「親方と同じ客層を狙うな」一流店出身者が“郊外駅近”で成功する逆転思考

「最高の腕さえあれば大丈夫」という自信が、実は独立開業の落とし穴になることがあります。一流店で磨いた技術をどう生かすか? 過去の経験に囚われ、立地や客層を見誤る「致命的な誤算」を事例とともに解説します。あえて客単価を下げるという逆転の発想や、個人店が持つ「食文化の伝道師」としての重要な役割について、独立を志す方へ、株式会社エフビー 代表取締役 神山 泉 氏が解説します。

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株式会社エフビー 代表取締役 神山 泉 氏
早稲田大学卒業後、株式会社 柴田書店に入社。「月刊食堂」編集長、同社取締役編集部長を経て、2002年に株式会社エフビーを発足。翌年、食のオピニオン誌「フードビズ」を発刊。35年以上もの間、飲食業界を見続けてきた、業界ウオッチャーの第一人者として知られる。

Vol.170

高い技能を持った人ほど、失敗の道に迷い込む

独立開業は今も盛んですが、多くの人が失敗して資金を失い、意気消沈しています。

私の長い経験を顧みても、腕(技能)に自信がある人ほど、失敗するケースが多いように思えます。

一流の日本料理店、フランス料理店、中華料理店、あるいは一流のホテルで長く修業を積んだ人が独立で失敗しています。自信が仇(あだ)になるのですね。

「これだけの腕があるのだから、どこに店を出したってお客様はついてきてくれる」「自分の腕はどこでも通用する」。こういった慢心が失敗を招くのです。その慢心がどういう形で現れるかというと、まず「立地選び」でつまずきます。

修業した店は接待利用で成り立っていたのに、接待客を呼び込むことができない場所で開店してしまったりします。接待客需要は極論で例えるなら東京で言えば、中央区、千代田区、港区の3区でしか取れません。新宿区、渋谷区となると、もう難しくなってきます。

そもそも、修業した店と同じ客層を狙おうとすること自体が間違っています。「俺の腕は親方の腕と同等。親方と同じお客様を取れないはずはない」と過信してしまうのですね。

独立開業にあたっては、まず過去の経験をいったん捨てなければなりません。修業した店と同じお客様を取ろうなどと考えてはいけないのです。修業で得た技能を生かして、「どういう立地で、どういう客層(来店動機)を狙い、どういうメニュー構成で、どういう客単価の商売をするか」、ゼロから考え直さなければなりません。

ここで一つアドバイスしますと、客単価の低い商売をすると成功率が高まります。中華で技を極めたあなたならば、思い切って郊外駅前で町中華をやってみる。和食を極めた人ならば、大衆版よりも一つ上の居酒屋をやってみる。あるいは、定食屋をやってみる、弁当・総菜店をやってみる。これは意外と成功します。

「そんな店をやるために長い間苦労して修業を積んできたわけじゃない」と怒られそうですが、その“誇り”こそがつまずきの元なのです。「一流の腕」を持っていたばかりに、一敗地に塗(まみ)れて消え去った人を、私はたくさん見てきています。

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修業した店とは別の立地で別ビジネスを考える

一流の日本料理店で修業して、その技を生かして郊外駅近に日本料理店を出して成功している人を、私は知っています。

彼も開店当初は、修業した店と同じような商売をしていました。夜中心の営業で、コース料理が中心、値段はその土地では法外に高かったのです。案の定、ちっともお客様は来ませんでした。

主人はここで、営業方針の大転換を図りました。大まかに言うと、地元のファミリーや女性グループが来られる店にすることにしたのです。そうは言っても、そこらの和食ファミリーレストランをやったわけではありません。ワンランク上のプチぜいたくな和食店です。

修業した店は接待客中心でしたから、平日の夜が営業の中心でしたが、彼は、平日の昼は地元の女性グループに照準を合わせました。

平日の夜は、地元のグループ客のいろいろな需要を取れる店にしました。また、個人やカップルがふらっと立ち寄って飲み、かつ食べることができる店にもしました。土・日曜日は昼も夜もファミリーその他が準ハレ的に使います。また土・日曜日も、夜は準高級居酒屋として使うお客様も来店してくださいます。さらに、祝い事の場としても使ってもらえるようにもなりました。

料理の質は第一級なのですから、価格・価値は十分にあります。こういう本格的な料理を出す店は、居住区には意外とないものです。結果的にこの店は、かなり広範囲からお客様を呼べる繁盛店になりました。

フレンチを極めたシェフが、あえて町場に洋食店を開いて成功を手にしたケースもあります。また、和食を修業していた料理人が料理のおいしい居酒屋で成功しています。

いずれも修業した技能を生かしながら、「親方の店」とは違う道を選んで、成功を手に入れました。成功した店の共通点は、より低い客単価を狙ったところにあります。市場の大きさは客単価で決まります。下を狙ったことで、より大きな市場に身を置くことができたのです。

接待やスペシャル・オケージョン(特別な日)の需要は日常においては、ほんのひと握りです。そんな市場に無理して飛び込むことはありません。自分の持つ技を使って、どんな場所でどんな面白い商売ができるか、柔軟に考えましょう。

しかし、「本物」を身につけているのですから、周りの店から頭一つ抜きん出た存在になっていなければなりません。それは地元の人たちに「本物を教える店になる」ということだと思います。

料理の内容だけではなく、店構え、内装、調度品、器、備品でキラリと光るものがなければなりません。「お主できる!」とお客様をうならせるものを、何気なく見せるのです。和食店では日本酒の、洋食店ならばワインの品ぞろえも「売り」になります。それが適正価格で提供されていたら、「すごい店」と評価されることは必定(ひつじょう)です。

一般的に、テレビやその他のメディアを通じて、食そのものの知識レベルはずいぶんと高まりました。けれども、食にまつわるマナーや文化知識は案外低いままなのです。

むしろ文化やマナーは時代とともに下降している、と言ってもいいでしょう。恐ろしい無知、無作法がはびこっています。これを正して引き上げる役割を務める存在が、意外と少ないのです。

ひと昔前ならば、両親が教え手になりましたが、今はその両親がずいぶん頼りない存在になっています。チェーンの外食には、それを教える力がありません。むしろ、文化やマナーを崩している側面があります。

回転ずしチェーンの中には、しょうゆを入れる小皿を用意していないところがあります。店にはプッシュ式のしょうゆ差しが用意され、ネタの上に直(じか)にしょうゆをかけることを促しているのです。ことほど左様(さよう)に、チェーングループの中には、効率優先で基本的な食のマナーや文化を崩しているところがあるのです。

その流れに対して、敢然と立ち向かうのが、個人店です。特に崩壊を食い止める役割を持ち、先達(教える人)になるのが、修業を積んだ料理人の人たちです。

独立開業の道は多岐にわたりますが、開業をした人々に求められることは、“本物を教える伝道師”になることです。食の世界は多様を極めていて、グローバル化が一気に進んでいますが、それに反比例して、フェイクが横行し、本物の食文化が衰退の一途をたどっています。

この流れを食い止める役割を担っているのが個人店の主、そして個人の独立開業者です。

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