退職後の秘密情報の流出を防ぐには
事例
《取締役Aさん》
店舗の運営を任せている従業員が退職して、我が社と同じ事業を行うことを計画しているみたいなんだ。店舗の売上に大きな影響が生じてしまうかもしれないし、会社のノウハウなんかも持ち出されてしまうと困ってしまうな。
《取締役Bさん》
そんなことは当然認められないでしょ。
《取締役Aさん》
法律的にはそうでもないらしいよ。何か対策はないものかな……。
会社が役員や従業員などに対して、会社が行っている事業と競合する事業を行ったり他社に就職したりする行為を禁止することを「競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)」という。
今回は、この競業避止義務について、日本橋法律会計事務所の代表弁護士である水上卓氏に話を聞く。
退職した後の競業避止義務
退職前の従業員は、労働契約の付随的な義務として冒頭で説明した「競業避止義務」を負っている。
「ただ、労働契約の付随的な義務なので、従業員が退職してしまうとこの義務も原則として消滅してしまいます。つまり、退職後には競業避止義務が消滅してしまうため、秘密情報の流出や顧客を奪われるといったリスクがあるんです」と、水上氏は語る。
対応策とその留意点
上記のようなリスクへの対応策としては、退職した元従業員に対しても競業避止義務を負わせるために、その旨の誓約書などを別途作成する方法がある。
「ただし、退職した従業員にも競業避止義務を負わせることは、当該従業員の側から見れば、それまで働いて得た知識や技術を活用する機会を奪われて、職業選択の自由を制限されることになります」(水上氏)。
そのため、裁判所では無制限に競業避止義務に関する合意の有効性を認めておらず、従業員の職業選択の自由を不当に害するものであると判断された場合には、そのような誓約書などを作成しても合意は無効と判断されている。
裁判所が競業避止義務の合意について有効か否かを判断する際は、
①守るべき会社側の利益があるか(競業避止義務の必要性)
②退職した従業員の退職前の地位
③競業避止義務を負わせる地域の範囲
④競業避止義務を負わせる期間
⑤禁止される職種の範囲
⑥競業避止義務の代償措置の有無
などの各事情を総合的に考慮して、当該事案ごとに個別具体的に判断を行っている。
「これは前職企業の不利益となる競争行為ですよ」と裁判所に認められるポイントとは
①「守るべき会社側の利益があるか」については、会社独自のノウハウなどの営業秘密に準じる価値ある情報などである方が会社側に守るべき利益がある、すなわち競業避止義務を負わせる必要性があると判断されて、当該義務に関する合意が有効と判断される可能性が高まる。
②「退職した従業員の退職前の地位」については、営業秘密などの会社の重要な情報に触れる従業員など、重要な立場にあった従業員に対しての方が競業避止義務を負わせる合意が有効と判断される可能性が高まる。
③「競業避止義務を負わせる地域の範囲」、④「競業避止義務を負わせる期間」、⑤「禁止される職種の範囲」については、競業避止義務を負わせる地域、期間、職種について合理的な限定がされていれば競業避止義務を負わせる合意が有効と判断される可能性が高まる。例えば、競業避止義務を負わせる地域を退社する従業員が担当していた地域に限定したり、その期間を1年以内の期間に限定したり、競業会社への転職などを一般的に禁止するのではなく業務内容や職種などで限定したりする方法がある。
⑥「競業避止義務の代償措置の有無」については、競業避止義務を負わせることの金銭的な補償をすると競業避止義務を負わせる合意が有効と判断される可能性が高まる。
「なお、競業避止義務を負わせる誓約書などについては、当該従業員の退職時に作成を求めても、既に競業行為をすることを当該従業員が決めていた場合には当然拒否されてしまうため、会社に入社した時や配転をした時などのタイミングで作成をすることもポイントです」と、水上氏は指摘する。
競業避止義務違反があった場合
退職した従業員に対して競業避止義務を負わせる合意をし、当該合意が有効であることを前提に、もし当該従業員が競業避止義務に違反する行為をした場合には、当該従業員が行っている競業行為の差し止めや損害賠償を請求するなどいった対応が可能となる。
また、退職金の制度があれば、退職金を減額又は不支給とすることや、既に退職金を支払い済みであれば不当利得としてその返還を請求する方法も考えられる。「ただし、退職金については会社に在職中の賃金の後払いなどの性質もあるため、競業避止義務違反の行為があったとしても退職金の減額や不支給などが必ず認められるわけではありません」と、水上氏はくぎを刺す。
※株式会社テンポスホールディングス刊「スマイラー」87号より転載
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