フュージョン化で進化するインドのレストラン 前編

インドでは急速な近代化に伴い、レストラン界に革新が生まれつつある。インド固有のスパイスに西洋のエッセンスを加えた料理や牛肉・豚肉を使った料理など、「食のフュージョン化」が進む。

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Vol.25

インドの人口12億人のうち80%を占めるヒンズー教徒は牛肉を食べず、13%を占めるイスラム教徒は豚肉を食べず、酒を飲まない。また卵や根菜などを食べられない人たちもいる。そういった理由から、人口の大半を菜食主義者が占め、食事に対する制限が多いインドでは、新しい料理はなかなか生まれてこなかった。

しかし、ここ最近は様相が変わってきている。急速な近代化で大勢の外国人が流入し、伝統的なインド料理に加えて、インド固有のスパイス料理に西洋料理のエッセンスを加えた料理や、牛肉、豚肉を使った料理、さらにアジア各国の料理を融合したものなど、レストラン界に革新が生まれつつある。
そこで今回は「食のフュージョン化」をテーマに、インドのレストランの今を2回にわたって紹介したい。

肉をどう扱うかがインドのレストランでは大きな課題。タブーを乗り越え、豚のスペアリブを提供するレストランも登場
フュージョン料理では見せ方も重視。これはニューデリーのレストランの「クルフィ」というインドのデザートアイスクリーム
ムンバイにあるバー・レストラン「ニール」は、フュージョン料理に北インド料理も加えて提供。連日賑わいを見せる

インド料理の固定観念を打破したレストラン

インドの首都ニューデリーにある「インディアン・アクセント」(Indian Accent)は、まさにその店名のとおり、インド料理のアクセントが効いたフュージョン料理を提供する。

スペシャリティの「ラムのケバブ フォアグラ詰め イチゴとトウガラシのチャツネ」(675ルピー=約952円)。フォアグラを使うことは従来のレストランでは考えられなかったこと

オーナーシェフのマニシュ・メロトラ氏は、ホテルの専門知識を学ぶ学校を経て、インド最大の都市ムンバイで有名なタイ料理レストラン「タイ・パビリオン」に就職。そこで西洋のハーブやアーティチョークなど、当時のインドでは珍しかった野菜をアジア料理に活かすことを学ぶ。その後、イギリスへと渡って西洋料理の修業を積み、首都ニューデリーに同店をオープンした。

同店の料理のアイデアは、従来のインド料理レストランの固定観念を打破することから生まれた。インド料理のレストランでは、一般的にスパイシーで油が多い料理が提供されることが多い。しかしメロトラ氏によれば、インドの一般家庭で食べる料理はスパイスと油はもっと控えめで、レストランで提供される料理の半分程度しか使わないのだという。

また、伝統的なインドのレストランであれば、牛・豚・鴨などを使った肉料理は決して出さない。しかし、急速なグローバル化の影響で外国人観光客やビジネスマンが増え、顧客の嗜好は変わってきた。加えて、国内の若い世代を中心に牛肉や豚肉を食べる人も出てきたという。

そこで彼は、店をインド料理に西洋のエッセンスを加えたフュージョン料理のレストランとして打ち出すことに決め、今までインドのレストランではなかった豚肉を使った料理やフォアグラをメニューに加え、スパイスもオイルも控えめにした。すると、現地在住のビジネスマンや観光客などが集まるようになり、だんだんと地元の人々にも受け入れられる人気レストランとなった。

常に斬新さを求めるメロトラ氏は日夜、若いスタッフたちとともに、新しい一皿のコンセプトを生み出すことに集中している。

美しく仕上げるのも同店の特徴。こちらは「ラビオリ、ミックスチーズのマッシュ、チップス」 (695ルピー=約980円)
オーナーのマニシュ・メロトラ氏。キッチンこそがもっとも自由な創造空間と感じ、料理の道へ
インディアン・アクセント(Indian Accent)
Manor Hotel, 77 Friends Colony (West), New Delhi, India
http://www.indianaccent.com/

欧風料理の手法をミックスし、常に新しいフュージョン料理を提案

インド西海岸の商都ムンバイにある人気レストラン「インディゴ」では、フランス料理や欧風料理の手法を使いながら、インドのスパイスや食材を取り入れたフュージョン料理を提供している。例えば、フランス料理で使われるピュレ(ソース)とインドのカレーソースをあわせて使うなど、スパイスを和らげながら、より素材の旨みが感じられる料理が特徴だ。

「インディゴ」のシーズンメニューより「カラメル味のオニオンフラン、マディラソース」(595ルピー=約840円)

そして、同店のオーナーシェフ、ラフル・アケルカル氏も、従来のインド料理店で提供される料理は、スパイスがきつすぎて脂っぽく、インド料理のイメージが誇張されたものだと感じている。「今日、世界中の人がイメージするインド料理は、タンドリーチキンのようなスパイスが強く、味の濃いものばかり。そもそもスパイスを入れすぎだし、調理しすぎなのです。それはインド国内でも同じ。私の料理もスパイスを使いますが、フランス料理や欧風料理の手法をベースとしながら、あくまで控えめで素材を引き立てるようにしました」。

アケルカル氏は、ドイツ系ユダヤ人の母とヒンズー教徒でインド人の父を持ち、父の仕事の関係で、学生時代は「冬はムンバイ、夏はニューヨーク」という一風変わった生活をしていた。そしてニューヨークで西洋料理に目覚め、フレンチからメキシカン、伝統的なアメリカ料理までを実地で学び、1989年にインドに戻り、その翌年ムンバイに同店をオープンする。その後、“欧風+インド”のフュージョン料理が国内外で注目を集め、今日でも世界中のセレブが来店する人気店となっている。

そのほか、アケルカル氏の経営する「デガスティバス・ホスピタリティ」では、イタリアン・デリやカフェ、ケータリング会社など、これまでになかった業態をムンバイに相次いで立ち上げ、インドに新しいレストラン事業を提供し続けている。

2010年には、「インディゴ」の料理に“世界で一番ポピュラーなインド料理”と言われる北インド料理のエッセンスを取り入れたバー・レストラン「ニール」(Neel,- Tote on the Turf)をオープン。「松の実のスープ」や「リンゴを使ったサブジ(蒸し煮)」などの料理を生み出し、海外からのゲストのみならず、国内の洗練された若い世代にもアピール。ムンバイに新しいライフスタイルを根づかせている。

オーナーシェフのアケルカル氏。店舗を海外展開すると自ら管理できなくなるとの理由で、故郷のムンバイだけを拠点とする
スパイスを入れすぎず、調理しすぎない“正しい”インドの料理を伝えるため、「ニール」では一般向けに料理教室を開催
インディゴ(Indigo)
4, Mandlik Road, Colaba, Mumbai, India
http://www.foodindigo.com/
ニール(Neel, - Tote on the Turf)
Mahalaxmi Race Course, Opp. Gate #5 & 6, Keshavrao Khadye Marg, Mahalaxmi, Mumbai, India
※写真はニールの外観

取材・文/栗原伸介

※通貨レート 1インドルピー=1.41円(2012年9月11日現在)

※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。