2019/10/08 特集

飲食店のESを考える~“従業員満足”向上は顧客満足&生産性アップにつながる!~

飲食店にとってCS(顧客満足度)は重要。一方、最近はCSと同時にES(従業員満足度)の向上にも取り組み、離職率を下げ、業績アップに成功する飲食企業が増えている。ES の専門家に話を聞きつつ、ES向上を図る企業を取材した。

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更新日:2022.9.22

ESのプロに聞く、従業員満足度向上のポイント

 飲食店にとってCS(顧客満足度)は重要。一方、最近はCSと同時にES(従業員満足度)の向上にも取り組み、離職率を下げ、業績アップに成功する飲食企業が増えている。ES の専門家である株式会社ヒューマン ブレークスルー 代表取締役 志田 貴史氏にESの重要性や把握の方法、ES向上に有効な取り組みなどについてポイントを取材した。

ESのプロに聞く、従業員満足度向上のポイント
ESの重要性を知る
ESを把握する
ES向上に取り組む

ESの重要性を知る

株式会社ヒューマン ブレークスルー 代表取締役 志田 貴史氏
1972年生まれ。福岡大学法学部卒業後、経営コンサルタント会社などを経て、2007年に「ESから経営の好循環サイクルを創る」をテーマに株式会社ヒューマンブレークスルーを設立。現在、ESに特化したコンサルティングに注力し、社員数数名の企業から数千名の大企業まで、様々な業種・業界でES診断を行う。また、ESに関する講演などでも活躍。著書に「会社の業績がみるみる伸びる社員満足(ES)の鉄則」(総合法令出版)、「顧客と会社を幸せにするES(社員満足)経営の鉄則」(中央経済社)、「ESで離職率1%を可能にする人繰りの技術」(太陽出版)がある。

今後は“人繰り”が経営の好循環を作る重要なカギに。待遇の改善だけでなく、「信頼残高」でESを捉える

 「ES(従業員満足度)という概念が、日本の企業で経営課題として意識されるようになったのは、大体2000年頃からです」と、株式会社ヒューマンブレークスルー代表取締役・志田貴史氏は語る。志田氏によると、ESとは低成長時代を迎えた1990年代の欧米で生まれた概念。「低成長のなかでもCS(顧客満足度)と生産性を上げ、業績を維持・向上させるためには、働く人々の動機づけが重要とされ、そのために必要な観点としてESが意識されるようになりました」と解説する。

 日本では、まず大企業を中心にES向上の取り組みが始まったが、「10年ほど前は、ESを意識する企業はごくわずかでした」と志田氏。それが近年、中小のなかにもESに取り組む企業が増え始めており、「その背景には近年の人手不足がある」と分析する。人手が足りないために企業の経営課題が達成できず、業績が悪化する状況が生まれているからだ。「これからの時代、資金繰りだけではなく、“人繰り”が重要になるでしょう。そして、ESを高めることで人繰りを有利にしたい、十分な人材を確保したいと考える企業が増えています」と、志田氏は指摘する。

 飲食業界でも、ESに注目する企業が増え始めているという。「特に飲食店にとって、人手不足は業績悪化に直結する重大事案」(志田氏)。人手不足になれば、どうしても商品の提供スピードが遅くなったり、きめ細かい接客サービスができなくなり、急速に顧客離れが進みかねない。「これまで、CS向上を大きく掲げて業績を伸ばしてきた店でも、今後はESも同時に向上させ、顧客だけでなく、従業員にも選ばれる店にならなければ、事業の存続そのものが危うくなる可能性があるのです」と警鐘を鳴らす。

 ESの向上によって定着率が上がり、採用も進めば、人手不足の解消につながる。しかし、ES向上のメリットはそれだけにとどまらない。上の図「ES向上による経営の好循環」が示すように、ES向上によって従業員のモチベーションが上がれば、それがトリガー(引き金)となって生産性が向上し、商品の品質やCSが上がる。そうやって経営パフォーマンスが向上すれば、売上や業績がアップして給料も増え、職場環境の改善につながり、さらにESが向上するというサイクルが実現する。逆にESが低下すると、生産性の低下CSの低下売上減給料減・労働時間増ES低下という悪循環に陥ることに。「ESが低下した結果、従業員が最後に切るカードは“不満退職”。1人の不満退職は退職予備軍を生み出し、負のサイクルを加速します」(志田氏)。離職者の穴をほかの人が埋め続けた末に、その人自身が疲弊して退職につながるケースもある。ES向上が成功するかどうかは、企業の命運を左右すると言ってもいいだろう。

 「ここで気をつけたいのは、ESを単に『従業員の待遇を改善すること』と解釈しないこと」と志田氏。長時間労働や低賃金などを改善することは、言うまでもなく大切。だが、それがES向上ためのすべてではない。志田氏は「ESのバックボーンとして“信頼残高”という考え方」を挙げる。「信頼残高」とは、従業員と会社の関係性において、従業員が会社をどれだけ信頼しているかという視点。信頼残高が多いほど両者の関係性は良好で、会社が乗り越えるべき課題に直面したときや、新規事業を立ち上げようとしたとき、従業員は会社のために積極的に力を発揮しようとする。逆に、信頼残高が少なかったりマイナスだったりすると、会社がいくら従業員を鼓舞しても、彼らは会社の思うように働いてくれない。そればかりか、ちょっとしたことがきっかけで離職につながる危険性もあるのだ。つまり、信頼残高が多いほどESが高いということでもある。

 では、信頼残高を増やすにはどうしたらよいのだろうか。「信頼は目に見えません。個々の企業や個人によっても、また時代によっても違いがあります。従業員にとって何が信頼残高を増やし、何が減らすのかを把握し、信頼を増やすための施策を追求すること。また、信頼を減らす原因を取り除くことが大事です。そうやって経営基盤を強固にするために、ESをマネジメントしていくべき」と志田氏は呼びかける。

 同時に、「信頼残高を増やすためのアプローチとして“非金銭報酬”の重視」を提唱する。会社から従業員への報酬には金銭報酬と非金銭報酬がある。前者は主に給料や賞与、後者には仕事のやりがいや自己成長などが含まれる。「金銭報酬が多いことを不満に思う人はいないので、多いに越したことはありませんし、金銭報酬が増えれば、モチベーションは上がるでしょう。しかし、金銭報酬はどこまでも上げ続けることはできないですし、しばらくするとそれが当たり前になってしまうなど、満足感は長続きしません」と志田氏は話す。さらに、「会社を選ぶときは金銭報酬を重視し、辞めるときは非金銭報酬に関する不満が原因のことが多い。だからこそ非金銭報酬に着目し、戦略的な取り組みが必要」と付け加える。

 では、自店のESを向上させるためには、まず何から始め、どのような考えで進めていけばいいのか。次ページから具体的に見ていこう。

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ESを把握する

始めの一歩は、自社のESの現状を正確につかむこと。ESの「5因子10要素」に基づき、組織の健康診断を

 ESの向上を図るためには、「まず、現状を正確に把握することが欠かせません」と志田氏。前ページで紹介した、従業員の会社に対する信頼残高を増やすためには何が必要で、減らさないためにはどうすればよいのかを、自社・自店の現状に沿って具体的に明らかにすることから始めよう。

 そのために提案するのが、下図「ESロジックツリー」に基づいて、自社・自店の「ES診断」を実施すること。志田氏は、現代日本のビジネスパーソンの状況や価値観、これまでのES診断結果などを分析し、ESの構成要素を「5つの因子」と「10の要素」に分類。これをまとめたのが、「ESロジックツリー」だ。この構成要素に沿って、自社の実態に即した従業員向けESアンケートを作成し、調査分析することで、ESの実態が浮き彫りになる。

 まず、志田氏がES診断でもっとも重要と位置付けるのが、「ビジョンへの共感」。ここで、自社の「経営理念・方針」が従業員にどれだけ浸透しているか、「事業戦略・運営」をどれだけ認識しているのかを診断する。「ビジョンへの共感が高いほど、ESも高いというデータが出ています」(志田氏)。

 次に「マネジメントの適切さ」では、従業員に対するマネジメントについて「上司のマネジメント」と「人事評価」の2つの側面から調査する。特に、「上司のマネジメント」は重要で、ESの大きな課題になることもあれば、逆に上司から認めてもらう“承認感”が非金銭報酬として機能するケースもある。

 「参画への充実度」では、自社で働くことに、従業員がどのくらいポジティブな感情を持っているかを診断する。仕事そのものへのやりがいの度合い(仕事内容)とともに、仕事によって成長できているか、今後も成長することができると思うか(自己成長)、あるいは将来のキャリアデザインをイメージできるかなどが含まれる。

 続く「企業風土の最適さ」では、社風がESにどのような影響を与えているのかを把握する。組織の文化や風土はいい影響を与えることもあれば、その逆もある。そこで、適切なコミュニケーションが取れているかどうか、また、会社内で常識となっていることが、社会や世間の考え方と乖離していないか、組織風土を従業員はどう捉えているのかを明らかにする必要がある。

 「就業環境の快適さ」には、職場環境と労働条件の2つの観点がある。職場環境とは主にハード面で、仕事に必要な機器の整備、オフィスの収納や動線、空調や衛生状況などが対象。飲食店ではバックヤードの快適さも含まれる。労働条件は、就業時間や休日、業務負担の適切さなどを把握する。

 こうして、抽象的な概念のESを体系的に整理したうえで、自社に即した項目で診断を実施するよう、志田氏は推奨する。また、この診断は「全従業員を対象に年1回は実施するべき」(志田氏)。定期的に行うことで、ESの改善状況が確認できるからだ。

 ただし、ES診断をより的確にするためには、アンケートの設計と運用においてポイントがある。

 その1つが「設問への重要度も聞くこと」。例えば、「上司マネジメント」について満足度を聞くと同時に、この設問内容を、従業員がどのくらい重要だと考えているかも併せて聞くようにする。満足度と重要度をクロス分析することで、ES上の緊急性や優先順位のほか、会社の強みや弱みが明らかになるからだ。満足度が低いものがすべてすぐに対処しなければいけない問題ではなく、満足度が低く、重要度が高いものが現状、従業員のESに大きく関わる領域と考えられるので、優先的に改善策を講じる必要がある。一方、満足度も重要度も高いものは現状、非常にうまくいっており、会社の強みになっていると考えられる。この強みを認識し、さらに伸ばすことで従業員の信頼残高を増やことができる。

 また、10要素のアンケート項目に対して、それぞれフリーコメントの欄を設け、従業員の生の声を収集することもポイント。満足度と重要度の数値化だけでは、その背景や原因を知ることは難しい。フリーコメントを集めて具体的な状態を知ることで、必要なアクションや改善策が打てるのだ。

 加えて、アンケート調査の結果と診断の内容を、必ず従業員にフィードバックすることも大切。「アンケートを通じて、様々なボールが従業員から会社側へ投げられたわけですから、それを会社から従業員へ投げ返さないと、返って信頼残高を減らすことにつながります」と志田氏。そもそも、ES向上は会社側だけの取り組みでは実現しない。フィードバックを通じて従業員にも行動提起を行い、会社と従業員がともにES向上に取り組むことを勧めたい。

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ES向上に取り組む

理念の浸透が重要。ESマネジメントは採用段階から! 重視すべき視点を知り、組織的として実践する

 自社のESを診断し、いよいよES向上に取り組むとき、志田氏は「特に重視してほしい視点がある」と語る。

 まず、経営理念や方針を浸透させる重要性を認識し、その方法を工夫すること。企業のなかには経営理念や方針は定めていても、それを価値観や行動指針にまで落とし込んでいないことがある。下の図「経営理念体系」にあるように、価値観や行動指針が土台にあってこそ、理念・方針が機能する。この理念と方針を単なる謳い文句で終わらせないために、価値観を定め、行動指針を文書化し、従業員が常に意識できるようにすることが大切だ。

 「そのために効果的なのが、価値観と行動指針は従業員を巻き込んで一緒に作成すること」と志田氏。これによって価値観と行動方針の中身がグッと身近になるからだ。また、価値観や行動指針を人事評価と連動させる方法も有効。人事評価には、売上高や営業利益額など数値項目で評価する「定量評価」と、行動指針などの非数値項目で評価する「定性評価」があるが、定性評価を位置付けることで、理念・方針を意識するよう促すことができ、浸透性が高くなる。また、数値だけでなく行動にも注目していることが従業員に伝わるので、信頼残高の上積みにもなる。

 人事評価制度の在り方も重視したい。志田氏の分析によると、人事評価に関するES診断の結果は、「満足度が低く重要度は高い」か、「満足度が高く重要度は低い」のどちらかになることが多い。下の「ESポートフォリオ分析」に照らすと、「重点改善項目」と「維持項目」に該当する。つまり、自分の評価に満足している人は現状の評価制度を重要視せず、逆に評価に不満がある人は、評価制度を重要視する傾向が強いということだ。「ここからわかるのは、人事評価制度はESポートフォリオ分析の『強み維持項目』にはなりにくいということ。したがって、会社としては不満因子の改善に努めつつ、左上の満足度が高く、重要度が低い『維持項目』に持っていくことを目標にするべき」と志田氏。一貫性と整合性のある評価制度を冷静に構築することが、従業員のES向上に有効と言えそうだ。

 ただし、飲食店では人事評価制度そのものが存在しないことも少なくない。その場合でも、「まずは行動指針とリンクさせた評価項目を作ることから始めるとよいでしょう」と志田氏。人事評価制度は必要なものだが、緊急性はさほど高くないので、少しずつでも確実に整備することが求められる。

 さらに、ES向上にとって避けて通れない課題の1つが「上司マネジメント」へのアプローチだ。「上司のマネジメントに関する診断項目が、多くの会社で重要度の高いベスト3に入っている現実があります」と志田氏。上司の不用意な言動が、どれだけESを低下させているのか、気づいていない経営者は少なくない。飲食店の場合も、スタッフに対するマネジメントは店長に一任されていることが多く、店長の言動に問題があっても気がつかなかったり、放置されたりしてESが低下し、退職者が出るまで経営者が認識できないことがある。「上司のマネジメントが改善されると、従業員は職場の風景が違って見えるもの」(志田氏)。それほど重要なので、「上司マネジメント」の課題が浮き彫りになったら、該当する上司の行動特性を変革するプログラムなどに会社主導で取り組み、決して現場任せにしないことが肝心だ。

 そのほか、「仕事を通じた自己成長」や「仕事のやりがい」についても、個人の資質に頼らず、仕組み化が大切。飲食店では、清掃や食器洗いなどの仕事が店を支える価値あるもので、重要性が高いことを常に確認して動機づけをすること。また、研修などで調理や接客のスキルアップをサポートすることも必要だ。志田氏は「サービス業では毎日の目標を立て、上司とともに達成度を振り返るようにすると、仕事への前向きな気持ちを引き出しやすい」と話す。さらに、部署や店舗を超えた従業員同士の交流を図ることもES向上につながるので、検討してほしい。

 最後に、志田氏は「ESマネジメントの第一歩は採用段階にある」と断言する。例えば、面接で給与など待遇の話ばかりになってしまうと、労働条件だけで会社とつながる人材を採用してしまう可能性がある。会社の根幹である経営理念や方針に共感・納得したうえで採用すれば、ミスマッチを避けることができる。ESにとって、採用活動も重要なポイントなのである。

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