Vol.47
従業員と、お客と、取引業者を裏切らないこと
「飛ぶ鳥跡を濁さず」と言いますが、外食グループの退店の仕方は、実に乱暴であることが多いのです。「あとは野となれ山となれ」が大半。しかし、退店の仕方に、店主の品性が表れるものです。立地が悪かったので退店、家賃が払い切れずに退店、従業員が集まらなかったので退店、強いライバルが出てきたので退店、商売に飽きてしまったので退店。退店の理由はネガティブなものが少なくないのですが、夜逃げ同然というのがあまりにも多すぎます。
実は退店の作法はとても大事なのです。退店の仕方がまずい人は、新しい店、新しいビジネスを始めても、たいてい失敗します。生き方の姿勢そのものが間違っているのですから。退店の要諦は、評判を落とさずに、いかにきれいに粛々と撤退するか、にあります。店長任せの退店などは、もってのほかです。社を挙げて臨まなければなりません。
評判を落とさないと言いました。この評判には、
- お客の評判
- 従業員の評判
- 取引関係者の評判
- 大家さんの評判
の4つがあります。
1の「お客の評判」ですが、「あっ、消えちゃった」では困ります。まず、ていねいな事前告知が行われていなければなりません。別の場所で再オープンということもあるのですから、名を汚すような乱暴な退店は絶対にしてはいけません。汚名はどこに逃げてもついて回ります。
2の「従業員の評判」、これがいちばん大事かもしれません。退店が決まると、従業員を減らしたり、食材費を削ったりと、少しでもコストを切り詰めようとします。放っておけば士気も下がりますし、不平不満が店に満ちあふれます。商品もサービスも劣化するのですから、従業員のみならず、お客の評判も落とします。そして退店を告知したとたん、客足は一気に落ちます。退店期間に入っても、いちばん大事なことは商品とサービスのレベルを下げないことです。あるべき形をキチッと守る。これが大原則でなければなりません。
悪い評判を背負って新規巻き直しはできない
従業員の身の振り方も大事です。退店ですから、職を失うケースも出てきます。別の店への再配置が原則ですが、それができない場合、次の就職先の面倒を見るとか、独立の手助けをするとか、できるだけ力を貸さなければなりません。
たとえ別れ別れになろうとも、敵として去っていくのか、味方として去っていくのかで、状況は大きく変わります。退店を決めた店主の器量が問われるところです。「自分のことよりも、従業員の未来が大事」を基本姿勢にしなければなりません。
3に関して、取引関係者とのトラブルは、大方が踏み倒しです。なかでもいちばん被害を受けるのが、食品の卸問屋です。彼らは与信をとって、事前に被害を受けないようにしますが、それでも踏み倒されるケースは少なくありません。悪質なお客(お店)の中には、大量の食材を注文して、それを持ってドロンということをします。
同じような被害者としては、広告媒体関係者がいます。経営不調に店主が、大量の広告を活用して最後の悪あがきをするケースです。それで客数が戻れば「めっけもの」であり、戻らなければ支払いをしないで夜逃げ。これも後を絶ちません。広告が急に増えたら要注意。これはこの業界の合言葉です。食品の卸も広告も、横のつながりが強い業界ですから、“UG(Unwelcomed Guest=歓迎すべかざるお客)情報”はすぐに広がります。
4は大家さんとのトラブル。敷金の返還や、原状回復義務を巡ってのトラブルで、これもよくあることです。大家さん同士の情報交換は極めて密です。ひとりの大家さんにUGのレッテルを貼られると、その情報は不動産屋を通じてまたたく間に広がります。その後、別のところで店を借りようとしても、「NO」の答えが返ってきます。
「後を濁す」経営者に未来はない、と考えておくべきでしょう。退店というのは本来、新規巻き直しです。引っ越しであれ、商売替えであれ、未来への第一歩を踏み出す、ということにほかなりません。新しい第一歩を踏み出すときに、「悪い評判」という、背負わなくていい重荷を背負う必然性は何もありません。
人間として間違ったことはしない。これは大原則です。閉店前日の営業終了後、従業員とお客がサプライズの「お祝い(お礼)」をしてくれて、号泣した経営者を私は知っています。従業員一人ひとりをとても大事にする素敵な経営者でした。