人々の日常生活を彩る“松屋の値段”と業態展開
47年前に東京の片隅に生まれた小さなラーメン店は、昨年8月、グループ全体で国内総店舗数1,000店を超え、「牛めしと定食の松屋」として大きく躍進。厳しい価格競争のなか、持ち前の商品開発力を武器にして、独自の業態展開を実現させてきた。その成長を支えた力は、どこにあったのか。株式会社松屋フーズ代表取締役社長の緑川源治氏にお話しいただいた。代表取締役社長
緑川 源治 氏Genji Midorikawa1953年生まれ、茨城県出身。日本大学商学部卒業後、1980年、株式会社松屋フーズ入社。1988年、株式会社松屋フーズ 取締役就任。2006年、株式会社松屋フーズ 常務取締役就任。専務取締役、代表取締役副社長を経て、2009年、代表取締役社長に就任
「牛めしと定食」は、松屋ならではの独自業態
株式会社松屋フーズが展開する「松屋」は、「吉野家」「すき家」とともに牛丼三大チェーンと並び称されることが多い。だが、緑川源治・同社代表取締役社長は、「松屋はあくまでも『牛めしと定食』という独自の業態です」と語る。「売上の構成比でいえば、松屋で牛めし(他店では牛丼)そのものが占める割合は4割弱でしかありません。もともと松屋は牛丼店として始まったわけではなく、出発時点ですでに『牛めしと定食』の2枚看板の店だったのです」と、振り返る。
松屋の出発点。それは、東京の小さな私鉄駅のそばにオープンした「牛めし焼肉定食店 松屋」だった。
「創業者の瓦葺(かわらぶき)利夫会長が、東京都練馬区の住宅街に中華飯店『松屋』を開いたのが1966年。その後、牛丼を知って感激し、『これからは、お肉たっぷりのボリュームある料理を、おなかいっぱい食べてもらう時代』と、牛めしの研究を始め、駅近くの商店街の入口に4坪半の店を出しました。この『牛めし焼肉定食店 松屋』が、松屋の第1号店となりました」。
実は、この立地がその後の松屋の軌跡に大きな影響を与えることになる。
「吉野家は、築地や新橋などの繁華街にある駅近に出店しているため、牛丼一品でものすごく繁盛していました。しかし、松屋1号店は住宅地の中。昼は学生、夜は勤め帰りの独身サラリーマンが主な客層で、牛めしだけでは商売が成り立ちにくい立地だったのです。もちろん牛めしの味には自信がありましたが、生姜焼きなどの焼肉定食も人気が高かったですね。やがてメニューにカレーを加え、夜にはビールやお酒も出したりと、まるで居酒屋のような感じでした」。
牛めしを柱にし、客のニーズをとらえて柔軟にメニューを開発する――。これが松屋オリジナルの業態につながり、群を抜く商品開発力の礎となった。
ごちそうを“松屋の値段”で開発。チェーン展開との両輪で実現
1973年、大学進学のために上京した緑川氏は、住居の近くにあった1号店でアルバイトを始める。まだ松屋が1店舗のみの時代だ。
「最初は『いらっしゃいませ』って言うのが恥ずかしくてね。うちは『コ』の字型のカウンターでしょ。お客様全員に見られているようで、すごく緊張したものです」と笑うが、以降、緑川氏は創業メンバーの一人として、今日まで松屋成長の先頭に立ってきた。
「牛めしと定食にカレーやハンバーグを加えて、メニューを少しずつ増やしていきました。今は毎月新メニューを提供していますが、1号店だけのときは商品開発という意識もないままに、とにかく“喜んでもらえるメニュー”を考えました。その努力の根幹にあったのは、ごちそうを“松屋の値段”で提供すること。かかった原価から価格を決められるなら、どんなごちそうでもできます。けれど、松屋には“松屋の値段”がある。ふつうの定食屋で1000円超の料理を、いかに質を下げずに500円前後で提供できるか。これは今も変わらない松屋の課題ですが、なかなか大変なものなのです」。
さらに不可欠だったのが、チェーンストア理論にもとづく多店舗展開だった。「チェーンストア理論の一つは、誰もがその値段なら買いたい、食べたいという値段、いわゆるポピュラープライスの商品を独自に開発することで、大多数の国民の日常生活を豊かにするというものです。松屋もそこを目指そうと、チェーン展開を始めました。スケールメリットを拡大し、オペレーションシステムを開発して、マスの力を引き出してきました」。この成功がバラエティ豊かな、まさに“松屋値段”のメニュー提供を可能にした。
研修施設を各地に設置してQSCをさらに磨き続ける
今では全国に5000店舗あるといわれている牛丼・牛めし店。既存企業のみならず、新規参入企業の追い上げも激しさを増している。
「飲食業界で激しい“胃袋争奪戦”が展開されています。特に牛丼・牛めしカテゴリーでの競争は激烈。さらにコンビニエンスストアも増加中で、弁当や惣菜類のクオリティの高まりも手強い。しかし、そのなかで『選ばれる店』にならなくてはいけません。価値ある商品を安く提供するというのは、依然として大きな魅力の一つですが、それに加えて、豊富なメニューがあること、温かいものがすぐに出てくること、添加物や保存料を極力排した安全な料理を提供すること、これらを追求することが、これからの外食の価値につながります。そしてQSC(クオリティ=料理のよさ、サービス=よいサービス、クレンリネス=清潔さ)を地道に積み重ねていくことで、自然に松屋ブランドは形成されてくるのだと思います」。
ご飯もののメニューに、もれなく麹入りの味噌汁がつくのも、創業以来の松屋ならではのこだわりだ。今では、松屋のロゴ(お盆に丼と味噌汁がのっているデザイン)にも反映され、松屋ブランドの一端を担うサービスとして定着している。
国内1000店舗を達成した今、次の目標を問うと、「いや、数も質もまだまだ足りていませんね。新規出店を継続させていきながら、既存店の基盤の強化を図っていかないと。これはもう、他社との競争というより、自分自身との闘いです。自分たちをどれだけブラッシュアップできるか、という課題ですから」と、言い切る緑川氏。
昨年4月には、本社内にパート・アルバイトの研修施設を新設して話題になった。新規採用者に対して、接客から調理まで集中的に基礎訓練を施す仕組みを構築した背景には、まさに「自分自身との闘い」の意識があった。同様の研修施設を、来年3月末までに全国13カ所に設置予定。QSCの引き上げで、松屋はさらに新たな峰を目指す。