん吸収できたのは、それまでの仕事を通して、学ぶために必要な心構えと覚悟ができていたからだと思います。

――満を持して、28歳で起業しました。1号店を三軒茶屋に出した理由は?

 三軒茶屋は「街」としての成熟度が高く、独自の空気感があります。店と地域が密接で口コミが広がりやすく、ここなら厳選した食材の価値が伝わるはずと考えました。物件を取得するのに1年半を要したのですが、おかげで事業計画を練る時間がたっぷりできました。自己資金450万円に加えて、日本政策金融公庫から1400万円の融資がおりたのは、綿密な事業計画への評価もあったと思います。

 会社設立の際に決めたのは、「社員の夢が叶う会社」であること。2015年にオープンした1号店の「月山(がっさん)」は、立ち上げメンバーの1人の「故郷・山形で村おこしに尽力する父親の力になりたい」という夢を実現するため、山形県産食材を売りにしました。材料費や送料を考えると、客単価は高めに設定せざるを得ず、周りからは「絶対流行らない」と言われましたが、幸い、開店直後にテレビで紹介され、すぐに軌道に乗りました。半年後、別のメンバーの夢を叶えるため、2店目の「GYOZA SHACK」を出店。以降も、社員の夢に沿って業態開発、および店舗展開を行ってきました。

 三軒茶屋でドミナント戦略をとることは、1号店を出した時点で決めていました。最大の理由は人件費を抑えるため。現在の7店舗はすべて徒歩5分圏内にあり、それぞれピークタイムが少しずつ異なるため、スタッフを行き来させて全体の稼働人数を減らすことができます。また、路面店にこだわるのは、三軒茶屋の風景の1つとして、そして、街の資産として、根を下ろしていきたいから。それが、同業態の店舗を出さない理由でもあります。

Takamitsu Kano 1987年、東京都出身。焼鳥店やパン屋などを経て、株式会社グローバルダイニングで経験を積んだ後、株式会社エルアンドエスに移り、「恵比寿バール」の店長を務める。28歳で三軒茶屋に「月山」を出店し、独立。現在7店舗を展開し、飲食店プロデュースも手がける。

――3年で7店舗の快進撃ですが、これまでに転機や試練は?

 3店舗目の「ろんど」は、今でこそ厳選した地鶏を使った焼鳥で、アッパー層のお客様からも支持を得られていますが、オープン時のコンセプトは“大衆酒場”で、これが大失敗でした。というのも、当社は化学調味料、上白糖、グラニュー糖、精製塩を一切使わないのがポリシーで、調味料費は平均的な飲食店の7~8倍。さらに、居心地のいい空間にこだわったため回転率が極めて悪く、当然ながら利益が出ませんでした。今思えば、1店目も2店目も繁盛して天狗になり、調子に乗って流行を追ったツケでしたね。困って相談した妻からも、以前の上司からも同じことを言われました。「世間に左右されず、自分自身がカッコいいと思うものを貫くべき」と。鼻をへし折られた手痛い失敗でしたが、それがあったからこそ、自分の強みや追求すべきものが明確になりました。その後はブレることなく、自分がよいと信じるものでお客様に喜んでいただく姿勢を貫いています。

――培ったノウハウを、社外に向けても惜しみなく伝えていますね。

 それは、自分の実力は本当に小さくて、大部分はこれまで出会った方々から教わったことで成り立っていると思っているからです。それを今度は自分が伝える番だと考え、戦略も含め、包み隠さず話しています。社内でも知識やノウハウを最大限に共有したいので、各社員が自分の得意分野の講義を行う社内アカデミーを毎月開催。旨味成分の基礎知識や、専門的な調理技術、サービスなど幅広いテーマで実施しており、最近は他社からの講義の依頼もあります。

 人材育成で重視しているのは、料理とサービス、どちらの経験も積むこと。両方の経験と視点がなければ、一流にはなれないと考えています。自分自身が独立までの十数年、あらゆる業態でホール、キッチン、マネジメントと、すべてを経験したからこそ、そう実感します。この方針を貫くことで、飲食店でありがちなホールとキッチンの対立は、当社には存在しません。

 会社をやみくもに大きくしたい、名を成したいという願望はなく、経営者として社員の幸せを真摯に追求し続けたいと考えています。幸せの基準も、価値観も異なる社員一人ひとりと向き合い、企業としてどうあるべきかを絶えず考えていくつもりです。

山形県の在来野菜を守る取り組みなども積極的に行う狩野氏。現地で生産者と交流することも大事にしている

――会社としての今後や外食の未来への想いとは?

 近年は九州をはじめ、各地で店舗をプロデュースする機会も増えていますが、直営に関しては今後も三軒茶屋でのみ展開していきます。三軒茶屋の街のポテンシャルを上げながら、魅力的な店であふれる街、わざわざ足を運ぶ価値のある街にしたいですね。

 また、これまで取り組んできた地方創生に関する活動や、「在来種」「固定種」と呼ばれる野菜の魅力を伝える活動にもさらに力を入れたい。その想いもあって近々、同年代の若手経営者と勉強会を立ち上げる予定です。他業種の方々とも積極的に交流を図り、より大きな規模での社会貢献活動にも取り組んでいきたいと考えています。

 もう1つ実現したいのは、外食の現場にスポットライトが当たる未来です。「ありがとう」にもっとも近い場所である現場にこそ、外食の本質と醍醐味がある。店舗数が増え、会社が大きくなっても、自分が現場に立ち続けることで、これからの外食企業の目標になるような、現場が主役のモデルケースを作り上げたいと思っています。

Company Data

会社名
株式会社 和音人

所在地
東京都世田谷区三軒茶屋2-10-16

Company History

2015年 株式会社和音人を設立し、1号店「完全個室焼鳥 月山」オープン。年末には2店目の「GYOZA SHACK」をオープン
2016年 「ろんど」オープン
2017年 「個室 オステリア 割烹 りんどう」オープン
2018年 「個室居酒屋 雫月」オープン
2019年 山形県河北町産アンテナショップ「かほくらし」オープン。1階が物販、2階は「ビストロ割烹 華音」

完全個室焼鳥 月山(東京・三軒茶屋)
https://r.gnavi.co.jp/mf5sc5sb0000/
ブドウの枝木を備長炭に混ぜ、瞬間スモークで香り高く仕上げた焼鳥が売り。店長・齋藤氏の故郷である山形県の月山が店名の由来。
ろんど(東京・三軒茶屋)
https://r.gnavi.co.jp/r60u1pfm0000/
名物の焼鳥は、軍鶏や地鶏を部位ごとに厳選し、備長炭で焼き上げる。山形県産の在来野菜などを用いた「野菜おでん」も人気だ。