フランス発 新たな飲食業態“ビストロノミー”が人気 後編

フランスで生まれたレストランよりカジュアルで、ビストロよりも洗練された新業態“ビストロノミー”。この新業態に若手料理人が関心を寄せている。彼らがビストロノミーに魅力を感じる理由を探る。‐海外トレンド

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Vol.44

フランスで生まれた、レストラン(ガストロノミー)よりカジュアルで、ビストロよりも洗練された新業態“ビストロノミー”。前編で、その誕生から確立までを紹介したこの新しい業態に、いま多くの有望な若手料理人が関心を寄せている。後編では、彼らがビストロノミーに魅力を感じる理由を探る。

料理を“分け合う”スタイルは主にビストロノミーで見られる。上質な牛や豚のリブロースは、大きな塊のままで焼いて2人分でサーブする
ビストロノミーでは、スープの提供もカジュアル。皿に具材だけを入れ、スープはたっぷりボウルに入れてテーブルに。客が好きなだけ注げ、お代わりも自由という演出
ビストロノミーは「懇親性」が特徴。大きなテーブルは、相席したり、グループ客が訪れやすくなったりするなど、リラックスした店づくりに役立っている

不況にも強いビストロノミーが、不動の地位を確立

1990年代に誕生したビストロノミーという業態は、年を追うとともに洗練され、2000年代に入ると第2世代のシェフたちも登場してきた。初期のシェフたちは高級店でのみ修業した者がほとんどだったが、第2世代の料理人たちは高級店だけでなくビストロノミーでの修業経験も豊富。高度な技術を習得し、よい食材をシンプルに料理する感覚や、カジュアルかつセンスのよい内装、サービスのあり方などを効率よく学んだ彼らの中には、20代の若さで独立する者も多い。小さな厨房、シンプルな内装で十分なビストロノミーは、限りある資金でも独立しやすい業態なのだろう。

「セプチム」の「白身魚のカルパッチョ」。夜のコース(55ユーロ=約7,100円)で提供される、ラディッシュやクレソンの苦味を活かしたさわやかな前菜。油脂をあまり使わず、食材の風味をストレートに出している

若いオーナーシェフの場合、サービススタッフも若手で、とてもラフな雰囲気。これが若い客層を呼び込む要因になった。そもそもフランスは人件費が高く、外食にかかる費用が高い。カフェで1皿だけの簡単ランチでも、10~20ユーロ(約1,300~3,000円弱) は必要。ビストロになると飲み物抜きでも、3皿で最低40ユーロ近く(約5,000円)、レストランでは安くて40~50ユーロ、高い店では400~500ユーロ(約5万円前後)もかかる。フランス人が外食をする機会は日本よりも少なく、特に20代は外食をすることがあまりないのだ。

レストランへ行きたいけれど高い、ビストロは安いところもあるがちょっと時代遅れな感じ…。そんな中で、安くておいしく、シェフやスタッフとも友達感覚で付き合え、内装もシンプルながらモダンでセンスがよいビストロノミーは、若い世代にとって格好の外食先になったのだ。ちなみに、ビストロノミーでの夕食は、飲み物抜きで30~35ユーロ(約4,000~4,500円)程度。日本の感覚では高めだが、フランスではこれでもお手頃価格といえる。

ビストロノミーの中には、客がメニューから料理を選ぶのではなく、おまかせコースだけにして、材料や仕込みの効率化を図り、より完成度の高い料理をコストパフォーマンスもよく出す店も出てきた。その代表がパリ11区(パリ東部)にある「セプチム」(Septime)だ。

オーナーのベルトラン・グレボ氏は、ミシュラン一ツ星店のシェフの座を捨て、友人と共同経営で「セプチム」をオープン。ナチュラルな雰囲気の店で、昼は28ユーロ(約3,600円)、夜は55ユーロ(約7,100円)のコース料理のみを提供する。食材のよさは高級レストラン並み、技術は高く独特の感性もある。その料理は2011年のオープンと同時に大評判になり、予約は2カ月先までいっぱいだ。今年は世界的なレストランランキング“ワールド50ベスト レストラン”で、49位にランクインしている。

「セプチム」のシェフ、ベルトラン・グレボ氏。タイポグラフィを学んだ後、料理人に転向した。「セプチム」の側に、ワインショップ&カウンターバーもオープン
「セプチム」はオープンキッチンになっており、客席から料理人の働く姿が見られる。テーブル席のほかに、約8人が座れるターブル・ドット(大テーブル)もある
セプチム(Septime)
80 Rue de Charonne, 75011 Paris
http://septime-charonne.fr/

ビストロノミーは多様化し、差別化の時代へ

2008年に起ったリーマン・ショックによる不況は、高級店に出入りしていた客をも一気にビストロノミーへ向かわせた。同時に、高級店を開きたくても景気的にも資金的にも難しいと、より一層多くの料理人がビストロノミーとして独立するようになり、フランス料理界でのビストロノミーの地位は完全に確立された。

「レ・ココット」の「シーザーズサラダ」(12ユーロ=約1,500円)。おなじみのシーザーズサラダを、ストウブ製の手付きの鋳物鍋に山のように盛り付けて
photo by Christophe MACCOTTA

多くの店が競い合うようになると、自ずと他店と差別化する料理人も出てくる。パリ中央部にあるクリスチャン・コンスタン氏の「レ・ココット」(Les Cocottes)は、店名のとおりココット鍋(鉄製または鋳物製の鍋)で作った料理をテーブルにそのまま出すなどして、個性を打ち出した。

クリスチャン・エチュベスト氏のパリ南西部にある「ラ・カンティーヌ・デュ・トロケ」(La Cantine du Troquet)は、ターブル・ドット(大テーブルをほかの客と相席する)を中心とし、店の雰囲気をよりカジュアルにしている。また、予約も取らず、極めて気軽な食堂風空間を提案している。

そして、多店舗展開をするシェフも出てきた。パリ中心部にある「フレンチー」(Frenchie)のグレゴリー・マルシャン氏は、ビストロノミーを手がけつつ、店の向かいに、カジュアルなワインバー「フレンチー・バー・ア・ヴァン」(Frenchie Bar à Vins)をオープン。そして今年6月には、同じ通りに軽食主体のカフェスタイルの店「フレンチー・トゥ・ゴー」(Frenchie To Go)を開いた。

前編で紹介した“ビストロノミーの生みの親”であるイヴ・カンドボルド氏の「ル・コントワール」(Le Comptoir)は、平日昼間と週末はカフェ風スタイルのビストロノミー、平日夜はクロスを敷き、少し高級感を出したおまかせ料理のレストランと、1つの店で2つの形態を提案して他店と差別化。さらに、隣に立ち呑みタパスバー「アヴァン・コントワール」(L'Avant Comptoir)をオープンさせ、こちらも大繁盛している。

誕生から20年が過ぎ、そのスタイルも多様化していくビストロノミー。今後もその動向から目が離せない、フランス食業界における注目の業態だ。

「レ・ココット」にはテーブル席のほか、カウンター席もあり、一人で立ち寄れるバー的な演出も。滞在時間が短くなり、効率的な客席回転にもつながっているようだ
photo by Clay McLachlan
「レ・ココット」の「豚足を詰めたジャガイモのカラメリゼ」(15ユーロ=約1,900円)。ストウブ製のココット鍋を器にして提供し、カジュアル感を演出
photo by Clay McLachlan
レ・ココット(Les Cocottes)
135 rue Saint Dominique 75007 Paris
http://www.maisonconstant.com/les-cocottes/#/informations/
ラ・カンティーヌ・デュ・トロケ(La Cantine du Troquet)
101 rue Ouest 75014 Paris
フレンチー(Frenchie)
5-6, rue du Nil 75002 Paris
http://www.frenchie-restaurant.com/
ル・コントワール(Le Comptoir)
9 Carrefour de l'Odéon 75006 Paris

取材・文・写真/加納雪乃

企画・編集/料理通信社

※通貨レート 1ユーロ=128.8円

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