※スマイラー117号(2025年11月)より転載
「当たり前」を感謝に。異業種出身の二代目が貫く接客の原点
先代である岩本さんのお父さんが大阪・生野区で創業した焼肉店を、すぐに三重・名張の地に移して35年。岩本さんが店を継いだのは、20年前、30歳を過ぎてのことだ。「正直に言うと、焼肉屋をやりたかったわけではないんです。両親がやっていたから、自分が継ぐしかないという気持ちでした」と岩本さんは振り返る。
そんな岩本さんは、アパレル出身ならではの感覚で接客する。「洋服店では、話しかけるとお客様は帰ってしまうこともある。つまりお金を使わずにお店から出ることができる。でも焼肉屋は、お客様は必ずお金を払ってくれる。このためアパレル出身の私は、お店に来たお客様がお金を使ってくれることを“当り前”とは思わず、感謝の気持ちで接客しています」と語る。
また、「お客様との会話は、キャッチボールでなければ意味がない」との信念から、岩本さんは従業員に、できるだけ「いらっしゃいませ」の言葉は使わないように指導しているという。「“いらっしゃいませ”って返事ができない言葉なんですよ。なので、『こんにちは、今日もいい席ご用意していますよ』と声をかけます。その方がお客様も返事がしやすく、距離がぐっと縮まるんです」と接客のコツを明かす。
さらに、お客様が帰るときは、決まり文句ではなく、心からの「ありがとう」を伝える。それは単なる挨拶のマニュアルではない。岩本さんは「“ありがとう”の反対の言葉は『当り前』なんです。繰り返しになりますが、お客様がお金を使ってくれることを当り前と思わず、感謝の気持ちを精一杯の言葉にするようにしています」と話す。
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焼肉店の常識を覆すデザイン。感性で創る唯一無二の“空間”
自らを「少し変わってるんです」と言う岩本さん。しかし、その“変わり者”の感性こそが、お店づくりの原動力になっている。「従業員教育の中でいつも話すんですけど、相手が感じる“いい”と自分が感じる“いい”は違います。そこを共有しないと“いい”の答えは出ないんです。例えば『リンゴ』と言ったとき、多くの人は赤いリンゴを思い浮かべると思います。でも僕はビートルズが好きなので、グリーンアップルなんです。その時点でズレが生まれている。だからこそ、自分が思う“かっこいい”を突き詰める必要があります」と熱を込める。
その感覚は、4年前に実施した店舗改装のデザインにも表れている。「改装前の店は、自分の中で“かっこよくない”と思っていたんです。だからこそ、本当に自分が“かっこいい”と思える空間にしたかった。将来三代目になるかもしれない小学生の息子に胸を張れるようにです」と父親としての顔も覗く 。
改装では、飛行機の着陸灯をイメージしたLEDライトを入り口からトイレまで配置し、天井には
デザイナー・パントンのライトを吊るした。壁には黒のデニム生地を貼り、古い大理石の印象を一新。1階はSL機関車、2階は和の空間をテーマにしたという。「高校の同級生がデザインを担当してくれたんです。僕の変わった好みを全部受け入れてくれました」。岩本さんにとっての“かっこよさ”とは、見た目よりも自分の信念を貫くことである。
「とらじなら食べれる」。対話が育むお客様との深い絆と信頼
大阪出身の岩本さんは、どんな場面でも来店客とのやりとりを楽しむことを忘れない。その一部が次のようなものだ。「この間、お客様に『これ、スーパーなら980円で売ってるのに、高いな』って言われたんです」。「『そんなこと言わないでくださいよ。もし“氷持ってきて”って言われたら、僕ら走って持って行きますんで。その手間まで含めて、この値段なんです』と答えました」。
さらに、こう言葉を重ねた。「家で奥さんに“氷取ってきて”って言ったら怒られるでしょ?でも僕らは“すぐお持ちしますね”って言って持っていきます」(笑)。その一言に、お客様は「うまいこと言うな」と納得したという。
店には、常連客と一見客がおよそ半々。「誰に対しても同じ温度で接するようにしています」と岩
本さんは話す。「若いお客様に『生くれ』って言われたら、『生くださいって言おうな』と言うこともあります。そしたら次に来た時には、きちんと敬語で注文してくれる人もいる。お客様との関係を育てるのも仕事の一つです」。
そんな日々の積み重ねの中、心に残っているのが次のエピソードだ。「常連のお客様の子供で3歳ぐらいの男の子がいるんですが、ずっとお肉が食べれなかったんです。でもある日、お父さんが『この子、今日は食べれたんです』って教えてくれて。で、その子供が帰り際に『とらじの焼肉やったら食べれる』って言ってくれて。あまりにうれしくて、テレビCMに使いたいとまで思いました」と顔をほころばせる。
競う相手は「自分自身」。今のお客様への感謝を積み重ねる
岩本さんの経営の軸は、他店との比較ではなく、自分の中にある基準を磨き続けることだ。「他の焼肉屋を見れば真似をしたくなる。右を見たら右を、左を見たら左を真似してしまうタイプなんです。だからこそ、自分の感性を信じて、競う相手は自分だけにしています」と語る。
そして、その視線の先にあるのは、常に“今”という一点にある。「遠くのことを考えすぎると、足元が見えなくなります。“今を頑張る”ことが目標です。今のお客様に、どれだけ“ありがとう”を言っていただけるか。それが僕のご褒美なんです」。
ルが大好きで、飲食店経営の取材に魅力を感じて「Smiler」のライターとして活動を開始。マイブームは「Chat GPT」。
住所:三重県名張市蔵持町原出775
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