Vol.71
日本に北海道から沖縄まで様々な郷土料理があるように、タイにも全国にご当地料理が存在する。日本でおなじみの「トムヤムクン」「グリーンカレー」「パッタイ」はみな、首都バンコクを中心とした中央部の料理だ。ところが現在バンコクでは、北部・東部・東北部・南部といったタイ各地のローカル料理や、地方の家庭の味をスタイリッシュに楽しめるレストランやカフェが続々とオープンし、ブームとなっている。前編では、そんなモダン・ローカルなタイ料理店を紹介しつつ、その魅力に迫る。
「カフェめし」に生まれ変わった東北の労働者飯
バンコクにはここ10年で、カフェ風のイサーン(タイ東北部)料理店が続々と開店している。それらの看板メニューは「ソムタム」だ。「ソムタム」はイサーン地方の伝統料理で、青パパイヤなどの具材を鉢で叩いて作るサラダのこと。安くてヘルシーなうえ、具材の組み合わせ次第でバリエーションを増やすことができる自由度が当たり、おしゃれな軽食として女性や若者に定着した。
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そもそもイサーン地方の料理というと、一日の仕事を終えた出稼ぎ労働者が、屋台や大衆食堂で食べるイメージが強い。例えば、タイ風焼鳥の「ガイヤーン」や、豚のノド肉のあぶり焼き「コームヤーン」は酒との相性も抜群だ。ハーブや唐辛子を大量に使い、激辛で濃い味付けの料理が多いのも特徴。そんなタイの居酒屋風メニューを、おしゃれでシックな空間で味わえる店が、トレンドとして脚光を浴びている。
数ある店のなかでも「ソムタム・ドゥー」(Somtum DER)は、2012年に地元誌が選ぶ「ベスト・イサーン料理」に輝いた実力店。イサーン料理の本場・コーンケーン県出身のオーナーであるエー氏が、2年前に開いた。この店のコンセプトは「アーバンローカル」。「都会で味わえる地方」という意味だ。
「アーバンローカル」のコンセプトは料理にとどまらず、空間デザインにも活かされている。高い吹き抜けを照らすランプシェードには、竹細工の漁具や米を炊くためのせいろを使用。スタイリッシュな内装だが、どこかタイ東北部の懐かしさを感じさせてくれる。タイ人の音楽プロデューサーが選曲した1970~80年代のラウンジミュージックも心憎い演出だ。バンコクの「ソムタム」は一般的に甘めだが、この店では“辛くてしょっぱい”東北部の本場の味を踏襲。ナンプラー(魚醤)よりも、さらにクセの強い、魚を発酵させた調味料プラーラーで味に深みを加える。「ガイヤーン」などの鶏料理には地鶏を使い、地元と同じ食材で提供することに徹している。
バンコク経済の中心地・シーロムという好立地に店を構えることもポイントだ。「客層は、近隣で働くビジネス層や富裕層が多いですね」とエー氏。「ソムタム」に、蒸したもち米を添えれば健康的なワンプレートランチに、また、夜はビールの肴として、ビジネス層の心をつかむ。
さらに、エー氏は「働き者のイサーン人は、タイ国内のみならず世界に出て稼ぐ時代」と時流を読み、バンコク店と同じコンセプトで昨年、ニューヨークのイースト・ビレッジにイサーン料理専門店「ソムタム・ドゥー」を開店。現地のタイ人をはじめ、舌の肥えたニューヨーカーからも「タイ料理の新潮流」と絶賛されている。
ソムタム・ドゥー(Somtum DER)
5/5 Saladaeng Rd. Silom, Bangrak, Bangkok
http://somtumder.com/
ローカルな南部のタイ料理がセレブの心をキャッチ
タイでもっとも辛いといわれるタイ南部の料理は、日本ではまだ馴染みが薄い。首都バンコクでも、これまで脚光を浴びることは稀だった。ところが、プーケットやサムイ島などのリゾート地で南部料理に魅了された美食家が、バンコクでも食べたいと求めるようになり、さらには、定番のタイ料理に飽きた富裕層や各国の駐在員が、話題性に目を向けはじめたことから、今ではバンコクのグルメな人が注目する料理になっている。
南部料理は、タイ人でさえ「辛くて食べられない」という人もいるほど強烈な辛さが特徴だ。長い海岸線に面しているため、食材には新鮮な海の幸を豊富に使う。また、個性的なくさみを持つ「サトー豆」(日本名/ねじれふさ豆)や、柔らかく甘みのあるハーブの一種「リアンの葉」などのタイ南部独特の野菜も欠かせない。
6年前にオープンした「クアクリン・パックソット」(Khua Kling + Pak Sod)は、各国駐在員が多く住むバンコクの東の高級住宅地・トンローにある一軒家レストラン。目印はタイ文字で書かれた黄色い看板だけで、外からは飲食店と気づかないほどに地味な店構えだ。SNSでメニューの情報を発信するが、そのほか目だった宣伝はせず、集客はすべて口コミ。客は富裕層を中心に、お忍びで通うセレブリティの姿もあり、夜や週末は予約なしでは入れないほどの人気店だ。
「これまでバンコクでは惣菜屋台でしか食べられなかった南部の家庭料理を、レストランで提供したのは当店が初めて」と語るのは、タイ南部チュンポーン県出身のオーナー・ブック氏。一族に伝わる南部の味を母と叔母がレシピ化し、自宅を改築して営業を始めた。「タイ南部の食材はバンコクで入手しにくいため、料理に欠かせないカピ(エビ味噌)や魚介、野菜はすべて現地から直送しています」(ブック氏)。開業当初は現地食材の調達に悩まされていたが、地元の農家や漁師からの仕入れルートを独自に開拓し、新鮮で安全な南部の食材を仕入れられるようになったという。今では「少し高くても、本場のおいしいものを」と、上質な味と雰囲気を求めてくる人で連日盛況だ。
かつて、屋台や食堂で提供されていたタイ各地の料理が、続々と世界を唸らすモダンな料理へと変貌を遂げている。後編では、タイの家庭の味を新スタイルで提供する2店を紹介する。
クアクリン・パックソット(Khua Kling + Pak Sod)
98/1 Soi Thonglor 5 Sukhumvit 55, Bangkok
http://www.facebook.com/KhuaKlingPakSod
取材・文/さとう葉
※通貨レート 1タイバーツ=約3.1円
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