アメリカ発 泊まれるレストラン“カリナリー・イン” 前編

アメリカでは泊まれるレストラン“カリナリー・イン”がブーム。消費対象が“モノから体験へ”と移行しており、時間が豊かであることがカギ。今回は評判を集めるカリナリー・インをご紹介。

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Vol.53

近年、アメリカ人の消費対象が“モノから体験へ”と移行しているといわれている。“体験”の例としてまっさきに挙げられるのが、食であり、体験した時間が「豊かである」ことが求められている。これを具現化する場所が“カリナリー・イン”だ。カリナリー・インとは、全米で数を増やしつつある、料理に特化した宿泊施設。いわば「泊まれるレストラン」で、主に地方に立地しているのが特徴だ。そんなカリナリー・インがどのように評判を高め、集客を試みているのか。全米メディア、さらにミシュランにも評価された、遠出してでも行きたいカリナリー・インを紹介する。

カリナリー・インを直訳すると「料理の宿屋」。テネシー州にある「ブラックベリー・ファーム」には、都会のホテルや田舎の民宿とも違う雰囲気がある
photo by Blackberry Farm
ニューメキシコ州にある「ロス・ポブラノス」は、並木道を抜けると入口にたどり着く。まさに自然に囲まれた施設だ
photo by Alexander Vertikoff
「ロス・ポブラノス」は、施設が位置する地方の名からとって「リオグランデ・バレー料理」とうたっている。シェフの独創性が、その土地特有の味や食材を彩る
photo by Sergio Salvador Photo

ここ10年で注目度アップ! カリナリー・インってどんなところ?

カリナリー・インの前身は、朝食のみを供する民宿タイプの「B&B」(ベッド&ブレックファースト)であり、現在B&Bはアメリカ国内で約1万7,000件を数える。朝食代を含めた1泊の平均料金は約150 ドル(約14,750円)。その立地環境は、地方町村(43%)、遠隔地・村はずれ(29%)、都市部(23%)、都市郊外(5%)に分けられる(Professional Association of Innkeepers International調べ)。B&Bで出される食事は、一般的にパンケーキや卵料理など、家庭料理のような朝食だ。

ブラックベリー・ファームのレストラン「ザ・バーン」(「納屋」という意味)では、ディナーを提供する。“荒削りな洗練”をテーマとし、その料理と雰囲気を体験しようと、国内外から人が集まる
photo by Blackberry Farm

一方、カリナリー・インは、朝食以外の食事も楽しめるレストランを要した宿泊施設で、宿泊客以外もそこで食事を楽しめることが特徴である。そのためカリーナ・インは、料理雑誌などからレストランのひとつとして認められており、新しい業態として話題を呼んでいるのだ。食事付きの宿泊施設としては、フランス発祥でフランス料理を供するオーベルジュや、アグリツーリズモのように農業と農村民泊を体験できるものがあるが、カリナリー・インがこれらと違う点は、その多様性だ。各々のメニューや宿の趣に、広いアメリカ合衆国のその土地土地に根ざした文化を取り入れ、料理にも様々なアイデアが盛り込まれており、それぞれが個性的だ。既存のB&Bにレストランを増設するかたちで広がっており、ここ10年で注目度が上がっている。

そんななかで、カリナリー・インの代表的な存在である「ブラックベリー・ファーム」(Blackberry Farm)は、アメリカ南東部のテネシー州にある。テネシー州東部のグレートスモーキー山脈のふもとにありながら、州内外の「食事が目玉のイン(宿泊施設)」でベストテンに入る常連だ。広大な敷地では、自社農園で野菜や果物が育てられ、さらに専門スタッフが養蜂、酪農、チーズ作りからビールの醸造までも手がけている。厨房のすぐ外から調達してきた鮮度抜群の食材を使い、アメリカ南部の伝統料理にオリジナルのアレンジを加えたメニューが人気だ。アメリカではレストランを併設したホテルでは飲食費は別途支払うのが一般的だが、ここでは1泊料金(1部屋2人利用、795ドル~=約78,150円~)に3食分の料金(アルコールの飲み物の代金は除く)が含まれている。安いとは言えないが、近くの主要都市から車で3時間という場所柄、3食込みは納得の設定であり、そこでしか味わえない質の高い料理が3度も食べられるとあって、米グルメ業界で評判となっている。

客を飽きさせぬよう、朝食とランチは宿泊施設のダイニングで、ディナーはレストランで、と変化を持たせており、日中の食事とディナーは、別々の主任シェフを配置するという徹底ぶりだ。車社会のアメリカでは、運転手となる人は外食時にアルコールが飲めないが、ここでは食後に運転しなくていいので、そんな心配も必要ない。さらに、ブラックベリー・ファームの料理人は、“アメリカ外食産業のアカデミー賞”とも称される「ジェームズ・ベアード・ベストシェフ賞」を獲得。その味と技を楽しめるのなら、遠出する価値は大きい。

「ザ・バーン」で提供される、マウンテン・トラウト(マス)の一皿。コンソメにバターミルク(生乳から脂肪分を抜いた液体)を加えたソースと自社農園で採れたセリとラディッシュを添えて
Photo by Blackberry Farm
主任シェフのジョセフ・レン氏は、米料理界で権威あるジェームズ・ベアード財団の南西部ベストシェフ賞を今春受賞
Photo by Blackberry Farm
SHOP DATA
ブラックベリー・ファーム(Blackberry Farm)
1471 West Millers Cove Road Walland, Tennessee 37886
http://www.blackberryfarm.com/

ご当地料理と差別化を図るブランディングも重要な要素

カリナリー・インの料理に共通する基本理念は“地産地消”だ。規模は様々だが、敷地内や近隣の農地などから食材を調達するケースが多く、そのメニューを形容するフレーズとして“ファーム・トゥ・テーブル(畑から食卓へ)”という言葉がよく使われている。

「ロス・ポブラノス」の「キヌアと甘味のあるピメントチリのロースト」。色鮮やかな食材に、キヌア(南米の雑穀の一種)やピメントチリ(トウガラシの一種)など中南米の食文化が混ざり合う
photo by Sergio Salvador Photo

アメリカ南西部のニューメキシコ州アルバカーキ郊外にある「ロス・ポブラノス」(Los Poblanos)は、料理に定評のあるカリナリー・インであることに加え、この地域に根差したネイティブ・アメリカン“プエブロ部族”について知ることのできる文化施設と、歴史ある約330万平米の有機農園を有することが自慢だ。農作業に勤しむ人々とその環境に触れながら、採れたての食材を使った料理をその場でじっくり味わえることが、最大の魅力といえる。

「ロス・ポブラノス」の料理を、地元出身シェフのジョナサン・ペルノ氏は、施設が位置する地方にちなんで「リオグランデ・バレー料理」と呼んでいる。例えば、「豚肉ローストのチリ・デミグレーズ」では、アルバカーキでメジャーな中米メキシコの赤トウガラシを欧風ソースに合わせている。こういった独自なブランディングを打ち出すことは、実は人気カリナリー・インに共通することでもある。地域の伝統とシェフの個性を合わせて、「当店は単なるご当地料理とは違います」というメッセージを送っている。ちなみに、前述の「ブラックベリー・ファーム」では、そのオリジナルなメニューを「フットヒルズ(山の麓)料理」と名付けている。独特のネーミングによって「そこに行って食べてみるまで、どんな料理が出てくるかわからない」というワクワク感を与え、食いしん坊な消費者の好奇心をくすぐる。

この前編では、カリナリー・インに共通する特徴とキーワードについて説明したが、後編では彼らの集客と生き残りを考える上で欠かせない3つの要素についてお伝えする。カリナリー・インのアメリカらしさを感じる新トレンドも紹介したい。

「豚肉ローストのチリ・デミグレーズ」。アメリカ風豚肉料理に、ローストガーリックとサトウニンジンのクリーム、ピリッとしたデミグラスソースを添えて
photo by Ana Zoe Dennis
同施設が根ざす地は14世紀からネイティブ・アメリカンやメキシコ移民によって開かれた。敷地内のサイロ(農産物や飼料用の倉庫)には酪農業が始まった年が記されている
photo by Josh Hailey Photo
SHOP DATA
ロス・ポブラノス(Los Poblanos)
4803 Rio Grande Blvd N.W. Los Ranchos de Albuquerque, NM 87107
http://www.lospoblanos.com/
photo by Mike Crane Photo

取材・文/安武邦子

企画・編集/料理通信社

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