フランス発 今フランス料理が注目する野菜料理 前編

肉料理が主流だったフランスだが、今、野菜にスポットを当てたレストランが数多く登場している。前編ではパリの野菜料理レストランを紹介するとともに、産者たちの活動についてリポートする。

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Vol.55

フランス料理の花形といえば、たっぷりソースをかけた肉料理と思う人も多いだろう。しかし、2000年頃から、少しずつ変化が出てくるようになった。野菜が俄然、注目を浴びているのだ。狂牛病の発生に伴う肉離れ、現代人が求めるヘルシーな食生活などに後押しされるかたちで、野菜にスポットを当てたレストランも数多く登場している。前編では、パリで野菜料理に取り組むレストランの事例を紹介するとともに、彼らを支える生産者たちの活動について光を当てる。

野菜が主役の三ツ星レストラン「アルページュ」が、ブルターニュ地方に持つ自家菜園。収穫したての新鮮な野菜がパリの店へ運ばれる
「アルページュ」では、美しさと独創性、そしておいしさを備えた野菜料理に出会える。写真はビーツとカブ、イチゴをあしらった寿司
パリの料理人たちに絶大な支持を得ている、野菜農家「ジョエル・チエボー」の屋台にて。夏の終わりには、色も形も様々な完熟トマトが並んだ

肉料理の達人だった三ツ星シェフが“野菜”に魅せられた理由とは?

肉料理や魚料理をスペシャリテとするレストランが多いなか、野菜を主役にして、フランス料理界で権威のある格付けガイド『ミシュラン』で三ツ星を獲得している店がある。パリ中央部の7区にある「アルページュ」(Arpège)だ。オーナーシェフのアラン・パサール氏は、もともと肉料理の達人として知られていたが、野菜の味はもちろん、肉や魚が到底敵わない、色や形の美しさのバリエーションに強い興味を持つようになり、2000年頃、「今後は野菜料理を中心に創作を行う」と宣言。「フランスガストロノミー(高級レストラン)の料理の花形といえば、なんといっても肉料理」という伝統が色濃く残る中で、三ツ星シェフの発言は注目を集めた。

「アルページュ」の定番アミューズ・ブッシュ(小さな前菜)。ジャガイモなどのチップスの上に、ズッキーニやカボチャなどをのせたタルト仕立て

「野菜の最大の魅力は形と色」と言うパサール氏は、そのナチュラルな美しさをなるべくそのまま活かす。例えば、様々な色のラディッシュはスライスして、丸い形と色の多様性を見せる。コロンとしたビーツ(甘味の強い根菜)は丸ごと塩釜仕立てで加熱して甘味を閉じ込め、食材の形をゲストに見せてから切り分けるといった具合だ。野菜だからといって、サラダやスープに仕立てるだけではなく、肉料理のようにバターをじっくり野菜の内部に浸み込ませるような加熱法をとるなど、多彩な調理法を駆使し、ミシュラン三ツ星というステイタスに相応しい、唯一無二の魅力とおいしさを兼ね備えた野菜料理を創作している。

「アルページュ」では、理想の野菜を常に入手できるよう、ブルターニュ地方とノルマンディ地方に計6ヘクタール弱の自家菜園を作り、季節に応じて400~500種ほどの野菜と果物を栽培。パリの店には週に数度、収穫したばかりの新鮮な野菜が運ばれてくる。

野菜の生産から調理まで手がけるパサール氏の料理は、肉料理が主流のフランス料理界で、当初こそ驚きや疑問を持って受けとめられたが、今では野菜料理が流行する先駆けだったと高い評価を得ており、彼が生み出す野菜料理を求めて世界中からやってくる美食家たちで日々、レストランは満席だ。

「アルページュ」の自家菜園はすべて有機農法。馬で耕作し、茂みを作って養蜂も行うなど、生物や食物が循環するシステムを作り上げている
朝収穫した野菜は、トラックに乗せられ昼前には「アルページュ」に到着。鮮度抜群の朝採れ野菜が、その日の昼にテーブルにのぼる
SHOP DATA
アルページュ(Arpège)
84 rue de Varenne 75007 Paris
http://www.alain-passard.com/

シェフの創作意欲をかきたてる生産者たちのこだわりの野菜

「本当は自分自身の菜園を持って、野菜の自給自足をしたい」という料理人は多い。地方では、広大な土地の利を活かして自家菜園を持つ料理人も少なくないが、大都会パリでは夢のまた夢。そんな料理人たちに、野菜料理の手助けをしているのが野菜生産者たちだ。

イエナ・マルシェにたつ「ジョエル・チエボー」の屋台。早朝は料理人たち、昼前は一般の人たちが集い、何百種もの野菜が飛ぶように売れていく

パリ西部16区のイエナ・マルシェ(青空市場)などに出店するジョエル・チエボー氏(Joël Thiébault)は、人気の野菜生産農家。三ツ星シェフをはじめ、パリの多くの料理人がチエボーの野菜を求めてこのマルシェに集まってくる。パリ郊外で栽培を行うチエボー氏は、ニンジンやビーツ、ジャガイモをそれぞれ10種以上手がけ、ミニカリフラワーなど、珍しい品種も豊富に扱う。野菜の味のよさはもちろんだが、実に多くの種類の野菜がそろい、料理人たちの創作意欲を刺激する。

フランス全国の小規模生産者の上質な食材を扱う卸・小売店「テロワール・ダヴニール」(Terroir d'Avenir)の野菜も人気だ。パリ郊外を中心に栽培を行う上質な農家たちから野菜を仕入れ、“ここでしか買えない野菜”が売り。自分自身の個性を出すべく、「ほかの料理人と違う食材がほしい」という料理人の願いに応えてくれる業者である。当初はレストランへの卸しのみの活動だったが、昨年からパリ2区に路面店をオープン。小売も行うようになり、一般客と料理人が交じり合い、店内はいつも大変な賑わいだ。

彼らのような質の高い野菜生産者や卸・小売店から仕入れた野菜を主役にした料理は、ガストロノミーだけでなくカジュアルレストランでも見られる。自然派ワインバー「ヴィヴァン・カーヴ」(Vivant Cave)も、ナチュラルなワインに合わせて、有機栽培の野菜メニューを多く扱う。ワインバーでよく出される料理――チーズやハム、パテやソーセージグリルなど乳製品や肉加工品などのおつまみ――という定番から脱却し、みずみずしい季節の野菜を取り合わせたサラダや、旬のピーマンのマリネなどの野菜メニューを提案している。

優れた野菜料理の影には優れた野菜生産者の存在がある。料理人と生産者は二人三脚で、野菜料理を広めているのだ。生産者と料理人が一丸となって盛り上げるフランスの野菜料理。後編では、野菜に魅せられ、野菜だけで構成するコース料理に取り組むガストロノミーや、トップシェフが考案した野菜調理用の器具などを紹介する。

「テロワール・ダヴニール」の野菜コーナー。10種前後の野菜しかないが、その日入荷した最上の野菜が並び、夕方には売り切れるものが多い
ワインバーだが野菜料理も豊富な「ヴィヴァン・カーヴ」の料理。「テロワール・ダヴニール」やブルターニュ地方から直送される質の高い野菜を使う
SHOP DATA
ジョエル・チエボー(Joël Thiébault)
Marché Iéna 75016 Paris
http://www.joelthiebault.fr/
SHOP DATA
テロワール・ダヴニール(Terroir d'Avenir)
8 rue du Nil 75002 Paris
SHOP DATA
ヴィヴァン・カーヴ(Vivant Cave)
43 rue des Petites Ecuries 75010 Paris
http://vivantparis.com/cave/vivant-cave

取材・文・写真/加納雪乃

企画・編集/料理通信社

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