イントロダクション/株式会社プロップビジネスコンサルティング 山岡雄己氏
業務効率化や生産性を高めつつ、“人”を打ち出すことが重要に
食事主体の専門店が好調。中食需要の取り込みもカギ
外食産業のこれからを考察する前にまずは、現在に至るまでの大きな流れを振り返っておきたい。日本の外食の始まりは江戸時代までさかのぼり、時代が進むなかで多様化しながら発展してきた。今につながる外食産業の起点は1970年代とされ、ファミリーレストランやファストフードのチェーン化で市場規模が一気に拡大。1980年代には居酒屋チェーンが隆盛した。
その後、市場規模は1997年の29兆円をピークに下降。2012年からは再び上昇傾向に転じ、2017年は前年比0.8%増の約25兆6500億円となっている(一般社団法人 日本フードサービス協会のデータ)。外食チェーンビジネスを専門とするコンサルタントの山岡雄己氏は、今後の見通しとして「日本の人口が減ることを考えると、市場規模がこのまま上昇し続ける可能性は低い。一方で、2017年に市場規模が10兆円を突破した中食は、上り調子です。この需要をうまく取り込んで、外食と中食を融合することができれば、市場規模が急に縮小することはないと見ています」と話す。
外食における最近のトレンドとして、山岡氏は3つの要素を挙げる。1つ目は、メニューや食材を絞った「専門店化」。特に食事主体の専門店が好調で、背景にはアルコール離れや、長引くデフレを受けて、安価で満足感のある料理へのニーズが高まっていることが関係しているという。そのなかでも肉に特化した業態は活況で、この状況はしばらく続くと山岡氏は予想する。
2つ目は「テイクアウト」。「これは言わば“飛び道具”を持つことで、店舗の限られた席数の中で売上を伸ばすよりも、テイクアウトコーナーを設けて、高まる中食需要を取り込んだ方が効率的と考えられます。特に、調理に手間がかかるとんかつや鶏の唐揚げなど、揚げ物の持ち帰りニーズが伸びています」(山岡氏)。業態を開発する段階から、テイクアウトを想定したコンセプト固めや商品開発、店舗設計をしておくことが、オペレーションを効率化するうえで重要になるという。
3つ目は「地域密着」。例えば、地域に根差したコミュニティカフェや、地元に暮らすシニア世代が集う蕎麦店など、ソーシャルビジネス/コミュニティビジネスとして、交流の場づくりに取り組む外食事業者も増えている。現状ではまだ収益に直結しないケースが多いものの、「地域密着」は今後も注目のキーワードであり、山岡氏は「近隣のリピーターに支えられる店こそが、根強く残るのではないか」と語る。
業態や店舗づくりに関するこれらのトレンドとは別に、外食業界の近年の動向の1つに、M&A(合併・買収)の活発化が挙げられる。「かつては、上場を目標にする若手の経営者が多かったのに対し、今は会社を一定規模まで成長させた後、大手資本の傘下に入ることを選ぶ経営者が増えています」(山岡氏)。ゼロから新規事業を作り出すことに長けたベンチャーの経営者と、内部統制の強化などで既存の事業をさらに拡大させることを得意とする大手企業とが、互いに得意分野を分業する意味合いも、M&Aにはあるようだ。
IT化は目的ではなく手段。まずはマネジメントを実践
直面している課題に目を向けると、その筆頭に、人手不足がある。時給を上げても人が集まりにくいなか、比較的順調に人材を採用できている店舗・企業には、共通点があるようだ。「それは、『ここで働くことで何が得られるか』『どんな将来があるか』を具体的にイメージできるような、独立支援も含めたキャリアパス(業務経験やその順序、昇進、異動などの道筋)が明確に示されていることです。また、従業員に長くやりがいを持って働いてもらうためには、労務管理の徹底はもちろん、人事施策の整備、評価基準の明確化や仕組み化なども重要なポイントです」と山岡氏。働きがいを感じられる職場環境の整備は、従業員の接客力アップなど店舗力に結びつき、引いては離職率低減や生産性の向上にもつながり得る。
さらに、人手不足への対策の1つとして、ITを活用した店舗業務の効率化にも注目が集まっている。ただし、ここで認識しておきたいのは、ITはあくまでも〝手段.だということ。その手段を使いこなすための前段階として、まずは、経営者が店舗をマネジメントするために必要な考え方や手法を取り入れ、実践することが重要だと山岡氏は強調する。「例えば、手持ちの表計算ソフトで、各店の収益やFD(フード・ドリンク)比率、メニューごとの個別原価といった各種指標を自分で算出してみる。そうした管理やマネジメントの思想が根付いていなければ、システムやITを導入しても、十分な成果を得ることは難しいでしょう」。
また、業務効率化や生産性向上を進めるうえでは、顧客マネジメントについてもしっかりと考えたい。そのためのツールも各種あるが、ここでもその導入の前に必要なのは、顧客管理の意味や目的、手法を経営者自身が考え、理解してから取り組むこと。SNSなどをうまく活用し、顧客とのコミュニケーションの接点を増やしたり、質を高めたりしながら、顧客マネジメントを実践していくことが重要なのだ。
業務標準化は80%に留め、各自が考え工夫する余地を
これからの外食の動向として、第一に、国全体で進められている禁煙化への流れは強く、飲食店でも対策は避けられないと山岡氏は見ている。
次に、インバウンド需要については、「モノ消費」に加え、体験など「コト消費」の要素も強い外食は、引き続きニーズを取り込めると予測する。「食べ歩きスポットとして知られる大阪の黒門市場のように、外食と中食の両方の気分を楽しめるような店舗に、外国人の人気が集まりそうですね」(山岡氏)。
国が推進するキャッシュレス化も、今後の外食を考えるうえで重要なポイントだ。「完全キャッシュレス化にはまだ時間がかかりそうですが、セミセルフレジや券売機の導入は、業態を問わず、増えていくのではないでしょうか」と山岡氏。現状ではクレジットカードの手数料負担が飲食店にとってネックになっているが、その点を差し引いても、キャッシュレス化を進めることで得られる業務効率アップのメリットは大きく、中小事業者や個人店にとっても取り組む価値はあるという。
キャッシュレス化と並び、大手の取り組みに学べることとして山岡氏が挙げるのは、業務の標準化。「『画一的なマニュアルは嫌い』という経営者もいますが、何も標準化されていない状態では、人的資源を効率的に活用することはできず、人も育ちません。ただ一方で、標準化は80%程度に留めた方がいい。なぜなら来店客が感動するのは“標準”を超えたおもてなしだからです」。残りの20%は、経営者自身のサービスへの想いや理念を伝えながら、従業員の主体性を育むことが大切になる。
外食産業を取り巻く環境や技術の変化は今後も激しいと予想されるが、そのなかでも変わらないことは、「結局、外食において大事なのは“人”という点です」と山岡氏は力を込める。「それこそが、飲食店に足を運ぶ大きな理由であり、もし接客が悪ければ、どんなにおいしい料理を出していても客は離れてしまうでしょう。その意味でも、特に中小の外食企業はIT・機械化に投資をするよりも、まず接客の質を向上するための教育や施策に注力し、“人”をキラーコンテンツにしていくことが、戦略として実効的だと考えます」。
この先どれだけ技術が進歩しても、外食における“人”の価値は変わらない。だからこそ、従業員が働きがいを実感できる環境を整備しながら、生産性も向上していくことが、外食業界全体の極めて重要な課題と言える。