Vol.45
茶道や華道と同じように、サービスの「型」を1つひとつマスターさせていく
日頃、「お客様第一主義」などと思ってはいませんか。とんでもない考え違いです。「従業員がいちばん大事」。こう考えなければ、店はもちません。
「もっときちんとしたサービスをしなさい」「なんでお客様に気配りができないんだ」と、四六時中、店主が従業員を叱りつけている店は、ろくな店ではありません。働く人はすっかり萎縮してしまって、ピリピリしています。その空気が店に広がっていて、嫌な緊張感に満ちています。「なんか居心地悪い店だな」という店は、たいていコレです。従業員が、生き生きと、伸び伸びと働いている店は、それが伝播してお客様がリラックスしています。こういう状態ではじめて、食事って楽しめるものですよね。
ただし、十分な訓練が施されている、という条件が付きます。それは、気配りとかサービスとかいった漠然としたものではなく、個々の作業が完璧になるまで、とことんトレーナーから訓練を受けていなければなりません。
それは、茶道や華道の手ほどきと同じです。1つひとつの型を学び、その型の完全な習熟者になっていなければなりません。その型の積み重ねが、訓練ということです。そして、完全な作業習熟者になったときにはじめて、生き生き、伸び伸びとサービスを遂行することができるのです。つまり、前提として型がなければなりません。そして、型のトレーニング方法が確立されていなければなりません。1つひとつの作業が、「個別に」です。
「心のこもっていないマニュアルサービスはいけない」とよく言われますが、これも間違いです。むしろマニュアルはあったほうがいいでしょう。マニュアルは、「型」の入門書であり、家電やカメラの取り扱い説明書のようなものですから、ある段階に達するための手引書です。無いよりはあったほうがいいに決まっています。ただし、それをマスターして、さらにその上の段階に進まなければなりません。マニュアルはできるだけ早くマスターして、乗り越えていくべきなのです。
店の宝は、教え上手のトレーナー
型がなく、型をマスターするための手引書もなく、ただ「サービス」とか、「気配り」とか言っていることが、どれだけ危険なことかがおわかりでしょう。どんなにガミガミ言っても、型のマスターができていないのですから、従業員はどう動いていいのかわからず、ただとまどうばかりです。
では、その訓練方法とは? これは以前にも書いたものですが、①やって、②やらせて、③直して、④やらせて、⑤ほめる、このプロセスです。
トレーナー自らが「やる」ことが前提です。そしてマスターできたときは「ほめる」。ここが大事です。厳しいけれども、やさしさがあふれていなければなりません。このやさしさこそが、従業員第一主義の基本であります。このやさしさがあれば、どれほど厳しく教えても、辞めるものではありません。人間は向上心の動物です。技をマスターして、ステップアップしたいという気持ちは、誰もが持っています。辞めるのは、何も教えないからです。それで、ガミガミ言われたら、たまったものではありません。
トレーナーの資質ですが、これは天性のものがあります。同じレベルの作業習熟者であっても、教え上手、教え下手がいます。ツボをはずさず、キチッと教えられて、辛抱強く、なおかつやさしい。そしてほめ上手。こういう人こそ天性のトレーナーです。なかなかいませんから、こういう能力の持ち主は、とりわけ大切にしなければなりません。
また、まだトレーニーの段階(つまり教育訓練中)の従業員にも、教え上手がいます。この人も、自分が習ってマスターした作業については、新人に教えられるわけですから、トレーナーとして活用するべきです。トレーナーの卵ですね。
未熟な従業員も、現場でサービスをしなければなりません。ですが、注文を取り間違えたり、別のテーブルに料理を運んでしまったり、初歩的なミスが後を絶ちません。お客様に文句を言われているところに、店主や上司から頭ごなしにガミガミ言われたら、どうなるでしょう。パニックです。何を言われても頭に入りません。こんなときこそ、「ドンマイ」です。「ノープロブレム」です。このひと言が、従業員を極度の緊張から解放することになるのです。もっとも、当のお客様の前で言ったら、お客様の怒りは倍化してしまいますから、言う場所とタイミングが大事です。どうフォローに入るかで、店主・上司の心根(こころね)が表われます。
従業員第一主義が結局、お客様第一主義につながっていくのです。