2019/04/23 特集

大手企業の取り組みに学ぶ これからの外食(2ページ目)

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外食大手の取り組みに学ぶ①/ロイヤルホールディングス株式会社

直面する生産性向上と働き方改革。解決に向け、新たな取り組みにチャレンジ

次世代に向けたR&D店舗
GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店

東京都中央区日本橋馬喰町1-5-4 中庄ビル1F
https://r.gnavi.co.jp/2msv6yes0000/

淡いイエローが目を引くカフェ&バル。店内の床やテーブルはコンクリートでスタイリッシュな雰囲気
常務取締役 イノベーション創造担当 食品事業担当 野々村彰人氏
1978年、ロイヤル株式会社(現ロイヤルホールディングス株式会社)入社。2016年に同社常務取締役企画開発担当に就任。昨年よりイノベーション創造担当。

IT・ロボティクスを活用し、人は付加価値の創出に集中

 1951年に創業し、「ロイヤルホスト」や「天丼てんや」をはじめとする外食チェーンを展開するロイヤルホールディングス株式会社。外食事業のほか、ホテル事業、空港・高速道路・病院などで食を提供するコントラクト事業、機内食事業、社内外の様々なニーズに応え、食品を開発・製造する食品事業の5つを展開する。そして、それぞれにおいて「日本で一番質の高い“食”&“ホスピタリティ”を提供する」ことをグループのビジョンとして掲げている。

 このビジョンを追求していくうえで、現在、同社が課題に据えているのが、「生産性向上」と「働き方改革」の両立だ。背景には、外食業界全体が近年直面する人材難の問題がある。特に、人手不足の影響から店舗責任者への負荷が大きくなっていることを重要視。この問題の解決を図りながら、次世代のビジネスモデルを模索する狙いで2017年11月、東京・馬喰町にオープンしたのが「GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店(ギャザリングテーブルパントリー バクロチョウテン)」だ。

 同店は、800以上あるグループ全店舗の中で唯一、ホールディングスの直轄で運営されている。店舗開発を手がけた常務取締役の野々村彰人氏は、その理由について「この店は、新しいテクノロジーやメニューを実験するための店舗です。収益を追求することよりも、各種施策の効果を分析・検証し、事業の枠を超えて横展開していくことを最大の目的にしているため、あえて1つの事業に属すのではなく、ホールディングス直轄にしています」と説明する。野々村氏が責任者を務めるイノベーション創造部では、グループが直面する様々な課題に対してイノベーションによる解決を目指し、売上や損益についてはあまり意識せず、思い切ったR&D(研究・開発)を進めていくことをミッションにしている。

 今回の店舗開発にあたり、野々村氏が最初に描いたのは、気の合う仲間や同僚、家族が思い思いに集い、時間を共有する「GATHERING」という基本コンセプトだ。さらにもう1点、従来の店舗とは大きく異なる方針を固めていた。「『ロイヤルホスト』のように、1店舗に店長と料理長を配置するのではなく、店長1人だけで運営する“ワンマネジャー体制”にしようと最初から決めていました。それを可能にするための方法を考え、最終的にたどり着いたのが、スタッフは人にしかできない、おもてなしなどの付加価値を生み出す業務に集中し、それ以外の間接業務は極力ITやロボティクスに置き換える、ということでした。具体的には、完全キャッシュレス化やセルフオーダーシステムの採用です」と野々村氏は語る。つまり、キャッシュレスの実験店を作ることが目的ではなく、人手不足が深刻化する現場の負荷を軽減させる施策の1つとして、現金を一切扱わないという決断を下したのだ。

 さらに、出店場所として選んだ物件にはいくつか制約があった。もともと飲食店向けの物件ではなかったため、業務用ダクトなどの設備がなく、仮に新設するとなるとかなりの費用がかかることが判明。そうした事情から、店内で火や油を使わず、自社のセントラルキッチンを活用したメニューを提供しようと方向性を固めた。その結果、同店における研究・開発のテーマとして、「IT活用による店長業務の効率化」「キッチンオペレーションの改革」「設備のコンパクト化による出退店の迅速化」の3つの柱が定まった。

「GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店」では、店頭で大きく「CASHLESS」をアピール。クレジットカード、電子マネー、QRコード決済が可能なことをイラストでわかりやすく表示する

完全キャッシュレス化でレジ締め業務が瞬時に完了

 「GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店」での、入店から退店までの流れは以下の通り。

 まず来店した人が席に着くと、スタッフがセルフオーダー用のタブレット端末を渡し、キャッシュレス決済であることやオーダー方法を説明。来店客はタブレット端末でメニュー写真を見ながら、画面をタッチして料理やドリンクをオーダーする。支払いはタブレット端末の画面上で、クレジットカード、電子マネー、QRコード決済から選択。カードや電子マネーの場合は、スタッフがモバイル決済端末を客席に持参し、その場で対応する。QRコード決済の場合はスタッフを呼ぶ必要がなく、スマートフォンにQRコードを表示し、来店客自身がオーダー用タブレットのカメラで読み取って支払いを完了する。グループでの個別会計にも対応し、1人ずつ決済方法が異なってもスムーズな処理が可能。また、メニューの注文があったときやスタッフを呼びたいとき、支払いの依頼があったときは、スタッフのスマートウォッチに通知が届き、どのテーブルから呼ばれているかわかる仕組みだ。

 現金の取り扱いをなくしたことによる変化は顕著に表れているという。「最大の効果は、従来、約40分かかっていた店舗でのレジ締め作業がなくなったことです。これを含め、店長の1日の業務割合として、管理・事務業務がグループ内の他店舗では19.0%のところ、5.6%になりました。釣り銭を用意する手間や、現金を管理することに対するプレッシャーもなくなり、店長の拘束時間だけでなく、精神的負担も大きく減らすことにつながりました。また、来店客にとっても会計時、レジに並ぶ必要がないというメリットがありますし、レジスペースが必要ないので、ゆったりと客席をレイアウトできます」と、野々村氏は成果を強調する。

  • タブレットを使ったオーダーシステムは、初来店でも直感的に操作可能。オーダーは即座にキッチンのモニターに表示される
  • スタッフ全員がスマートウォッチを着用。客席からの呼び出しやその対応状況などを、常に手元で確認し、情報を共有する
  • QRコード決済での会計は、スタッフによる操作が不要。来店客自身がスマートフォンで支払いをするだけで完了する
  • 接客サービスに集中できる店舗の環境は、スタッフにとっても働きやすさや、やりがいの実感に結びついているという

 当初は「完全キャッシュレス」という試みが注目を集めたが、オープンから約1年半経ち、「GATHERING」をコンセプトにした居心地のよい内装やインテリア、気兼ねなく自分たちのペースでオーダー、決済ができる使い勝手のよさなどが受け、リピーターも着実に増加中。利用シーンは様々で、客層の年代も幅広い。ランチは周辺のオフィスで働く人たちで溢れ、その後の時間帯は、コーヒーを片手にパソコンで仕事をする1人客の姿も。ディナーは、食事とワインを楽しむグループやカップルなど、それぞれが違和感なく、快適に過ごせる空間になっている。

 決済方法の割合は、クレジットカードと電子マネーが各4割ほどで、QRコード決済が残りの約2割。特にQRコード決済はここ最近の伸びが大きく、今後も拡大すると見込んでいる。オープン間もない頃は、決済処理が集中したときなどに、Wi-Fiがつながりにくくなるということもあったが、現在は設備の増強により、問題はほぼ解消。万が一、システムトラブルや停電が起きた際は、状況に応じて対応するが、基本的に現金は受け取らないという。

セントラルキッチンを活用してキッチンオペレーションの改革を実現!

最新の調理機器を導入し、調理時間の短縮に成功

 「GATHERING TABLE PANTRY」ではキッチンイノベーションにも取り組み、セントラルキッチンを主体にした商品開発が行われていることも特徴だ。これまで「ロイヤルホスト」では、主にソースやスープ、煮込み料理など時間のかかる調理に関してのみ、セントラルキッチンで食材の下処理や調理を行ってきた。それに対して「GATHERING~」では、セントラルキッチンの活用度をさらに高め、店内のキッチンでは火や油を一切使わずに料理を提供している。

 それを実現するのが、最新の調理機器だ。加熱調理で主に使用するのは、マイクロウェーブコンベクションオーブン。これは、電子レンジ、コンベクションオーブン、グリルの3機能を備えており、パナソニック株式会社との共同研究により、熟練した料理人が調理する場合と同じ食感や仕上がりになるよう、メニュー別に加熱工程や時間が細かくプログラムされている。「料理人が調理したものと、オーブンを使ったものを何度も食べ比べながら、味を忠実に再現できるように微調整を重ねました。比較的順調に進んだオニオングラタンスープでも試作回数は40回以上。オープン時のメニューのプログラミングを終えるまでに、約4カ月かかりました」と野々村氏は明かす。

  • オーブンに入れた後は別の作業ができるため、基本的に1人でキッチンを回せるのも特徴
  • オーブンには各メニューの加熱工程や時間などがプログラミングされており、メニューに合わせて調理キーを選ぶだけ
  • セントラルキッチンで調理・冷凍加工されたパスタを、店舗で袋のまま湯せんする。火も油も使わないキッチンは清潔で静かだ
  • 入口近くのケースで持ち帰り用の冷凍ミールを販売している。レストランの味を家で手軽に楽しめると好評だ

 このほか、キッチンで行うのはセントラルキッチンから冷凍配送された商品を湯せんで解凍したり、生野菜を盛り付けたりといった作業。例えばパスタメニューなら、ソースと和えた状態で冷凍加工してあり、袋ごと湯せんすればアルデンテに仕上がるよう、綿密に計算されている。長年に渡って培われたセントラルキッチンのノウハウを活用することで、店舗での調理工程を短縮すると同時に、高品質な料理を提供することが可能になった。

 「当社のセントラルキッチンは工場ではなく、ベテランのコックが大きな調理機器を使って調理しています。つまり、コックレスを進めているのではなく、セントラルキッチンで作った質の高い料理を、時間と場所を変えて店舗で提供するイメージです」(野々村氏)。店内では、セントラルキッチンで製造した冷凍食品も販売。また今後は、油を使わないフライメニューを提供できるような、新たな調理機器の導入も目指している。

  • パッケリ~海老のクリームソース 626円 大きな筒状のパスタ「パッケリ」は、湯せん解凍を経て最適な食感に仕上がるよう緻密に計算されている。モチモチ感が絶妙だ
  • チキンのハーブグリルとレンズ豆~バジルソー ス734円 オーブンで加熱したとは思えないほど皮はパリッと香ばしく、中はジューシー。まるで直火で焼き上げたような味わいと食感が人気

 同店のキッチンはコンパクトに設計されているうえ、オーブンや湯せんの加熱調理は絶えずそばで見ている必要がないため、基本的に1人でキッチンを担える。その結果、全40席の店舗運営に必要な人員は、キッチンとホールを合わせて2~3名。ピーク時でも4名で十分に対応できるという。

 こうした省人化に加え、新人スタッフの育成に要する時間も大幅に短縮。従来店舗よりも覚えることが少なく、1日あれば会計やオーダーの手順を習得できる。また、ホールとキッチンのクロストレーニングを行っているため、短期間で調理も含めた店内の基本業務をすべて覚えることが可能だ。「当初の狙い通り、IT化によってできた時間を、お客様とのコミュニケーションやホスピタリティの充実に費やすことができます」と野々村氏。各スタッフが、自分なりの視点や工夫でサービスの向上に努める風土が根付きつつある。

 「外食で働く人の多くは、接客や料理を通してお客様を喜ばせたいという想いが根底にあるはず。様々な管理・報告業務から解放されることで、品質やサービスの向上におのずと集中できることを実感しています」(野々村氏)。また、火も油も使わないクリーンな職場環境や、早い段階から戦力として活躍できることも、スタッフの定着率の高さに結びついている。

研究開発の成果を活かした、新店舗を浅草にオープン

 「GATHERING~」での研究・開発の成果を、既存事業に展開した新たな実験店舗も立ち上がった。それが2018年10月、東京・浅草にオープンした「大江戸てんや」だ。「天丼てんや」のなかでも訪日外国人客が9割を占める浅草雷門店を、完全キャッシュレス化してリニューアル。さらなるIT活用で店舗業務の軽減を推進し、独自に開発したモバイルPOSにより、注文・会計・調理・提供までを一元的にサポートする。来店客は、まず入口を入ってすぐの場所に設置された4カ国語(英語・中国語・韓国語・日本語)対応のタブレットで注文。続いてキャッシュレスで支払いを済ませる。決済方法はクレジットカードや電子マネーのほか、「Alipay(アリペイ)」などモバイル決済にも対応。商品の受け取りや、食器の片付けはセルフのため、少人数で運営できる。

 もう1つの取り組みは、ユニバーサルなキッチンオペレーションだ。シニアや外国人スタッフでも調理がしやすいよう、キッチンディスプレイでの調理指示を、それまでの商品名(文字)からイラストに変更。商品ごとに天ぷら食材の組み合わせ、数、盛り付け方がイラストでわかりやすく表示される。

 現在、スタッフ8名のうち3名がベトナム国籍で、短期間で仕事を覚えられるだけでなく、「間違えずに作業ができる」ことへの安心感がスタッフの明るい表情に表れているという。年齢や言語の異なるスタッフ同士がストレスなく働ける環境作りと、天ぷらの品質向上の両方を実現したかたちだ。

 ちなみに現時点で、グループ全体での完全キャッシュレス化の予定はないという。「現金利用が8割近くという現状では、完全キャッシュレス化の導入は現実的ではないと考えています。キャッシュレス化は業務の軽減につながる一方で、お客様にとっては利用のハードルが上がってしまうのも事実。そのため、今後はキャッシュレス化以外で、店舗での現金管理業務をなくす方法を探っていきたいですね。例えば、お客様自身で現金を入金いただく、セミセルフレジの導入も行っていきます」と野々村氏は話す。

 2つの実験店舗では今後も引き続き、新たな課題への対応やさらなる進化のための機能追加・改善を行っていく予定。また、ホールディングスと事業会社との連携プロジェクトや情報共有を、積極的に推し進めていく。

 「これまで実験店舗で蓄積してきた知見や経験と、各事業会社の方針・方向性をすりあわせながら、グループ全体の生産性の向上や働き方改革への取り組みを本格化していきます。今後も様々な取り組みを続けながら、絶えず進化していきたいと考えています」と、野々村氏は力を込める。

ITを活用した「天丼てんや」のチャレンジ店舗
大江戸てんや

東京都台東区雷門2-18-15 TS ビル1F

観光名所・浅草雷門の近くに、昨年10月オープン。外国人客が9割を占めるため、和をイメージした外観で「TENDON」をアピール
  • キャッシュレスのレジ(左)と注文用の多言語タブレット2台が並ぶ。モバイルPOSで注文・会計・調理・提供までをサポート
  • 注文と会計を終えた来店客は、店内モニターで自分の番号を確認し、商品を受け取るシステム。食器の返却もセルフ方式を採用した

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