2019/04/23 特集

大手企業の取り組みに学ぶ これからの外食(3ページ目)

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外食大手の取り組みに学ぶ②/モスバーガー

アプリを利用した採用制度「リファモス」を促進。定着率が大幅に向上し、効果を実感

「モスバーガー」1号店は1972年にオープン。現在、1300店舗以上を展開する
株式会社モスフードサービス 総合企画室 経営企画グループ付グループリーダー 田口学俊(たかとし)氏
1998年、株式会社モスフードサービスに入社。2013年に株式会社モスストアカンパニーに出向し、取締役総合サポート部長としてリファラル採用などの課題解決に尽力。今年4月より現職。

SNSアプリを活用した紹介採用制度「リファモス」

 様々な業界で人手不足が大きな問題となっている昨今、注目を浴びつつあるのが「リファラル採用」。これは、すでに自社で働いている従業員の人脈を活かし、推薦・紹介をしてもらう採用方法で、海外では積極的に導入している企業も多い。株式会社モスフードサービスが100%出資する子会社で、ハンバーガーチェーン「モスバーガー」を全国で200店舗以上運営する株式会社モスストアカンパニーも、2017年5月より、「リファラル採用」の専用アプリを活用した「リファモス」制度を開始。これまでに着実な成果を上げている。同社の前取締役で、「リファモス」という新たな取り組みを推進した田口学俊氏に、人材採用に関する取り組みについて話をうかがった。

――「リファモス」を始めるに至った経緯を教えてください。
田口 もともと、モスストアカンパニーにはキャスト(アルバイト・パート)が友人や知人を紹介する制度はあったのですが、きちんとシステム化されておらず、店舗ごとの対応になっていました。どの店舗の誰が紹介者で、紹介されて入店したキャストは誰なのか、本社の人事で全200店舗以上の現場の状況をすべて把握するのは難しく、結果、それぞれの店長任せとなっていたのです。そのため、店長には通常の店舗業務に加え、キャストへの紹介依頼や、面接までの応募者とのやり取りなどの負荷がかかり、紹介してくれたキャストへのインセンティブの渡し忘れも発生するなど、制度としてうまく機能していない状態でした。

 一方、人事としても、広告媒体に大きな費用をかけて採用活動を行っても、結果が伴わない場合が多いことも実感していました。売り手市場が続き、高齢化も進む現状。今後、人材獲得がますます難しくなるなかで、より効果的な採用方法を模索していました。

 そんななか、例年、モスストアカンパニーでは10名前後の新卒正社員を採用するのですが、3年前の採用者のうち9名が、「モスバーガー」でのアルバイト経験者でした。また、年間25~30名ほど採用する中途社員も、その7割以上が「モスバーガー」で働いたことがあるとわかっていました。この数字を見て、広告媒体を使った“外向き”の採用活動を、内側に目を向け、「紹介」に転換するべきと考えました。タイミングよく、リファラル採用のアプリ開発会社との出会いもあり、2017年5月の中途入社の紹介採用から本格的に導入。現在、社内で「リファモス」と名付けて運用しています。

――「リファモス」は、具体的にどのように運用されているのでしょうか。
田口 まず、モスストアカンパニーが運営する「モスバーガー」で働く社員、キャストに、スマートフォンに専用アプリをダウンロードしてもらいます。ダウンロードしてくれた人(リクルーター)は、アプリ上にある人事からの求人情報を随時、確認することができます。それを見たリクルーターが、友人や知人に情報を紹介できる仕組みです。操作も簡単で、リクルーターがアプリを開き、求人情報を友人に紹介したいと思ったら、「紹介する」をタップ。すると、各種SNSのアイコンが出てくるので、そこから友人のアカウントを選択するだけです。情報を紹介された友人が求人に応募した段階で、紹介したリクルーターの元には、友人を推薦する「紹介コメント」の依頼が届きます。紹介した側としては、友人が応募してくれたからには採用に至ってほしいと思うので、例えば、「以前はスーパーでレジを担当していたので即戦力です」など、高校生のキャストも熱心に「紹介コメント」を書いてくれます。これはうれしい驚きでした。

 応募と紹介コメントを本社の人事が確認したら、該当店舗の店長に「応募があったので、面接してください」と連絡する流れになります。実際は店長に連絡をとった段階で、紹介者である店舗のスタッフから、すでに応募者の話を聞いている場合が多いですね。

地道な説明を繰り返し、リファモスの利用を促進

 「リファモス」はまさに、SNS時代に即した人材の採用方法といえるが、リクルーターとなる社員・キャストが、アプリをダウンロードするというアクションを起こさないことには始まらない。そのハードルはどのようにクリアしていったのだろうか?

――新たな採用方法をどのように周知し、浸透させていったのですか?
田口 エリアをまとめるスーパーバイザーや店長たちに、地道に説明することから始めました。我々「モスバーガー」においても働き手の確保が最優先の課題であり、危機感は共有しているので、そこから「リファモス」の必要性や意義について、繰り返し説明しました。現場の社員が集まる事業方針説明会のほか、全国で年70回ほど行っている各エリアの社員研修にも足を運びました。研修後の懇親会にも顔を出し、お酒を飲みながら熱く語りましたよ。こうしたことを続けながら、少しずつ「リファモス」の目的の共有や理解が進み、徐々に浸透していきました。

 実際に「リファモス」を活用した店長たちは、その利便性、効率性を実感していると思います。広告媒体にアルバイトの求人募集を出し、応募者の履歴書を確認して、何回かのやり取りを経て面接日を設定しても、当日、面接に来なかったり、会ってみたけどミスマッチだったりということを、それまで多くの店長が経験しているのです。そこにかかる時間や労力、コスト、ストレスは現場でかなりの負担になっています。一方、「リファモス」では、応募者はすでにその店舗で働いているスタッフからの紹介がほとんどですから、面接までのやり取りもスムーズですし、ドタキャンして面接に来ないなんてことはほとんどない。そうなれば、店長自身はもちろん、ほかのスタッフへ「リファモス」活用を促す声がけも、自然と積極的になりますよね。

 同時に、人材の入れ替えが多い時期には「春リファ」などと銘打って、人材紹介のインセンティブが通常の2倍になるなどのキャンペーンも展開しています。これをきっかけにアプリをダウンロードして、リクルーターになってくれる人も多いですね。現在300名以上の社員と、1700名以上のキャストが、「リファモス」のリクルーターになってくれています。

――導入してから約2年経ちますが、採用の成果はいかがですか?
田口 大きな手応えを感じています。「リファモス」での応募者には、事前にリクルーターである友人や知人から、仕事内容や店舗の雰囲気、人間関係まで、様々な情報が伝わっていますし、店長もそのリクルーターから、応募者の人柄や職歴・アルバイト歴などを聞いているので、面接後の採用率は9割以上と非常に高い。始めてから約2年でキャストは392名、中途社員は17名、新卒社員は4名を「リファモス」で採用しており、2日に1名以上リファラル採用している計算になります。

 もう1つ、「リファモス」採用の大きな特徴は、定着率の高さです。リクルーターは友人・知人が入ってくれば、おのずとそのスタッフの教育担当としての役割を買って出てくれるので、教えられる側も居心地のよさを感じるでしょうし、短時間で仕事を覚えることができます。それがほかのスタッフのモチベーションアップにつながり、現場全体の雰囲気もよくなる、というプラスのスパイラルが働いていますね。その結果、生産性が上がり、店長にかかるスタッフ育成への負荷の軽減にもつながっていると感じています。

友人だけでなく、親子・兄弟間の紹介も多い「リファモス」。現場では新スタッフを大切にしようという空気が自然に生まれるという

 さらに、一歩進んで「リファモス」を“深堀する(dig up)”という意味で、「ディグモス」と名付けた取り組みも始めました。「リファモス」では、採用と関係のない、例えば「リファモスがテレビに取材されました」ということや、モスグループの関連イベントの情報なども発信できます。また、誰がどのくらいの人数に求人情報を紹介してくれているかも、リアルタイムでわかります。発信された情報を頻繁に見ている人や、すでに何人も友人・知人を紹介してくれているキャストは、「モスバーガー」や、自分が働いている店舗、仕事内容が好きなはず、と予想できますよね。そこで、そのキャストが働く店舗の店長やエリアのスーパーバイザーに、「その人はどんな人か?」「働きぶりはどうなのか?」「社員になってもらえる可能性はあるか?」などをしっかりヒアリングします。そのうえで、可能性がわずかでもあれば、日本全国どこでも本社の人事が訪ねていき、「正社員として働きませんか」と、直接アプローチしています。このような営業現場への“攻め”の採用活動ができるようになったのも、「リファモス」の大きなメリットだと思います。

本社人事と現場のコミュニケーションが活発化。様々な取り組みで外食の未来を見据える

“採用広報”としての役割が今後はますます重要に

 課題だった人材採用について、目に見える効果をあげている「リファモス」だが、そのほかの面でも導入のメリットを感じているという。

――「リファモス」を始めたことで、採用面以外で効果はありますか?
田口 現場と本社人事とのコミュニケーションが活発になったことです。それは先述のとおり、「リファモス」で現場の採用状況を把握できるようになったことが大きいですね。特に各店舗のキャストについては、これまで人事ではまったく把握できていませんでした。それが「リファモス」の場合、どの店舗のどのキャストが、誰の紹介で入店したのか、また、誰がどのくらい友人・知人を紹介してくれているのかがわかります。また、リクルーターと紹介された人、どちらにも直接メッセージを送ってやり取りができるので、事前に彼らの人となりを把握し、人事の人間が店舗を視察した際に、キャストに声をかける回数も増えました。そういう中から、「ディグモス」で社員を目指してくれる可能性のあるキャストを見つけることもできます。加えて、採用につながる実感を得た店長からは、「今度はこういうキャンペーンをやってほしい」という提案も、本社に届くようになりました。

――今後の「リファモス」の活用について、どのように考えていますか?
田口 これからは、本社人事の“採用広報”としての役割がより重要になってくると感じています。「リファモス」経由で採用されたスタッフと、そのリクルーター、彼ら2人を本社人事が取材し、紹介・応募から採用までの経緯や、実際に働いてみての感想など生の声を、アプリを通じて伝えていく。それを見た全国の店舗のスタッフが、今以上に「リファモス」に興味を持って、積極的に活用してもらえるよう、成功事例をどんどん発信していきたいですね。また、これも「ディグモス」の一環になるのですが、今後は「リファモス」で蓄積したデータを活用し、引越しや妊娠・出産などで退職したキャストや社員の、再雇用へもつなげていければと考えています。

未来の外食業界を見据え、次世代の人材育成も強化

 「リファモス」によって人材獲得に留まらず、社内のコミュニケーションの活性化とスタッフのモチベーションアップ、生産性の向上などを実現している株式会社モスストアカンパニー。その親会社である株式会社モスフードサービスでも、独立支援制度「サンライズシステム」の導入など、未来に向けて様々な取り組みを促進している。

――独立支援制度「サンライズシステム」について教えてください。
田口 飲食の経験を問わず、「モスバーガー」のオーナーとして独立を目指している方を採用し、支援するための制度で、2018年4月から導入しました。3年をメドに独立することを目指し、モスフードサービスに入社後は、モスストアカンパニーに出向するかたちで、実際の店舗勤務や社員研修を通して、「モスバーガー」のオーナーに必要な知識を学ぶことができます。給与をもらいながら店舗運営のノウハウを学ぶことができ、必要な研修も無料で受けられるほか、独立の際にはお祝い金として100万円を支給するなど、様々な優遇制度も用意しています。

 現在、2名がこの制度を利用して経験を積んでいますが、その背景には、次世代の「モスバーガー」を担う若いオーナーを育て、チェーンとしての成長力を高めたいという狙いがあります。

――「モスアカデミー研修」で、人材育成にも注力されていますね。
田口 2015年より、モスグループの永続的な発展に必要な人の力を強化するため、これまで蓄積してきた研修制度を体系化しました。モスで働く人々のキャリアプランを見直すとともに、学びたいと感じたことに自らが積極的に取り組める環境を整えました。役職ごとに最適な研修やセミナーを用意するほか、社員が自主的に学びたいと思った講座を受講できるようにしています。外部の研修機関とも連携して、約300の講座を用意しています。

モスフードサービス、モスストアカンパニー、ともに研修制度が充実。学びと成長をサポートしている

 また、キャリア形成の一環として、モスグループで働くすべての人が、それぞれのライフステージに合わせて仕事と生活を両立しながら、長く働くことができる環境づくりにも取り組んでいます。近年では、産休・育休に入った方もほぼ復職していますし、子どもの就学年次に合わせた時短勤務で活躍している女性社員が、現場スタッフも含め、多数在籍しています。

――シニアや外国人スタッフの採用については、どう考えていますか?
田口 年齢や国籍にはこだわらず、人物重視で採用するというのが基本スタンスです。実際、多くのシニアスタッフが活躍していますが、それは「モスバーガー」が好きで、長年に渡って働いてくれるスタッフが少なくないので、その結果、シニアスタッフの増加にもつながっています。
 また、外国人スタッフも欠かせない人材です。しかし、ただ労働力として採用すればいいというものではありません。きちんとした研修を受け、必要な知識やノウハウを身に付けたうえで、モスの一員として活躍してほしいのです。そのための幅広い研修体制も整える必要があると思っています。

セルフレジ、新業態など、様々なチャレンジを続ける

 2018年に「セミセルフレジ」を導入。今年は、「AIセルフレジ」の実験も開始するなど、人材不足に対応した店舗運営も見据えている。

――セミセルフレジ、AIセルフレジについてもお聞かせください。
田口 「セミセルフレジ」は2018年11月以降、約20店舗に導入しました。お客様は有人カウンターで商品を注文した後、セミセルフレジを操作して現金、クレジットカード、電子マネーなどで代金を支払います。ピーク時にお客様のレジ待ち時間を短縮できるなどの効果があり、今後、導入店舗を拡大していく予定です。

 「AIセルフレジ(無人レジ)」は今年2月、神奈川・横浜の「モスバーガー関内店」で実証実験を行いました。このシステムが画期的なのは、タッチパネルだけでなく、実際に働くスタッフの接客を分析し、モデル化したことで、音声での注文も可能にした点。店員と対話するように、自然な流れで注文をうかがい、お客様の年齢や性別、注文履歴に応じておすすめ商品を提示することもできます。現在、実験は終了していますが、今後の取り組みに活かしていく予定です。

音声注文も可能な「AIセルフレジ」。年齢や性別、注文履歴に応じておすすめ商品の提示も行うなど、“おもてなしをシステム化”

 また、すでに全国に導入した「モスのネット注文」には、2018年7月、「クレジットカード決済機能」など、新機能を追加しました。店舗での会計についても、クレジットカード、交通系ICカードなどには対応済です。QRコード決済などへの対応についても検討中で、外食産業において、キャッシュレス化のニーズはこれからますます高まると考えています。

――新業態のパスタ専門店「mia cucina(ミアクッチーナ)」も開発しましたね。その背景は?
田口 カジュアルに本格的なパスタが楽しめる「mia cucina」は、2016年に1号店をオープン後、現在、愛知、広島、岐阜などに5店舗を展開しています。これはフードコート専門店で、「モスバーガー」以外の、第二の柱となり得る業態として開発。すでに「モスバーガー」を運営している加盟店オーナーが、新たに出店する際の選択肢として用意しました。今後もさらなる出店を進めることで、立地適合性を探っていきます。

フードコート向けのパスタ専門店「mia cucina」。ファミリー、特に女性をターゲットにした店舗デザインにこだわった

――最後に、「モスバーガー」が大事にしていることを教えてください。
田口 モスストアカンパニーの社員に伝えてきたのは、「体験を通じて人生を豊かにしよう」ということ。未体験のことを恐れず、リスクがあったとしても日々、新たな体験、チャレンジをすることで成長し、人生は豊かになるはず。そして、ひいてはそれが組織の成長にもつながると考えています。今後もそういった姿勢で、新たな取り組みに挑戦していきます。

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