Vol.3
バルの"聖地"は、想像していた"スペインバル"とはひと味違っていた
スペイン北東部、フランスとの国境ほど近くに位置するスペイン・バスク地方。なかでもビスケー湾を挟んで大西洋に面するサン・セバスチャンは、物流の拠点として発達した港湾都市だ。同時に漁業も盛んで、古くから"美食の街"として知られてきた都市でもある。
国内随一の軒数を誇るバルの数々、ミシュランの星を戴く数多くのレストラン、通称「美食クラブ」と呼ばれる市民同士の交流会……。街をあげて食文化を築き上げてきた美食の街は、その深い伝統に反して、日本人にはなじみが薄い。とはいえ日本でも、いまやスペイン料理やスペインバルの存在は、さほど珍しいものではなくなっている。しかし、サン・セバスチャンで見た本場のバルの姿は、日本で紹介されているものとはかなり趣が違っていた。
バルの売りは気さくな接客、パフォーマンス、そして豊富なメニュー
サン・セバスチャンの旧市街を中心に広がる通りに沿って何軒ものバルが隣り合うさまは、まさに圧巻のひと言。驚いたのは、テーブルに着いて地酒のチャコリーをオーダーしたときのことだ。テーブルまで店員がやって来てサーブしてくれるのだが、その際、頭上高く捧げ持ったボトルの位置の高さ! 注がれるチャコリーの勢いのよさ! 聞けば、微発泡性の白ワイン・チャコリーは、高い位置から注ぎ、泡を立てることで香りが立ち、味がまろやかになるのだという。日本のお店でも、提供時などにこうした演出があれば、より本格的なバルの雰囲気を楽しめるのではないかと思う。
チャコリーは現地において、リンゴから作られるシードル酒と並び、バル巡りを楽しむ客たちの定番の酒。日本でいえば、まずはビールという感覚で、いつもと変わらぬ気軽なお酒を楽しみながら、ちょっとしたパフォーマンスが楽しめる。注がれる量が大ざっぱなのも含め、気さくな雰囲気もバルの魅力のひとつだ。
現地ならではの味覚に触れられるのは、食べ物についても同じこと。豊富なメニューがある中で、老舗の名店「ゴイザルギ」で味わった「青唐辛子のフリット」は、サン・セバスチャンでもっとも印象深かった料理のひとつだ。
地元で獲れる青唐辛子に衣をつけて揚げただけのシンプルな料理からは、食材の持つ力強さが感じられた。普段は酢漬けにされることが多い青唐辛子も、旬を迎える夏だけはフレッシュなままの味を楽しむことができるのだという。
(住所)Calle Fermin Calbeton 4, 20003 San Sebastian - Donostia観光客だけでなく常連の客からも愛される老舗。注文を受けてから調理するスタイルで、熱々の味を楽しめるのも嬉しい
客を限定せずに惹きつける!
美食の街が育てたバル文化
現地でしか味わえない味覚といえば、キノコ料理に特化した独特なバルもあるのがサン・セバスチャンの懐の深さ。ピレネー山脈の麓に位置するスペイン・バスク地方は、その山がちな風土もあって、キノコの名産地としても知られている。
「ガンバラ」のカウンターには、獲れたばかりの新鮮なキノコが並ぶ。同店お勧めの一皿は、それらをおそらく塩だけで調味した、シンプルなソテー。しかし素材のよさが引き立てられ、キノコ本来の香りや味を楽しめる。
これらの2軒だけでなく現地のバルの客層は子ども連れのファミリーをはじめ、おしゃれなファッションの若者からお年寄りまで、年齢層は様々。気軽に立ち寄る一人客も多く、店のイメージがひとつに固定されることもない。店の雰囲気を作るのは、何より客なのだと感じた。
敷居の低さは日本の"赤ちょうちん"のようだが、程よいおしゃれさもある。現地のバルは、日本で例えて言うなら、"縁日の屋台"が一番近いかもしれない。客は、お酒も1、2杯で済ませて、屋台を回るようにバル巡りをする。通りに並んだ店それぞれが誇る名物メニューの存在は、その味を楽しみに人々が立ち寄る文化を育てているようにも感じられる。日本にも老若男女がこれだけ気軽に立ち寄れる店があればと、強く感じた。
(住所)Sant Jeronimo 21, 20003 San Sebastian - Donostiaメディアでも紹介されるサン・セバスチャンの有名店。ミニクロワッサンなどのベーカリー類もお店で焼いて提供している
構成・文/年吉聡太
取材協力/バスク美食倶楽部 山口純子
※以上すべて、通貨レート:1ユーロ=約102円で計算(2011年10月7日現在)