Vol.116
地元の人の嗜好や食文化に合わせて工夫を凝らし、スペイン・バレンシアで人気を集めている「創作寿司」は、味わいも見た目も日本人からは新鮮に映るものが多い。前編では、「創作寿司」確立の立役者となった2店舗を紹介した。
続く後編では、フルーツと酢飯を組み合わせた「フルーツ寿司」や、チョコ風味のペーストなどをネタにした「スイーツ寿司」など、日本人にはさらに意外な食材を組み合わせて成功している2店舗をリポートする。
フルーツが寿司ネタとして大人気!
様々な「創作寿司」が人気となっているバレンシアで、近年注目を集めているのがフルーツをネタにした「フルーツ寿司」。その最先端を行く店が、「ザ・スシ・ルーム」(The Sushi Room)だ。個性的でオシャレなレストランやカフェが集まるルサファ地区に、アルゼンチン出身の料理人兼経営者のミゲル・ピサノ氏が2014年3月オープンした。
一番人気は、カレースパイス風味の衣をつけて揚げたエビの天ぷら、クリームチーズ、ルッコラ、デーツ(ナツメヤシの実)、みずみずしいマンゴーを酢飯と海苔で巻いた「メディテラーネオ」(6個。8.2ユーロ=約992円)。カレーの辛みとフルーツの甘み、クリームの濃厚さとエビ天のサクサク感といった“味と食感の組み合わせ”が計算された一品だ。
また、イチゴとマンゴーをクリームチーズやルッコラとともに巻いた「ベヘタリアーノ」(5個。5ユーロ=約605円)も人気が高い。ルッコラのほのかな辛みと苦み、クリームチーズのさわやかな酸味が、マンゴーとイチゴの甘みをいっそう際立たせ、やみつきになる味わいだ。甘いもの好きのスペイン人から大好評なのもうなずける。
さらに、エピの天ぷらとマンゴーを裏巻きし、アボカドとマヨネーズソースを乗せて仕上げたのが「バンコク」(8個。9ユーロ=約1,089円)。アボカドのしっとり感と、天ぷらのサクサク感、マンゴーのシャキシャキ感の組み合わせが絶妙なハーモニーを奏でている。
同店では、サーモンやマグロ、はまち、鯛、スズキなどをネタにしたオーソドックスな“日本の寿司”も提供しており、これを目当てに来店する人も多い。その中で、あえてフルーツ寿司を考案した理由をピサノ氏はこう説明する。「すでに寿司が好きな人は、伝統的な寿司を注文します。ただ、バレンシアにはまだ生魚が苦手な人も多い。生魚の代わりとなる食材を使うことで、寿司が苦手な人も一緒に来店できる店をつくりたかったのです」。
また、寿司はヘルシーなイメージがあるものの、タンパク質(魚介類)と炭水化物(米)の組み合わせで、栄養素は偏りがち。ここにフルーツを加えることで、さらにビタミンやミネラルが豊富な総合栄養食になると考えたのだという。実際、マンゴーに含まれるビタミン各種や葉酸は、酢飯の酢酸と合わせると栄養の吸収を促進するといわれている。フルーツと酢飯の組み合わせは日本人には意外だが、栄養学的にも理に適ったものなのだ。
同店の客層は20~70代と幅広く、7割が女性。新感覚のおいしさと、ヘルシーで栄養バランスにも優れたフルーツ寿司は、今後も女性を中心に多くのファンを生み出しそうだ。
Carrer del Literat Azorín, 25, 46006 València, Valencia
https://www.facebook.com/thesushiroomruzafa?ref=hl
女心をくすぐる、ポップな“スイーツ寿司”
レストランやバルが集まるバレンシアのおしゃれエリア、カノバスにある「ミス・スシ」(Miss Sushi)は、2008年4月にオープンしたモダンな寿司レストランだ。
この店で特に注目を浴びているのが「スイーツ寿司」。なかでも一番の人気メニューは、イチゴまたはバナナをヌテラ(チョコ風味のヘーゼルナッツペースト)とココナッツライスでくるみ、薄焼き卵で包んだ「ミス・ヌテラ・イ・フレサ」と「ミス・ヌテラ・イ・バナナ」(ともに6個。4.8ユーロ=約581円)。海苔の代わりに薄焼き卵を使うことで、よりスイーツらしい一品に仕上げている。また、フルーツを抜いて、その分ヌテラの量を増やした「ミス・ヌテラ」(6個。4.2ユーロ=約508円)も人気が高い。
また、ココナッツライスとコーヒー・リキュールに浸したスポンジケーキをクレープで巻き、マスカルポーネ(イタリア産のチーズ)のムースをトッピング、さらにとココアパウダーをまぶした「ティラミ寿司」(4個。5.2ユーロ=約629円)も、話題の新作。味はケーキのティラミスとよく似ているが、ココナッツライスのモチモチ感が評判だ。そのほか、つぶしたイチゴをゼラチンで固めてシート状にしてココナッツライスに巻き、レモン風味の生クリームとイチゴをトッピングした「ミス・フレサ」(4個。4.5ユーロ=約545円)も人気だ。
「寿司をスイーツにする」という発想は、日本人には思いも寄らないものだが、スペインには「アロス・コン・レチェ」という米を牛乳で甘く煮たデザートがあり、米をミルクで甘く煮る「ライスプディング」もヨーロッパ各地に伝わる伝統料理。こうした食文化の背景から、スイーツ寿司が自然に受け入れられているのかもしれない。一方で、チョコ風味のペーストやキャラメルソースをしょうゆ代わりに添えるなど、「寿司らしさ」の演出も大切にしている。
鮮やかなピンク色を効かせた明るくポップな店内は、インテリアもすべて女子ウケがよいものをチョイス。宝石箱のような内装は「わび・さび」とはかけ離れており、むしろ日本のポップカルチャーのキーワード「カワイイ」イメージだ。主な客層である20~50代の女性グループが、ワイワイとおしゃべりをしながら食事を楽しめる空間に仕上がっている。
食文化がグローバルに広がるうえで、基本や伝統は大切だ。しかし、一方で、その土地の文化やニーズに合うように思い切ってアレンジしていくチャレンジも欠かすことはできない。日本から世界に羽ばたき、スペインの地で生まれた「創作寿司」は、そんなことを教えてくれる。
Plaça de Cánovas del Castillo, 9, 46005 València, Valencia
http://www.misssushi.es/
取材・文/ボッティング大田朋子(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1ユーロ=約121円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。