⑤世界各国発 コロナショックからの再出発

依然として世界で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症。再びの感染拡大に揺らぐヨーロッパでは今、どんな対応が迫られているのか。イタリア・フィレンツェでの事例をリポートする。

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Vol.219

 9月以降、新型コロナが再び急拡大を続けているヨーロッパ。イタリアでは10月末から飲食店の営業が18時までに制限された。こうした措置が取られる中、特に大きなダメージを受けているのが観光地の飲食店だ。

 その代表ともいえるエリアが、ルネサンス発祥の地でもある古都フィレンツェ。頼みの観光客が激減した今、危機をいかに乗り切ろうとしているのか。飲食店の取り組みを2つ紹介する(10月末時点の情報)。

タクシー会社と連携して、地元客を取り込む

 イタリアのフィレンツェでは、これまで地元住民は観光客で混雑する中心街を避けて飲食店を選ぶ傾向があった。しかし、コロナ禍で観光客が減ったことで、中心街の飲食店も地元の人を積極的に取り込んでいく必要が生まれてきた。そこで、フィレンツェを中心に約15,000の飲食店で構成される業界団体「リストラトーリ・トスカーナ(Ristoratori Toscana)」(2020年4月設立)が地元のタクシー会社と連携して始めたのが、「タクシー送迎サービス」だ。これは、自宅から飲食店までの往復のタクシー料金と飲食代がそれぞれセットで割引になる予約制のサービス。タクシー料金は、自宅から店まで、行きのタクシー料金は一律10ユーロ(約1,244円)。そして、帰りは正規料金から5ユーロ(約622円)引かれ、さらに飲食代も5ユーロ引きとなる。。飲食店やタクシー会社にとっては利用率のアップ、消費者にとってはお得感はもちろん、バスや電車などの公共機関を使わないで来店できるので不特定多数の人との接触を避けられるメリットがある。

 「リストラトーリ・トスカーナ」の副代表ラッファエーレ・マデオ氏は、「危機を乗り越えるためには、飲食店同士の結束に加え、他業種との連携も重要です」と語る。このサービスはカップルを中心に評判も上々で、リストラトーリ・トスカーナはイタリアの飲食業界を牽引するリーダー的存在となりつつある。

「コロナショック以降、同業者のみならずさまざまな業種の人々が職種の垣根を超えて協力し合うようになっています」と語るマデオ氏

 1986年創業の大衆レストラン「トラットリア・ボルディーノ(Trattoria Bordino)」も、この取り組みに参加している店の一つ。これまで少なかった郊外に住む地元客の来店も増えるのではないかと期待を寄せている。

「トラットリア・ボルディーノ」の売りのTボーンステーキ「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」(14ユーロ=(約1,741円)。外側は香ばしく、中はレアに焼き上げる

 また、2015年オープンの家族経営の小さな郷土料理店「チカローネ(Cicalone)」も送迎サービスを活用。約4カ月間の休業期間中をボランティア活動に充て、危機を乗り越えるためには業種を超えて一丸となる必要性を感じたのが参加の理由だという。

「チカローネ」で人気の「ペポーゾ(Peposo)」(14ユーロ=約1,741円)。牛肉がホロホロに柔らかくなるまで何時間も赤ワインで煮込んだトスカーナ州の郷土料理

 飲食業界同様、タクシー業界も観光客が消えて打撃を受ける中、双方にプラスとなるキャンペーンだからこそ、実現に至った新たなサービス。厳しい状況だからこそ、互いに手を取り合う“共存共栄”の取り組みが生き残りには不可欠なのかもしれない。

トラットリア・ボルディーノ(Trattoria Bordino)
Via Stracciatella, 9, 50125 Firenze FI
https://www.trattoriabordino.it

チカローネ(Cicalone)
Via delle Belle donne 43/R, 50123 Firenze FI

中世時代のワイン販売用の小窓を使って接触を回避

 飛沫感染の防止は、現在の飲食店の営業における重要なポイントの一つ。イタリアでもマスクやパーティション、フェイスシールドなどが用いられているが、ユニークだと話題になっているのが「ブケッタ・デル・ヴィーノ」と呼ばれる小窓を活用した感染予防策だ。

 この小窓は16世紀に貴族の邸宅でワインを直売する際に使われていたもの。一定の距離を保ちつつ販売できることから、17世紀のペストの大流行時には飛沫感染防止策としても役立った。その後、利用する機会がなくなり、多くのものはふさがれてしまったが、コロナが流行した今、この小窓を残す一部の飲食店でテイクアウト販売などで再利用されている。

「ブケッタ・デル・ヴィーノ」とは「ワインの窓」という意味。大きさは、高さ30センチ、幅20センチくらい

 フィレンツェで1984年に創業したジェラート店「ヴィーヴォリ(Vivoli)」も、この小窓を持つ店の一つ。「ロックダウン中はイートイン営業が禁止されて、店のシャッターを閉めなければならなかったので、デリバリー販売のみを行っていました。しかしある日、店の小窓を利用し、テイクアウト販売をすることを思いつきました」と経営者家族の1人、パトリツィア・ヴィーヴォリ氏は語る。出店した物件にたまたまこの小窓が残っていたことから、ジェラートのテイクアウト販売に活用することにしたという。

 来店客は小窓に置かれた呼び鈴を鳴らして店員を呼び、注文や会計、商品の受け渡しなどを小窓で行う。店のスタッフと来店客が至近距離で対面することなく販売することができる。

オーダーから会計、商品の受け渡しまで、すべて小窓を通して行う。写真は、もちもちの米を使った「お米のジェラートとイチゴのジェラート」(2.50ユーロ=約311円)

 安全にジェラートを購入できることから、テイクアウトが人気に。その成功を受けて、市内のカフェやバーも同様の小窓をコーヒーやカクテルなどの販売に活用するようになった。感染予防策としてだけでなく、歴史的建造物の再利用という点でも大きな話題になり、新聞やテレビのほか、SNSなどでも多数取り上げられて集客アップにつながっている。

「ヴィーヴォリ」の取り組みを知って、バーレストランの「ババエ(Babae)」も、古くから残っている小窓(写真)を再利用した

 現在、フィレンツェ中心部で小窓がある建物の数は約150件。いずれ、コロナ禍が終息したときには、これらの窓がSNS映えする新名所として観光客の人気を呼ぶかもしれない。ピンチをチャンスに変えようと、イタリアの飲食店は努力を続けている。

ヴィーヴォリ(Vivoli)
Via Isola delle Stinche, 7t, 50122, Firenze (FI)
http://vivoli.it

取材・文/佐藤モカ(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1ユーロ=約124.4円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。