2019/10/28 繁盛の黄金律

経営者はピーク時に、厨房で働いてみよう

経営する店舗が増えていくと、自ら現場に立っていた昔の苦労を忘れがちになり、1店舗の売上が下がったり、スタッフの離職率が高まったりするリスクも高くなります。これを防ぐには、定期的にピーク時の厨房に入ること。厨房に起こりがちな問題点と、その改善方法を解説します。

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Vol.98

あまりの劣悪な環境に愕然とするだろう

 5~6店舗ほど店を持つと、皆いっぱしの経営者になった気分になって、自らが店を切り盛りしていた昔の苦労を忘れます。毎日の売上だけが気になり、店に通う足も次第に遠のいていきます。関心は、人が足りているか、店が回っているか、売上がたっているか、に限られていきます。没落の始まりです。

 私は、こうしてアッと言う間に消えていった「瞬間成功者」をたくさん見てきましたから、こう断言できます。「月に1回でいい。ピーク時の3時間でいい。経営者は厨房に入れ」と。5店舗経営しているのであれば、別々の店の厨房に、順番に入ることを強くすすめます。すると、見えていなかったことが「現実の危機」として、目の前に現れるからです。

 まず、自分の体がナマクラになっていることを思い知らされるでしょう。様々な調理スキルも落ちて、昔なら鼻歌まじりでやれていたことが、全然できなくなっていることに、愕然とするのです。「3時間でいい」と言いましたが、1時間も持たない体力の衰えを、思い知らされることになります。

 次に、厨房の劣悪な環境に愕然とします。高温多湿、狭くて動きにくい、そして作業量の多さ、その複雑さ。「従業員をこんなところで長時間働かせていたのか」と感じるでしょう。また、「離職するスタッフが多い」と店長をどやしつけていたことを、少しでも良心のある経営者ならば、反省することになるでしょう(まったく気付かない経営者も多いですが)。そして、厨房の改善が焦眉の急(しょうびのきゅう=切迫している状況)であることを思い知るのです。改善といっても、厨房のスペースを広げて、通気をよくして、空調を利かせて温度を下げる、というレベルだけではいけません。抜本的な改革が求められます。

メニューが増え、機器が増え、キッチンは大混乱中

 まずはメニューの改革です。メニュー数が増えていくのは、だいたい経営者のいっときの思いつきです。この場合、品目よりも品種が増えてくるのが問題です。パスタ専門店で、パスタのメニュー数(品目)が増えているのは問題ないのです。まったく違う分野(品種)、例えばカレー、ハンバーグ、とんかつ、サンドイッチといったメニューが増えていたら、それは大問題です。厨房内の作業量が爆発的に増え、作業の流れが停滞して、大混乱に陥ります。その結果、必ず主力のパスタの品質が落ちます。そして、メニュー全体の提供時間も遅くなります。つまり、専門店としての評判が落ちるということです。まずは、もう一度メニューの数を減らさなければいけません。品種の絞り込みです。「専門店」に立ち返ることです。

 次に、厨房レイアウトの改革です。厨房機器の配置が狂っているために、作業動線が複雑を極めているはずです。様々な厨房機器の導入を繰り返したために、例えば、下ごしらえのスペースの横に、食器洗浄機が配置されていたります。水ハネが、食材の上に降りかかる形になっているのです。また、冷製メニューの調理台の横に、ガスレンジがあったりします。つまり、いつ食中毒が起こってもおかしくないような配置になっているのです。警戒心の強い経営者であれば、この時点で強い危機意識を持ちます。「すぐに切り離さなければ」と、実行に移すはずです。これら厨房の“無政府状態”も、いつのまにか増えてしまったメニュー(の品種)数が原因です。新しいメニュー構成(品種カット)に基づいて、もう一度再配置するべきです。

 繰り返しますが、メニューの改革なしに、厨房改善は一歩も進みません。「狭くて劣悪な環境のキッチン」と前述しましたが、もっとコンパクトにできる可能性もあるのです。これも、メニューの絞り込みが出発点です。そして、新たなメニュー構成を前提に、厨房設計をゼロからやり直すのです。厨房機器の進化は日進月歩ですから、最新鋭の機器を導入し、それをもっとも効果的に配置すれば、厨房スペースは圧縮できます。圧縮とまでいかないにしても、労働環境が飛躍的に高まることは間違いありません。そうなると、ピーク時は例えば5人で対応していたものが、4人でできるようになるかもしれません。人が減って、労働負担が軽減され、労働環境がよくなるとしたら、一石三鳥ではありませんか。

 もうひとつ考えたいことは、調理の中身の問題です。一つひとつの仕事を、「それを、店の厨房でやる必要があるのか」という設問に基づいて、検証し直さなければなりません。効率化できるところがあれば、楽をしたほうがよいでしょう。また、「それはいつやるべき仕事なのか(営業前か、営業時間中か)」、この検証もしなければなりません。

 店の業態や規模、調理へのこだわりなどにもよりますが、「ずっとこのスタイルでやってきたから」という理由だけで、余計な調理仕事を、しかも余計な時間をかけてやっているケースがあまりに多いのです。これらの視点から、厨房の全作業の洗い直しをとことん進めなければなりません(次回に続きます)。

株式会社エフビー 代表取締役 神山 泉 氏
早稲田大学卒業後、株式会社 柴田書店に入社。「月刊食堂」編集長、同社取締役編集部長を経て、2002年に株式会社エフビーを発足。翌年、食のオピニオン誌「フードビズ」を発刊。35年以上もの間、飲食業界を見続けてきた、業界ウオッチャーの第一人者として知られる。