上海発 中国人の心をつかむテーマ型レストラン 前編

消費者の舌は肥え、おいしいだけではヒットする十分な条件にはならない。そこで消費者の目を引こうと、テーマ型のレストランが増えている。前編では、レトロな空間と食にこだわる店を紹介。

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Vol.85

人件費の高騰や地価、物価の上昇で、中国・上海の外食産業は年々、利益を出すのが難しくなっている。中国国内はもとより、世界中から飲食関連の事業者が集まってくるため、競争は激しく、まさに「生き馬の目を抜く」ような世界。消費者の舌は肥え、ちょっとおいしいくらいでは、ヒットする十分な条件にはならない。そこで少しでも消費者の目を引こうと、近年、テーマ型のレストランが増えている。前編では、レトロな空間と食にこだわる人気の2店舗を紹介する。

1980年代の小学校をテーマにした店が人気。内装だけでなく、料理や使われる食器などからもどこか懐かしさが感じられる
レトロな空間を演出するため、レジ周りも昔の雑貨屋風に。陳列されている雑貨は購入もでき、懐かしんで手に取る人も
20世紀初頭の南京をテーマにした店が注目を集める。当時の庶民の町の雰囲気が味わえるのが魅力

上海外食業界におけるレトロブームの先駆け的存在

1970年代、80年代をテーマとしたレストランが最近、上海市内で増えているが、その走りとなったのが「希望小学堂(シーワンシャオシュエタン)」だ。かつては日本租界(外国人居住区)だった上海市虹口区。高層ビルが並ぶ大通りから一歩足を踏み入れると、再開発が進むなか、当時をしのばせる古い洋館がところどころに残されている。そんな一角に2011年4月オープンした。

店内は、学校の教室を再現。まるで給食を食べているような雰囲気が味わえるのも魅力の1つ

店内は、当時の小学校の教室を再現。大きな黒板が設置され、机とイスも学校で使われていたものを使用し、食器類も今ではあまり見かけることのない、当時をほうふつとさせるものを用いている。メニュー表がテスト用紙のようになっていたり、ウェイティングルームにはファミコンそっくりのテレビゲームが置いてあったりと、遊び心が満載で、懐かしい雰囲気を演出する。

客層を見ると、20~30代の若者が多い。1980年代といえば中国は、文化大革命という負の時代から開放政策へ舵を切ったばかりで、経済的にはまだ豊かとはいえない時代だった。しかし一方で、そんな時代を懐かしむ人も多く、「今はストレスが多く、当時は楽しい時代だったと思う若者が増えているのではないでしょうか」と、自身も1980年代生まれであるオーナーの蔡(ツァイ)氏は語る。

上海には様々な地方や国から料理が入ってくるので、食文化の変化は激しいが、同店では当時の味を可能なかぎり再現している。濃くて甘いのが、昔ながらの上海の味。上海風ボルシチである「美極羅宋湯(メイジールオソンタン)」(8元=約152円)もその1つだ。本場ウクライナのボルシチは、テーブルビート(=赤ダイコン、ビーツ)をメインに用いるが、上海のボルシチは独自の進化を遂げ、トマトベースに砂糖を加えたしっかりとした甘さが特徴。古くから外国文化の影響を受けてきた上海らしい家庭料理の1つだが、現在、飲食店で目にすることはほとんどないせいか、懐かしさから多くの人が注文する。

上海では共働きの夫婦が多く、料理をほとんど作らない家庭が増えている。外食中心の若者が同店に足を運べば、子どものころの懐かしい味に再会できることが人気の理由なのかもしれない。

上海の家庭料理である、上海風ボルシチ「美極羅宋湯 (メイジールオソンタン)」。食器のチープさも逆にかわいい
店員のユニフォームは、学生時代をほうふつとさせるジャージ
SHOP DATA
希望小学堂(做了不起的80后)
上海市虹口区昆山路214号

100年前へタイムスリップしたようなレトロな空間が話題

一方、20世紀初頭の南京をイメージしたレストラン「南京大牌檔(ナンジンダーパイダン)」も人気を呼んでいる店の1つだ。上海市のちょうど中心に位置する人民広場に2014年1月オープン。「大牌檔」とは、屋台のような小規模な店が集まった広場を意味しており、今風にいえば、フードコートといったところだ。20世紀初頭といえば、中国は清朝末期から辛亥革命が起き、中華民国が確立された激動の時代。君主制だった封建社会を打ち破り、共和制国家が樹立されたという、中国人が好きな時代でもある。

壁から柱1本にいたるまで内装のディテールにこだわって20世紀初頭の南京を表現。360度どこを見渡しても映画のセットのような空間

漢服(漢民族の民族衣装)を着たスタッフが立つ入口を抜けると、天井から吊るされたたくさんの提灯が目に入る。店内は屋根瓦や古い看板で装飾され、まるで映画のセットのような世界が広がる。テーブルやイスはアンティーク調の木製で、食器は陶磁器で有名な「景徳鎮」で特注して作ってもらうなど、徹底したこだわりぶり。夜には「評弾」という古典芸能のショーもあり、舌だけでなく目と耳でも楽しませる。

同店を運営する「南京大恵企業発展有限公司」は、江蘇省南京市に本社を置き、ホテルや様々な業態の飲食店を展開している。「南京大牌檔」は南京と北京で19店舗を展開し、同社にとって最大のブランドで、満を持して上海に進出。ほとんど広告宣伝をしていないにもかかわらず、またたく間に口コミで広まって大ヒットし、わずか1年足らずの間に上海市内に3店舗をオープンさせた。どの店舗も並ばなければ入れないほどの繁盛ぶりで、長い時は3時間待ちということもある。その人気の理由は「サービスと料理の味が受け入れられた結果」とマーケティング担当の兪麗麗(ユー・リーリー)氏は語る。

自慢のメニューにも店のコンセプトが反映されている。看板メニューの1つである「民国美齢粥(ミングオメイリンジョウ)」は、砂糖入りの豆乳で炊いたお粥。中華民国時代、蒋介石の妻である宋美齢(ソン・メイリン)が体調の優れないときに食べていたという逸話がある。すっきりした甘さで、脂っこい料理によく合う。

同店のヒットを受け、上海では早くも同じようなコンセプトの店が登場している。古い時代の雰囲気を味わえる店のブームは、今後もしばらく続きそうだ。

砂糖入りの豆乳で炊いたお粥「民国美齢粥(ミングオメイリンジョウ)」(18元=約340円)。看板メニューの1つだ
「江米扣肉(ジャンミーコウロウ)」(38元=約720円)は、醤油ベースの調味料で炊いたもち米に豚の薄切りを乗せたもので、こちらも人気の一品
SHOP DATA
南京大牌檔 人民広場世茂店
53 rue Caulaincourt 75018 Paris
http://www.njdapaidang.com
※写真は「五角場百聯店」のもの

取材・文/大橋史彦

※通貨レート 1元=約19円

※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。