シンガポール発 「麹」で新料理を創造 後編

日本で古くから使われてきた「麹」が、近年、シンガポールでも様々な料理に利用されている。後編では、メイン料理だけでなく、デザートやドリンクに麹を使っているレストランを紹介する。

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Vol.128

日本で古くから使われてきた「麹」が、近年、シンガポールの飲食店でも様々な料理に利用されて話題となっている。メニュー名でも、そのままアルファベットで「Koji」と記されることもあり、徐々に認知が広がりつつある。

後編では、こうした麹を使っている飲食店のなかから、メイン料理だけでなく、デザートやドリンクにも麹を使っているレストランを紹介。いずれもミシュランガイドで星を獲得している人気店。麹が一流シェフの創作意欲をどのように刺激し、新たな料理の誕生につながったのかをリポートする。

ホタテの卵と麹で作った「鰹節」ならぬ「ホタテ節」を使う店も登場。容器に入った白い粒が米麹、茶色のものが完成したホタテ節
麹を使った発酵ジュースを提供し、料理とのペアリングで好評を得ている店も。自家製の甘酒を用いたものなど多種多様
発酵ジュースの製造では、温度の管理が大切。1日を通してもっとも温度差が少ない場所で管理し、毎日状態をチェックしている

デザートに麹を用いる新しい試み

2016年に東南アジアで初めて発行された「ミシュランガイドシンガポール」で一つ星を獲得し、注目が集まっている「ザ・キッチン・アット・バカナリア(The Kitchen at Bacchanalia)」。チャイナタウンにほど近く、飲食店が建ち並ぶエリアに2012年4月オープンした。比較的カジュアルな店構えだが、ディナーコースは125ドル(約1万円)~という高級店だ。キッチンのなかに客席があるような、ライブ感たっぷりのオープンカウンターで生み出される料理を求めて、食通たちが連日訪れている。

自家製甘酒と大吟醸酒を合わせたソルベに、ロックメロンなどを合わせたデザート「甘酒と大吟醸のソルベとメロン」。皿全体が茶色と白に色分けされた盛り付けも鮮やか

この店で特にユニークなのが、麹を使ったデザート「甘酒と大吟醸のソルベとメロン」だ。皿全体に透明のメロンのゼリーを薄く敷き詰め、生クリームにギリシャ風ヨーグルトを混ぜ、数時間発酵させてクリーム状にしたものを半円状に盛り付ける。そして、シロップに漬け込んでスライスしたロックメロンをトッピング。その横に置かれているのが、甘酒と大吟醸酒を合わせて作ったソルベだ。さらに干しブドウと、ハーブの一種であるタラゴンを飾り、最後にメロンの果肉を乾燥させて作ったパウダーをかけて仕上げる。

ソルベから感じる米麹のフルーティな香りと、メロンの甘み、メロンパウダーにギュッと凝縮されたコク、メロンゼリーのみずみずしさ。似たような香りと味わいを持つものを何層にも重ね合わせることで、上品に仕上げられた逸品となっている。

もちろん麹はデザートだけでなく、料理にも使われている。その1つがオープン当初からの看板料理として知られる「ホタテのソテー、ホタテの卵のエマルジョン(抽出したソース)」だ。ソテーしたホタテの貝柱の周りに、ボーロッティ・ビーンズという白いんげんに似たヨーロッパ原産の豆を柔らかく煮て盛り付け、ホタテの卵を麹菌で発酵させた、世にも珍しい「ホタテ節」をベースにした特製ソースをかける。さらにその上から、ココアパウダーをかけている。

「ホタテ節の出汁は鰹出汁よりも酸味が控えめで、味に丸みがあります。以前は、干しただけのホタテの卵を使っていたのですが、発酵させることで、より一層深みと広がりのある味わいになりました」と、シェフのイヴァン・ブレム氏は語る。

主な客層は、常に新しい料理を求めている食通の富裕層。彼らを満足させるためにも、麹を使ったあくなき挑戦はまだまだ続きそうだ。

「ホタテ節」を使った代表料理「ホタテのソテー、ホタテの卵のエマルジョン」。料理全体のコクを引き立たせるためにキャビアを乗せて、カカオパウダーを振りかける
ホタテ節と同じ製法で「鴨節」の開発にも着手するなど、新たなチャレンジに積極的なシェフのイヴァン・ブレム氏。「将来的には発酵専用ルームを作りたい」と意気込んでいる
ザ・キッチン・アット・バカナリア(The Kitchen at Bacchanalia)
39 HongKong Street, Singapore, 059678
http://www.bacchanalia.asia/

16種類もの「発酵ジュース」を料理とペアリング

チャイナタウンにほど近く、おしゃれなエリアとして近年人気のブキ・パソ通りに、2010年10月オープンした「レストランアンドレ(Restaurant André)」。ディナーは、350ドル(約2万8,000円)のおまかせコースのみという、ミシュラン二つ星のフレンチレストランだ。

左から「りんごと松の葉、炭と紅茶キノコ」「麹と大麦、蕎麦の発酵ジュース」「タマリロ(南米原産のトマトの仲間)とバジル、ドライチリ」。店内で漬け込んで発酵させている

この店の売りの1つが、水をベースに様々な素材を漬け込んで発酵させた「発酵ジュース」だ。日本ではノンアルコールドリンクに分類されるもので、現在、なんと16種類もの品ぞろえとなっている。例えば、「りんごと松の葉、炭と紅茶キノコ」や「パイナップルときゅうり、エルダーフラワー」(「エルダーフラワー」はハーブの一種)のようにフルーツを中心にしたものもあれば、穀物や海藻を使って甘さを控えめにし、風味を楽しむスープに近いものもある。

なかでも特徴的なのが、麹を使った「麹と大麦、蕎麦の発酵ジュース」だ。まず、米を発酵させて甘酒をつくる。これを、発酵させた大麦と合わせてまた発酵。そこに、発酵させた蕎麦の実を加えてさらに発酵。全部で3段階の発酵を経て、ようやく完成する。

そのほか、「麹とカルダモン、ナスターチウム」や 「昆布と和風出汁、ケールとコンブチャ(紅茶キノコ)」も、人気の発酵ジュースだ。

これらの発酵ジュースは、4杯98ドル(7,840円)でのオーダーのみとなっており、その日のコースに合う4種類のジュースを店が選んで、各料理とペアで提供している。そもそもこの発酵ジュースは、「お酒を飲まずに料理を楽しむ方にも、ワインを飲むときと同じように、料理とドリンクのペアリングを楽しんでいただきたい」という、オーナーシェフ、アンドレ・チャン氏の考えから生まれたもの。普段、食事のときにアルコールを飲む人でも、あえて発酵ジュースをオーダーするケースも多いという。

例えば「麹と大麦、蕎麦の発酵ジュース」がペアリングされるのは、「イカのパスタ仕立て、昆布出汁、穀物のパフ」だ。ジュースの酸味の奥に麹や米などの複雑な穀物の旨味が広がり、イカの甘味とマッチして、奥深い味わいを生み出す。

客層は富裕層がほとんどだが、『ニューヨーク・タイムズ』で「そこに行くだけのために飛行機に乗る価値がある世界の10のレストラン」に選ばれたように、世界中から食通が訪れる。

米だけでなく様々な穀物から作られ、料理や酒だけでなくデザートやジュースにも使われ始めている麹。日本生で培われた食文化が、今海外で大きく花開こうとしている。

鮮やかなピンク色の「麹と大麦、蕎麦の発酵ジュース」。この色は、蕎麦に含まれるアントシアシンなどの天然色素から自然に生まれたもの
「麹と大麦、蕎麦の発酵ジュース」がペアリングされる「イカのパスタ仕立て、昆布出汁、穀物のパフ」(右上)。左下にある、穀物で作ったパフと海藻のチップスをかけて食べる
レストラン・アンドレ(Restaurant André)
41 Bukit Pasoh Road, Singapore, 089855
http://restaurantandre.com/

取材・文/仲山今日子(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1シンガポールドル=約80円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。