アメリカ発 泊まれるレストラン“カリナリー・イン” 後編

アメリカでは、食事に力を入れた宿泊施設“カリナリー・イン”が外食の新ビジネスとして発達。後編では人気店が持つ集客の三大要素と、食をさらに楽しませるサービスについてリポート。

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Vol.54

今、「食」を目玉としたレジャーが盛んなアメリカ。訪れる土地の食べ物に注目した旅を提案する“フードツーリズム”や、わざわざ遠出する価値のある食事を意味する“デスティネーション・ダイニング”という新しい言葉が誕生している。前編で紹介した、食事に力を入れた宿泊施設“カリナリー・イン”も新しいタイプの外食ビジネスモデルだ。後編では、この「泊まれるレストラン」の中でも、人気店が持つ集客の三大要素と、食をもっと楽しませるサービスの新トレンドについてリポートする。

宿泊客に出される午後のおやつも、カリナリー・インの楽しみの一つ。北カリフォルニアの「ファームハウス・イン」では、できたてのチョコチップクッキーとアイスミルクを提供
photo by Farmhouse Inn
在来種や固定種のご当地野菜が料理に登場するのも、カリナリー・インならでは。「ファームハウス・イン」の菜園で採れた珍しい品種のナス
photo by Farmhouse Inn
カリナリー・インの多くは、客足が増える週半ば~週末にかけてディナーを提供する。ファームハウス・インのレストラン営業は、木~月曜まで
photo by Farmhouse Inn

「泊まれるレストラン」人気店の3大要素とは?

地元はもとより全米メディアからも注目されるカリナリー・インの集客を支える要素は、大きく3つある。1.食とつながりがある立地環境、2.驚きのあるメニュー、3.敏腕シェフの存在だ。カリフォルニア・ワインの生産地として有名なソノマ郡にある「ファームハウス・イン」(Farmhouse Inn)の例を見てみよう。

南隣のナパ・バレー同様、ワインの名産地ソノマ郡にある「ファームハウス・イン」周辺には、幾重にも連なるブドウ畑が広がる。
photo by Farmhouse Inn

まずは、「食とつながりのある立地環境」。「ファームハウス・イン」の特徴の一つとして、敷地内の菜園に加え、近隣にオーナー家族が営む農場、そしてヴィンヤード(ワイン用のブドウ畑)とワイナリーを所有していることが挙げられる。また、周辺地域には100を超えるワインメーカーが存在。客は、自家用車やワイナリーのバスツアーなどを利用して、日帰り旅行の感覚で様々なヴィンヤードを散策することができるのだ。敷地内の牧歌的な風景や、そこにいる動物、そこで働く人々との触れ合いがカリナリー・インの魅力だが、ここではインの外側にも広がる「食とつながりのある立地環境」がプラスアルファの価値となっている。

次に、「驚きのあるメニュー」だが、「ファームハウス・イン」では、この地域に移住してきたイタリア、フランス、メキシコ人の食文化を反映しつつ、“素朴なエレガンス”をモットーに、良い意味で“予想外な”メニュー作りを心がけている。例えば「ラビット、ラビット、ラビット」という料理は、ウサギの肉の3つの部位をそれぞれに合った調理法で料理し、一皿に盛り付けたもの。また、その土地で代々栽培されてきた在来種や固定種の野菜など、大手スーパーなどには出回らないローカル食材との出会いも、カリナリー・インの料理に驚きの要素を与えている。

そして最後に、「敏腕シェフの存在」。「ファームハウス・イン」は、サンフランシスコから車で2時間弱の場所にあるが、レストランの主任シェフ、スティーブ・リッキ氏の優れた腕は「ミシュラン」の耳にも届き、2007年に初めて星を獲得。以降、毎年そのステータスを維持している。州内外のメディアからの評価が、シェフの知名度向上に役立っており、遠方にあるカリナリー・インの価値をも高めているのだ。

ウサギのモモ肉のコンフィ、骨付きリブロースのグリル、ロースのオーブンローストを一皿に盛った「ラビット、ラビット、ラビット」。ユニークなネーミングが驚きを誘う
photo by Farmhouse Inn
レストランで評判の日替わりメニュー。この日は、地元で採れたスイカとトマトがシェフの腕で繊細なスープに変身
photo by Farmhouse Inn
レストランの主任シェフ、スティーブ・リッキ氏は、通勤途中に数時間かけて提携している農家に立ち寄り、旬の素材を仕入れている
photo by Farmhouse Inn
SHOP DATA
ファームハウス・イン(Farmhouse Inn)
7871 River Road Forestville, California 95436
http://www.farmhouseinn.com

食べるだけではもの足りない! カリナリー・インの新トレンド

アメリカ北東部(ニューイングランド地方)バーモント州の南部にある「ザ・イン・アット・ウェザーズフィールド」(The Inn at Weathersfield)では、原則としてインから約30キロ以内の範囲で仕入れた食材を使った、“バーテラ(バーモントの大地)料理”を謳って好評を博している。そして、今年からはレストランの主任シェフが主催するクッキングクラスを始め、こちらも話題となっている。

クッキングクラスには主任シェフのほか、州内外のプロの料理人たちが講師として招かれることも。毎回季節に合ったメニューを披露する
photo by The Inn at Weathersfield

カリナリー・インの客の目的は「食べに行く」こと。しかし、その食に関する強い関心は食べるだけではもの足りず、この土地の食材について学びたいという声も生み、クッキングクラスはそれに応えた新サービスだ。「隠れた台所」(Hidden Kitchen:以下、HK)と呼ばれる料理教室では、少人数制の実習クラスのほか、主任シェフでインのオーナーの一人であるジェイソン・タストラップ氏が、料理のデモンストレーションを行うクラスを実施。食べるのは好きだけど自分で料理はしたくない、でもプロの手さばきを見てみたい、という人も少なくないという。

HKコースの費用は、1人約35~55ドル(約3,450~5,420円)。どのクラスも最後に料理の試食ができる。クラスは誰でも受講できるが、宿泊客は受講料のディスカウントがあるそうだ。テーマは毎回変わるが、最近の人気は、ローカル野菜を使ったグルテンフリーのベジタリアン料理。一般の人だけでなく、プロの料理人もバーモントの食材の調理法を学びたいと参加することがあるという。

食について学びたいという気持ちに応えるカリナリー・インはほかにも見られ、前編で紹介した「ブラックベリー・ファーム」では敷地内の農園で地元の食材について学ぶプログラムを、「ロス・ポブラノス」では料理教室に加え、子供向けの食育クラスを設けている。

まだまだ増加傾向にあるといわれるカリナリー・イン。食の“教育エンターテインメント化”は、前編でも触れた「モノより体験」にお金を使いたいという、現代アメリカ人の消費傾向の表れなのかもしれない。カリナリー・インの今後の発展と進化に注目したい。

デモンストレーションでは、料理1品と手作りドリンク、または地元のクラフトビールなどが提供される
photo by The Inn at Weathersfield
「ザ・イン・アット・ウェザーズフィールド」の秋恒例メニュー、バーモント州名産のリンゴと爽やかな香りのフェンネルを添えた「カボチャのスープ」
photo by The Inn at Weathersfield
SHOP DATA
ザ・イン・アット・ウェザーズフィールド(The Inn at Weathersfield)
1342 Route 106 Perkinsville, Vermont 05151
http://www.weathersfieldinn.com/

取材・文/安武邦子

企画・編集/料理通信社

※通貨レート 1ドル=約98.6円

※価格、営業時間、サービスは取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。