Vol.18
アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビはこのところ話題に事欠かない。2009年からはF1レースの開催、2011年フランスの名門・ソルボンヌ大学分校の開校、来年にはルーブル美術館の開館――。アラブ文化圏の中でもっとも西洋文化の影響を受けていると言われるこの都市で、アラブの食文化を発信する動きが見られる。
今まで公にされてこなかったUAEの地元住民「エミラティ」の郷土料理が、食の祭典「グルメ・アブダビ2012」(Gourmet Abu Dhabi 2012)で披露され、世界的な注目を集めており、また、アラブの食材や調理法を取り入れながら、西洋文化との融合を目指すレストランも登場。知られてこなかったアラブ文化が国内外に広がりを見せ始めた、アブダビでの食の今をお伝えする。
地元住民“エミラティ”が愛す郷土料理を広めるパイオニアが登場
今年2月に開催された世界の食の祭典「グルメ・アブダビ2012」の中で、UAEのエミラティが愛する郷土料理を世界に広めたパイオニアとして、クルード・アティク氏が特別名誉賞を受賞した。アティク氏は、アブダビ観光開発・投資会社の顧問として、アラビア文化と郷土料理の伝承と情報発信に努め、その実績が評価されたのだ。
世界のメディアが集まるなかでのこの受賞と、会期中に郷土料理のレシピをまとめた彼女の著書「SARAREED」が発表されたことで、この料理に対する海外からの注目は一気に高まった。そして、英タイムアウト誌をはじめ、欧米のメディアはアティク氏とエミラティの郷土料理のことを一斉に報じた。
前回もお伝えしたとおり、UAEの人口は80%が移住者。彼らにとって、エミラティの郷土料理はこれまで神秘に包まれていた。今までレシピ本もほとんどなければ、レストランもなく、家庭の中で親から子へ受け継がれ、家族のみで食べられてきたのが、このエミラティの料理なのだ。
それが、前回紹介した初のエミラティ・レストラン「アル・ファナール」(Al Fanar)の誕生で大きく変わり、そして今回アティク氏に注目が集まったことで、エミラティの郷土料理の存在は一気に国内外に伝播したのだ。
エミラティの郷土料理はアラブ文化圏の中ではひとつの地方料理にすぎない。だが、世界的に料理の多様化が進むなかで、このように優れた地方料理に光を当て、国内のみならず世界に向けて情報発信していくのは、これからの時代のトレンドになっていくのかもしれない。
世界とアラビアをつなぐコミュニティ・カフェ
アブダビにある「カフェ・アラビア」(Cafe Arabia)は、アラブ料理とアラブの食材を取り入れた西洋料理を提供し、同時にアラブと西洋の文化交流を行なうサロンのようなカフェ・レストラン。「料理はもちろん、アートや音楽、文学なども通じてアラビアの文化を味わってもらいたい」とオーナーのアイーダ・マンソー氏は言う。
同店では連日コンサートなどが催され、いつも盛況だ。ちょうどここを訪ねたときには、フラメンコやジャズを弾く英国人ギタリストと地元のウード奏者(ウードは日本の琵琶に似たアラブの弦楽器)が共演するミニコンサートが行なわれていた。
カフェ・アラビアの料理は、いずれもマンソー氏の母や祖母が家族・友人のために作っていたものだという。こういう家庭的な温かみも人気の秘密だろう。なかでもアラブのハルミチーズ(羊乳から作られたチーズ)で作ったカプレーゼ、エジプト米で作ったリゾット、アラブの薄いパンにひよこ豆の茹で汁、ガーリックミント・ヨーグルトがかかったファッテなどが特に人気のメニューだという。
「私たち家族が大好きで食べてきたものを、自分の家族をもてなすように提供していることが、お客様に親しみやすく感じられ、受け入れられているのだと思います」とマンソー氏は成功の理由を語ってくれた。
アラブ料理に注目が集まるのは、地元や自国文化に対する深い愛情を持つ人々が、世界の富が集まるこの地域で、外国人を強く惹きつける新しい感性を身に付けた結果だろう。地域を愛し、地元に貢献しつつ、外国人にアピールする。こういう感覚を日本の飲食店でもぜひ取り入れてみてはいかがだろう。
15 street , Airport RD. P.O.Box: 59623 Abu Dhabi UAE
取材・文/栗原伸介
写真:Abu Dhabi Tourism & Culture Authority, Yas Viceroy Abu Dhabi, Cafe Arabia
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。