ブラッシュアップで、“時代”を勝ち抜く
駅前一等地に「日高屋」の出店を始めて10年。激変する経済環境をものともせず、着実なペースで出店を重ね、今年8月、直営300店舗を達成した株式会社ハイデイ日高。チェーン展開が難しいとされてきたラーメン業態で、時間ごとに様々な客層をつかんで成功した要因、そして、今後の外食産業の展望について、代表取締役社長の高橋均氏に語っていただいた。代表取締役社長兼
執行役員社長高橋 均 氏Hitoshi Takahashi1947年茨城県生まれ。1974年、義兄の神田正氏(現・株式会社ハイデイ日高会長)が経営する中華料理店「来来軒」に入店。1978年有限会社日高商事常務取締役、1983 年株式会社日高商事常務取締役、1993年株式会社ハイデイ日高常務取締役営業本部長、以後、専務取締役営業本部長・商品開発部長・新業態開発部長を務め、2009年5月から現職。
毎年30店舗の出店を支える“駅前戦略”とメニュー開発
独特の筆文字が印象的な「熱烈中華食堂 日高屋」の看板は、この10年、首都圏の駅前に、毎年ほぼ30店のペースで着実に増え続けてきた。その勢いは、リーマンショックや東日本大震災に伴う経済の停滞にもかかわらず、今年8月には「日高屋」280店舗、会社全体としても300店舗を数える成長を見せている。
代表取締役社長の高橋功氏は、その成長は同社ならではの“駅前戦略”を実践してきた結果と語る。「私たちは乗降客4万人以上の駅前と、繁華街への出店にこだわってきました。当然ながら、駅前には人が多い。しかも、あらゆる年齢の人がいます。時間帯によって会社員、学生、主婦、高齢者など層も様々。そこにいるすべての人々に、多目的に使ってもらえる店舗を作ること。それが、私たちの戦略でした」。
物件選びでは、家賃は二の次。まず、そこに「日高屋」ができたら、どんなお客様に、どのくらい来てもらえるか。また、来てもらうために、どんな店を作ったらいいのかを考えるという。
この戦略を支えるのが、中華にとらわれない大胆なメニュー開発だ。お酒に合うつまみメニューの導入もそのひとつだった。「『日高屋』はアルコール比率が15%と、ラーメン店としては異例の高さです。その背景には、ビジネス層が多い駅前のアルコール需要が伸びる要因を見込み、つまみ類を充実させたということがあります」。この戦術で夜の客層は一気に拡大。ラーメン店で居酒屋需要を満たすという新しい外食シーンの開拓に成功した。またその一方、昼間のメニューでも、サラリーマンを狙った定食、若者向け大盛りメニュー、女性を意識したヘルシーメニューなど、幅広い客層を惹き付ける多彩な商品を次々に開発していった。
「いくら駅前で安いからといって、空腹を満たすだけの店では、回転率は上がっても、飲食業としては夢がないですよね。誰にでも、“日高屋に行けば自分の好きなメニューがある”と思ってもらいたい。食を楽しみ、会話を楽しみ、時間を楽しむ…。食は“人を良くする”と書くわけですから、それを満たせる店でなければ、続ける意味はありません」と高橋氏。食を提供する商人としての誇りを感じさせる言葉だ。
大切なのは“時代との競争”絶え間ない磨き込みが不可欠
だからこそ、定番メニューばかりでなく、時代の流れを読んだ新メニューや季節限定のメニュー作りにも力が入る。今年の夏は「塩麹つけ麺」が好評を博したが、続く秋メニュー、冬メニューの開発にもぬかりはない。
「特に外食産業で大切なのは、“時代との競争”だと思います。お客様が今、何を求めているのか、それに応えるためには何が必要かを常に考え、実践すること。それは他店との勝負ではなく、時代との勝負です」と高橋氏。社長席の横には、今も「日高屋」創業当時のメニュー表が貼ってある。「これを見て、創業時を思い起こし、今とどう違うのか、今後は何が必要なのかをいつも考えています」と、笑顔を見せる。なるほど、当のメニュー表にはつまみ商品がほとんどない。女性に大人気の「野菜たっぷりタンメン」も、創業時はごく普通のタンメンだったようだ。また、“時代との競争”を意識しながら、高橋氏は、流行を追うだけでなく進化を目指す。一見変わらない定番メニューでも、実は少しずつ進化しているのだ。「定番商品も時代に合った味を常に追求して改良を重ねています。時代と勝負する。しかし、その前に大切にしたい言葉があります。“質の向上なしに、企業の成長はない”。これこそが、私のもっとも好きな言葉なのです」。
“本物”への道を拓くのは、新しい工場と人材の育成
「日高屋」の前身である「来々軒」の創業は、1973年まで遡る。ファミリーレストランが台頭し、外食の産業化が始まった時代。「日高屋」は早くからラーメン業態での多店舗化・企業化を推し進め、セントラルキッチンを作った。今、成熟した外食市場を俯瞰して高橋氏は、「市場は需要と供給の関係で成り立つもの。これからの外食市場で生き残ることができるのは〝本物〟だけ」と、表情を引き締める。
今年、300店舗の出店を達成した同社。そして今、本物に磨きをかける秘策。その一つが、この10月に始まったセントラルキッチンの増設だ。
「良質な商品を安定的に供給するためには、大量一括生産が不可欠。工場生産と各店舗での調理をどう組み合わせれば、もっともおいしくできるかを追求することが大事です。新しいセントラルキッチンには、量産はもちろん、それ以上に品質の向上が求められます。温度管理だけでなく、湿度管理も徹底して行う最新設備ですから、麺も餃子の皮も今より数段おいしくなるはず。本当に楽しみです」。機械化をいちはやく取り入れてきた「日高屋」。その中心には、若い頃、ラーメン店の現場に立っていた高橋氏がいた。そうした現場での経験が活かされたシステム開発が、日高屋の“本物”を支え続ける。
高橋氏は、2009年に社長に就任してからも、積極的に社員とコミュニケーションを図っているという。店長会議のあとには、店長一人ひとりと語り合う時間も持つ。各店長が経営者としての意識を持って店舗経営にあたれるように、2年前からは「自主管理経営計画」制度を導入。人材を大切にし、その育成に力を注いでいる。
「彼らにはよく、『君は店長という社員、私は社長という社員』と言います。役割が違うだけで、同じ日高屋の社員。一緒に未来の夢を語り、力を合わせて実現する会社を作りたいのです。これからの企業は、社員が上から言われたことしかできないようでは成長できない。一人ひとりが自ら目標と夢を持ち、計画し、行動し、実現する。こうした企業が、今後はもっと増えてくるはずです」。その目線は、しっかりと時代の先端に向けられている。