2020/02/18 特集

【前編】注目シェフ クローズアップ 料理界の若き旗手にいま聞きたい、10 のこと。

いま注目を集める8名の料理人。様々な分野で活躍する彼らは、これまでどんな道を歩み、日々どんなことを考え、どんな未来を描いているのか。10の質問でそれぞれの素顔を解き明かす。前編では4名のシェフを紹介する。

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【虎白】店主 小泉 瑚佑慈

小泉 瑚佑慈(こいずみこうじ) 1979年、神奈川県生まれ。調理師専門学校を卒業後、日本料理「岡ざき」で石川秀樹氏に師事。2003年、石川氏が独立・開店した「神楽坂 石かわ」に、創業から従事。2008年、「虎白」の店主となり、キャビアやトリュフなども巧みに取り入れた日本料理を探求。「ミシュランガイド東京2016」で国内最年少三つ星シェフとなり、以降、最新の2020年まで5年連続三つ星を獲得中。
虎白(こはく)
東京都新宿区神楽坂3-4
https://kagurazaka-kohaku.jp/
東京・神楽坂の路地に佇む24席の日本料理店。日本料理の軸をぶらさずに、その新たな魅力や価値を追求する。ディナーのおまかせコースのみで、調理の様子を間近で見られるカウンター席も人気。

料理人を目指したきっかけ

 高校生のとき、調理師専門学校へ見学に行く友人に付き合い、体験入学にも参加して、料理人もいいかなと思ったことが始まりでした。実は当時、料理に対して特別な思い入れはなく、卵もうまく割れなかったほど。ただ特段器用だったわけでもないのですが、身に付けた技術で人に喜んでもらえる仕事ができたらいいなあと、漠然と考えていたのは確かです。父は銀行員でしたが、祖父は煎餅店の経営を経て設計の仕事を始め、母方の祖父は大工の棟梁。2人の祖父にどこか共感していたのかもしれません。調理師専門学校に入学した際には、この道でしっかり生きようと決意し、早く技術を身に付け、上手に料理を作れるようになって、役に立ちたいと思っていました。日本料理を選んだのは、単純に日本人だからです。でも、季節に合わせて器を選び、しつらえに工夫を凝らす日本料理のありようを教わり、奥深い素敵な世界だと感じるようになっていきました。卒業後の1年間は、東京・新宿の割烹料理店で働き、その後、縁あって石川秀樹さんが料理長を務める日本料理店「岡ざき」(東京・八重洲)に入店。休憩時間も包丁を研いだり、野菜の切れ端で刻みの練習をしたりと料理浸けの日々でしたが、嫌だと思ったことも、苦に感じたこともありませんでした。

独立の経緯と独立で重要だと思うこと

 2003年、石川さんが「岡ざき」から独立するときに誘っていただき、「神楽坂 石かわ」(東京・神楽坂)に創業から携わりました。5年後、そろそろ自分の店を持ちたいと考えていたとき、「神楽坂 石かわ」の移転が神楽坂内で決まり、もとあった場所に姉妹店を出すことになりました。それが「虎白」です。オーナーは石川さんですが、店主は私。サポートを受けつつ、28歳のときに社内起業のような形態で、独立を果たしました。オープン当初の料理は、今よりイノベーティブ(革新的)でしたね。椀物であれば、あえてガラスの器に盛り付けることで視覚的な驚きを誘ったりもしました。当時を振り返ると、気恥ずかしくなりますが、このときの冒険的な試みがあったからこそ、今の「虎白」につながったのかもしれません。

 自分の店を持つときに大切なのは、支えてくれるすべての人への感謝の気持ちを忘れないこと。最終的に一皿を作るのは料理人ですが、命をかけて食材を生み出す漁師や生産者、それをいい状態で運んでくれる業者、お客様にサーブする店のスタッフらがいて、初めて成り立つのが飲食店です。みんなに、「虎白」と仕事ができて幸せだと思ってもらえてこそ、お客様にも喜んでもらえる店になるのですから。

食材の新たな魅力を引き出し、“振り切った感動”を創造したい(小泉氏)

自身の料理スタイル

 「虎白」をオープンするとき、「ここでしか食べられない日本料理」でお客様に喜んでほしいと考えました。出汁を引き、旬の食材を活かすという日本料理の軸は崩さずに、食材の新たな魅力を引き出すため、トリュフやキャビア、フカヒレなど日本料理では使われてこなかった食材も取り入れ、バターやチーズを使ったり、味噌やしょうゆの使い方を工夫するなど試行錯誤を重ねました。予想ができるおいしさではなく、初めて出合う味わいを創り出してこそ、お客様に「振り切った感動」を持ってもらえるはず。例として、「虎白」の看板料理の1つである「鮎の塩焼き」は、トリュフソースで提供し、斬新なおいしさを引き出しています。このとき「おいしいけれど、やっぱり鮎は塩焼きのままがいいね」と思われてしまっては、トリュフと合わせた意味がありません。塩焼きは定番ですが、それ以上の鮎にするためには何が必要なのか、どんな食材とどのように組み合わせ、どう調理するかを追求することが私のスタイルなのです。

成長につながった成功や失敗

 修業時代の失敗はいろいろあります。そばつゆと煮魚の汁を間違えてお客様に出してしまったり、大晦日の掃除に寝坊してしまったり……。でも、石川さんから直接指導を受けた記憶はほとんどありません。むしろ、信頼して任せてくれたことで、自ら考え行動する力が養われました。店のために、自分がいま何をするべきなのかを常に考えていたことが、私を成長させてくれたのだと思います。

日々、習慣にしていること

 感謝の気持ちを忘れないため、毎日30回ほど、生産者、スタッフ、家族、お客様、すべての神仏に対して、心の中でお礼を言います。また、営業前と営業後の2回、店の神棚に手を合わせ、月1回は店の近くにある東京大神宮に参拝します。

スペシャリテ、自慢の一品

「虎白」のお造りは、旬魚の刺身を、カツオと昆布の出汁をベースに橙としょうゆを合わせたジュレと季節の薬味で。この日の魚はコシビ(クロマグロ)

 お造りはたいてい、しょうゆとわさびで食しますが、「虎白」では、カツオと昆布で引いた出汁に橙(だいだい)を絞ってしょうゆで香りを付け、ゼラチンでジュレにして旬の魚と合わせます。魚種によってジュレの酸味を調整し、ミョウガや花穂紫蘇(はなほじそ)など季節の薬味をあしらいます。当店ならではのお造りだと思います。「しんじょう」も、カニやエビなどの定番の食材以外で作ることが「虎白」流。「今日のしんじょうは何が出てくるか楽しみ」と常連さんにも好評です。

座右の銘、好きな言葉

 「楽しむ」こと。仕事は楽しめることが、とても大切です。楽しんでこそ、多くの発見や気づきにつながります。

趣味や休日の過ごし方

 朝、熱めのシャワーを浴び、休みの日には10㎞ほど走ることもあります。健康な体を保って、いい仕事をするためです。お客様は数カ月も前から来店を楽しみにしているのですから、それを裏切らないように体調管理に努めています。また、とにかく食べることが好きなので、店や食材の評判を聞けば、日本中に食べに行きます。勉強を兼ねて行くのですが、おいしいものを食べることが仕事に役立つわけですから、料理人は本当にいい職業です。

目指す料理人像

 一生、新しいものをつくり続ける料理人でいることです。70~80歳になった頃には、週3日くらいの営業で、常連のお客様と語り合える小さな店を持ち、若いシェフの店を食べ歩きたいですね。また、自分の知識と技術は、病院食などにも活かせるのではないかと思っていて、そうした社会貢献の道も探りたいです。

2020年の目標や予定

 「虎白」で働く料理人がまもなく、当店のある神楽坂エリアで寿司割烹「波濤(はとう)」を出します。さらに、「神楽坂石かわグループ」として、新たに2店舗を年内にオープン予定です。一人立ちする彼らをしっかりサポートし、若い料理人が独立しやすい仕組みづくりを強化したいですね。個人的には41歳となり、本厄を迎えます。これまでの生き方を見つめ直し、今後の料理人人生をじっくり考えようと思っています。

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