Vol.140
働く人を幸せにできない店は、評価されない
サステナブルとか、持続可能性とかいう言葉が盛んに使われています。正式名称は分かりませんが、胸にサステナブルバッジを付けている人もよく見かけます。
外食業に対してもフードロスを減らす、プラスチック容器から紙容器に切り替える、割り箸を使わない、水道・ガス・電気の消費をどう減らすか。それらの取り組み姿勢によって、店やチェーンの評価が変動する時代になってきました。うまい料理さえ出していれば人気店になれる、という時代は終わったのです。
アメリカにはレストラン評価の本や雑誌があまたありますが、最近よく見られるものに「エンゲージ」という言葉があります。このエンゲージが、重要な評価ポイントになってきているのです。エンゲージは、“関係”と訳したら良いのでしょうか、簡単に言うと「働く人たちとうまくやっていけているか」、「働く人を幸せにしようとしているか」ということです。高度な技能と芸術的なセンスを持ったカリスマシェフが評価されることは、今も昔も変わりませんが、働く人を奴隷のようにこき使っている店は、エンゲージの悪い店として、全く評価されなくなっているのです。働く環境が悪い店がダメ、ということです。
劣悪な条件で働かせる“修業”も、もはや許さない
チェーン店についても、同じです。従業員への待遇を改善しようとしているか、技能や知識を身に付けるための制度がしっかりできているか。労働環境を改善するために持続的な投資が行われているか。福利厚生の仕組みや設備が充実しているか。これらのことが、チェーンのブランドを決定する重大な要因になってきています。これらのことに無関心なチェーンは、良い人材が集まらないどころか、そもそも人の採用ができません。
それから、投資してくれる会社や人が見つかりません。また、メーカーや卸などの関連会社が身を引きます。取引を嫌がります。つまり、成長ができなくなってしまうのです。チェーン店も個人店も、働く人や事業に関連する会社にそっぽを向かれたら、もはや生きていけなくなってきているのです。
これまでも「何となく評判の悪い店」というものはありました。あそこはブラック、といううわさが流れると、お客様からも働く人からも敬遠されて衰退していく店を見かけますね。これがより顕在化して客観化され、数値化されて、より迅速に伝わるようになったのです。
老舗の有名店なども、生き方を改めなければなりません。修業の名の下に、5年も10年も低賃金で、休日もほとんどなし、長時間労働を強いている店が今でもありますが、どんな有名店であっても、またすばらしい技能を持った親方(シェフ)がいる店であっても、エンゲージ力ゼロの店は、お客様から見離されます。つまり、商売として立ち行かなくなる時代に入ったのです。修業の中身も、働く人の立場に立ったものに変えていかなければならないのです。
そんなことをやっていては、本物の技は身に付かない、と思っている親方(シェフ)も少なくないでしょう。さらに、休日を十分与え、労働時間を短縮してハードワークから解放していたら、利益は出ない、と考えている経営者も多いことでしょう。しかし、過酷な労働条件の中で「技は盗め」などというやり方の修業に、一体どれだけの効能があるのでしょうか。もっと親身になって、理路整然と技能を身に付けさせた方が、よほど短期間に一人前の料理人が育つはずです。時代はまったく変わったのです。
また、キッチン内のメンバーの連携が良く、全員が意識的に前向きに和気あいあいと仕事をした方が、生産性は上がります。つまり、その方が利益が出るのです。フロアも同じです。キッチンメンバーとの親密な関係が結ばれ、できあがった料理を即、お客様のテーブルに運び、そこでフレンドリーな会話が成立していれば、料理のおいしさがより一層引き立ちます。
レストランという言葉は、元々は心が癒やされてくつろげる場所という意味なのですから、働く人が伸び伸びと生き生きと働いていなければ、本来の役割が果たせなくなります。そして、そういうくつろげない店が、なんと多いことでしょうか。キッチンとフロアは反目し合い、料理長は怒鳴り散らし、全員がピリピリしながら笑顔もなく、暗い気持ちで働いている店。お客様に妙な緊張を強いるような店。ちっとも気持ちがほぐれない店、そういう飲食店の方が多いかもしれません。
いくら料理のレベルが高くても、お客様にゆとりとくつろぎをもたらさない店を高く評価するのは、もうよそうよ、という気運が一気に高まっているのです。これはとてもいいことだと思うし、まっとうなことだと思います。ロボットやその他のハイテクマシンを駆使して、無理に生産性を上げようとするチェーン店に対しても、厳しい評価が下されることになると思います。いくら生産性の高い仕組みを構築しても、お客様が来店しなければ、お話になりませんからね。
外食業はヒューマンビジネスと言われてきました。それはしばしば、人手を多く使うビジネスと解釈されてきましたが、働く人の意欲と技が価値を生み出すビジネスだ、という本来の意味を再確認しなければならない時代になったのです。
この領域で働きたい、人生を賭けてみたい、という人が増えないことには、外食業は魅力的なビジネスにはなりません。
■飲食店経営の明日をリードするオピニオン誌「Food Biz」
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