ウェルカムな気持ちがあれば、バリアは乗り越えられる
――その後、池田さんは車イス利用者として、貫さんは経営者として、それぞれの立場から“心のバリアフリー”にアプローチしていくのですね。
貫 同じ世田谷区の2号店(尾山台店)は、スタッフルームを少し削ってトイレを広くし、段差もなくしました。池田さんと同じ車イスのお客様が少しでも利用しやすくなればと思ったからです。彼女と出会わなければ、こういう店づくりは考えなかったでしょうね。その後にオープンした渋谷店は居抜きなので改良はできませんでしたが、トイレの幅を測ったら、池田さんの車イスが通れる広さだったので「大丈夫、トイレは入れるよ」と伝えました。
池田 渋谷店に行ったら、段差がある場所ではスタッフに車イスを持ち上げてもらえましたし、トイレも入れました。このとき思ったのが、バリアフリーに関する情報があり、その店のスタッフができる限りのお手伝いをしてくれるとわかっていれば、自分が行ける店はもっと増えるのではないかということでした。それまで「当店はバリアフリーではないので車イスは無理」と言われてきたのですが、ウェルカムな気持ちさえあれば、バリアがバリアでなくなることも多いはずです。店が無理と決めつけるのではなく、こちらに判断させてほしいし、そのための情報を出してもらえばいいのではないかと考えました。
もちろん、何よりも大切なのが、できる限りのお手伝いをしてくれるウェルカムな気持ち。それがある店を紹介したいし、増やしたいと思いました。
貫 すべての店を完全なバリアフリーにしようとすると、経営上はかなりキツイです。でも、できることはしよう、できる限りのお手伝いをしようという意識は誰でも持てます。この“心のバリアフリー”を育んでいけば、広い物件のときはバリアフリーにしようとか、トイレの扉だけでも広くしようと考えるようになるはずです。
実際、「串カツ田中 高田馬場店」(新宿区)はフランチャイズですが、入口から奥まで完全にフラットで、トイレも車イス用に造ってあります。
池田 私はその店で定期的に、仲間と「串カツ田中会」を開いており、重い電動車イスの人も、目の不自由な人もたくさん来ます。お店の人もとても優しくて、本当に楽しい会で、千葉や、都内でも八王子など、遠くからの参加者もいます。みんな機会さえあれば外出したいし、お店で飲みたいのです。“心のバリアフリー”があれば、ハード面でのバリアフリーにもつながるとわかってうれしかったです。
貫 もう1つ、池田さんが店に来るようになって、スタッフの意識が変わったことも大きな変化でした。それまで、自分からお客様へなかなか声をかけられなかったスタッフが、声をかけられるようになりました。池田さんと話したり、車イスの移動を手伝ったりすることで、社会性が養われていると感じられます。私自身も、街中で車イスや目の不自由な人に出会うと、自然に声をかけられるようになりました。
“心のバリアフリー”には大きな力があると確信しています。今では、社内フォーラムや新人研修で、池田さんに講演してもらっています。
「ココロのバリアフリー計画」ホームページ
http://www.heartbarrierfree.com/
飲食業界に応援店が増えれば、社会を変えることができる!
――現在、池田さんは「ココロのバリアフリー計画」を主宰し、貫さんはそのサポーターになっていますね。
池田 飲食店をはじめ、美容院や商業施設などに「ココロのバリアフリー応援店」(以下、応援店)になってもらい、それらを検索できるサイトを運営しています。応援店とは、車イスやベビーカーを利用している人、お年寄りなど誰に対してもウェルカムな気持ちで声をかけ、できる限りのサポートを表明するとともに、バリアフリーに関する情報を提供してくれる店や施設です。
貫 「串カツ田中」創業店が、応援店第1号です。「串カツ田中」はフランチャイズも含めて、全店が応援店になっています。
池田 現在、サイトには約2000店の飲食店が掲載されています。応援店になるには、加盟料として、初回のみ2000円をお支払いいただきます(ステッカーなどのサポートツール代含む)。そして応援店からは入口の段差やトイレの幅などの情報を送っていただき、サイトに情報を掲載しています。ユーザーはお店の情報を見て、自分が行けるかどうかを判断したり、どういうサポートがあれば利用できるのかを考えて準備をすることもできます。今後はより応援店を増やし、もっと多くの人が気軽に外出できるようにしたいです。
車イス利用者が、飲食店を訪れる際に知りたいこと、気になること
貫 ステッカーを店頭に貼り、応援店であることを発信することで、スタッフは車イスの人に声をかけやすくなると言います。日本人は優しいし、飲食店の人はみんな自分の店で楽しんでほしいと思っているはずですが、シャイなので自分から声をかけられないことも多い。しかし応援店になることで、そのハードルが下がるのです。“心のバリアフリー”がもっと広まって、「何かお手伝いすることはありますか?」という一言をかけられる店が増えていくと、社会は必ずもっと優しくなると思います。
池田 貫さんが最初に会ったときに「どうしたらいい?」と聞いてくださったように、その一言が自然に言える社会になるといいなと思います。バリアフリーというと何か大変なことをしなければならないと思われがちですが、“心のバリアフリー”は気持ち1つだけでできるのですから。
うれしいのは、障がいのない友人も、同じ行くなら応援店に行きたいと、サイトを活用してくれていること。応援店は優しいスタッフさんが多いので居心地もいい。特に飲食店は、おいしいものを食べれば元気になりますし、友人や家族と出かければ、日常と違った気分も味わえる大切な場所。私も車イス生活になって、その大切さに気づきました。
貫 外食はいろいろなシーンで利用され、美容室などに比べれば利用頻度も高い。人々の生活に与える影響は決して小さくありませんから、飲食業界が社会を動かすことも十分にありえます。だから、飲食業界に応援店が広がることは、とても大事なことだと思います。それが、この業界ができる社会貢献の1つと言えるのではないでしょうか。
池田 私も応援店を増やすことが自分の使命だと思っています。東京オリンピック・パラリンピックも控えているので、ぜひ多くの飲食店に応援店になっていただきたいと思っています。