フュージョン化で進化するインドのレストラン 後編

インドでは欧風料理とインド料理の融合が進んでおり、さらにはアジア各国の料理を組み合わせたレストランも誕生。中流層をターゲットとした“カジュアルさ”がうけている。

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Vol.26

前編でリポートしたように、インドではアメリカ、ヨーロッパ、アジアなどから訪れる外国人が増える中で、欧風料理のエッセンスを取り込んだ、自国料理のフュージョン(融合)化が進んでいる。そしてさらには、アジア各国の料理を組み合わせたレストランも生まれており、それらは「Pan-asian(汎アジア)」と呼ばれている。例えば、日本料理と韓国料理を組み合わせたり、中華料理とベトナム料理を融合したりといった具合だ。

そういったカジュアルなアジア料理を提供するレストランは、欧米の人々はもちろん、地元インドの人々の目にもエキゾチックに映り、注目されている。また、特徴的なのは、高級店よりももっと敷居の低くしたスタイルのレストランが多いということだ。

同じアジアでも東南アジアの仏像はインド国内の人達の目にも、エキゾチックに映るようだ。これはレストランバー「シロ」の内観
インドではもともと生の魚は食べなかったが、最近は刺身や寿司が一般にも浸透しつつある
カクテルやワインなど、アルコールドリンクの多様化も進むインド。バーの存在も重要になっている

アート感覚でアジア料理を表現

2009年、インドの首都ニューデリーに誕生した「ママゴト(Mamagoto)」は、日本語の"ままごと"から名前をとった“Pan-asian(汎アジア)”の流れを汲むカジュアルなアジア料理店だ。子供がままごとを通じて食べ物の色や形を学ぶように、様々なアジア料理をカジュアルに楽しんでもらおうというコンセプトで作られた。

これは照り焼きどんぶり。ただし肉がラムというところがユニーク

「カジュアルなアジア料理はまさにこれから広がるマーケット。私たちがこの店を始めたのは、カジュアルでおしゃれな雰囲気のカフェレストラン・スタイルのアジア料理店が、これまでニューデリーになかったからです」と、オーナーの一人であるカビル・スリ氏は語る。

スリ氏によれば、これまでアジア料理店は、アジア料理といえども、みなインド風のメニューを出し、インテリアも殺風景で退屈なものだったという。スリ氏はそこが差別化できるところだと考え、内観はアート感覚溢れるものにし、料理はインド風にせず、アジア各国の料理を組み合わせたメニューを提供している。例えば、中華圏で人気の海老のペッパー炒めを日本風の焼きうどんに載せるなど、各国の料理を合わせ、ひとひねり加えた料理が多い。

「Mamagoto」はニューデリーのファッショナブルな地区、カーンマーケットに1号店をオープンして以来盛況で、すでに市内に3店舗を展開。今後はル・コルビュジエ建築の宝庫として有名なインド北部のチャンディーガルや、食の激戦区ムンバイなど他都市にも出店が計画されている。

内観は中国風のアートをインテリアとして使い、カジュアルな雰囲気を演出
カビル・スリ氏(左)とラフル・カンナ氏(右)の2人は幼な馴染みの起業家。2011年は前年比120%の売上を達成
ママゴト(Mamagoto)
53, 1st Floor, Middle Lane, Khan Market, New Delhi
http://www.mamagoto.in/

カジュアルなアジアン・フュージョンで中間層を取り込む

インド国内で「ハードロック・カフェ」や、本店がサンフランシスコにある南国風ダイニング「トレーダービックス」、「カリフォルニア・ピザキッチン」などを展開するJSMコーポレーションは、インドの飲食ビジネスの最先端を担う存在で、現在、国内ブランドとして展開するアジア料理のレストラン・バー「SHIRO」(城)に注目が集まっている。2010年ムンバイにオープンして以来、バンガロール、ニューデリーに相次いで支店をオープン。店内には、高い天井、巨大な仏像、赤い提灯、しゃれたバーカウンターとラウンジ。インテリアに徹底的にこだわり、アジアのミステリアスな雰囲気を演出している。

「SHIRO」ムンバイ店の照明を落としたラウンジの空間。インドのほかのレストランにはない独特の雰囲気だ

メニューは「スパイシー・ツナ・マヨ寿司」、「鶏ムネ肉の韓国風スパイス焼き」、「チリピーナツソース丼」など、日本から韓国、タイ、ベトナム料理を様々に組み合わせ、スパイスを効かせたものが多い。3店舗はいずれも人気があり、とくに週末は予約が取れないほどだ。

アメリカの大学を出た後、投資銀行で働いた経験を持ち、同社のレストランのプロデュースも担当したジェイ・シン氏は、「これからのインドは"カジュアル・ダイニング"の時代」と言い切る。インドはもともと貧富の差が激しいが、経済成長が続くなかで中間層が増加。それによって、高級レストランではなく、カジュアルでおしゃれなレストランに行く新世代が生まれているのだ。 事実、インドの飲食業界の売上は年間約30%増という驚異的な成長を見せているが、その中でもっとも成長しているのは、JSMのようなカジュアル・ダイニング業態だという。

ただし、上記の成長率30%を金額にすれば約1,840億円(約23億ドル)と、人口に比べればそう大きな数字ではない。それはインドでは、大家族で食卓を囲むという習慣が根強く、外食自体がまだ盛んではないためで、平均的なインド人の外食頻度は2週間に1回だという。週4回外食する日本人(出典:「ザガットサーベイ 東京のレストランincluding横浜2012」)と比べると、少ない数字だろう。しかし逆に考えれば、この国の外食産業にはまだ未開拓のポテンシャルがあるということだ。

インドは今、多くの業界で「人口10億人超の手付かずの市場」と見られている。ますます多くの人たちがこの国に流れ込み、都市化が進んで経済成長が続く限り、食の分野でも次々に新しいトレンドが生まれるだろう。

これはベトナム風エビチリ。「SHIRO」という名前から和食店かと思うが、あくまでアジア料理がコンセプト
どの店舗も巨大な仏像で強烈なインパクトを与え、一目で「SHIRO」とわかるインテリアになっている
シロ バンガロール店(Shiro Lounge Bar, Bengaluru)
222, Triple Height, 3rd Floor, UB City (Comet)
Vittal Mallya Road, Bangalore
http://shiro.co.in/

取材・文/栗原伸介

※通貨レート 1インドルピー=1.43円、1ドル=80円

※価格・営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。