2021/05/01 繁盛の黄金律

効率を追いすぎるとお客は逃げていく

外食業は、製造業と小売業とサービス業が複雑に絡み合ったビジネスのため、他の業種と比べて生産性が上がりづらいのが現状ですが、その複雑性・多様性こそ、価値が生まれる核があり、外食の楽しみを生む根源です。

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Vol.116

多様な業態が混在しているところに、外食の価値がある

 経済界ではことあるごとに、「選択と集中」が叫ばれます。それぞれの業種で、一番生産性の高いビジネスにカードを張って、そこに集中しろ、と言います。実は私は、この「選択と集中」という言葉が昔から大嫌いなのです。

 この言葉を外食に当てはめると、テーブルサービスみたいなかったるいことをやっていないで、全員生産性の高いファストフードに切り換えて、その道を突き進みなさい、ということになります。飲食店のすべてがファストフード。かなり荒涼たる風景が思い浮かびますね。そんな世界が現出したら、外食業の魅力はいっぺんに吹き飛んでしまいます。

 外食業はもともと、生産性の低いビジネス領域です。当たり前の話で、店の中に生産部門たるキッチンを持っていて、お客が来店したら注文を受けて、それから調理に入り、出来たての料理を即、お客のテーブルにお届けする。飲食用語でいうと、「ツーオーダー(cook to order/注文を受けてから調理すること)」ですね。しかも、そこで素晴らしいサービスも発揮しなければなりません。

 外食業は、製造業と小売業とサービス業が複雑に絡み合ったビジネスですから、他の業種と比べて生産性が上がりづらいです。でも、その複雑性にこそ、価値が生まれる核があります。そして、何とかその生産性の壁を乗り越えるべく発明されたのが、ファストフードというわけです。ファストフードはツーオーダーではありません。基本的に作り置きビジネスです。だからオペレーションの単純化ができて、提供が早い。カウンターで商品を渡せば、そこでビジネスは完了です。つまり、ファストフードはテイクアウトが商売の基本です。イートインはサブです。店で食べたい人がいたら、どうぞ自由に席で食べていってください、というビジネスです。

 生産性を高めるために開発された仕組みとしては、具体的にもう二つあります。一つは、牛丼の単品から始まった「吉野家」です。提供時間を早め、客席の回転効率を極限まで高めたシステムですが、実は吉野家はフルサービスレストランなのです。ギリギリまでプレパレーション(下準備)は行われていますが、ツーオーダーは守られているのです。

 もう一つは、回転寿司です。レーンの上にお皿を並べて、お客は好みのお皿をピックアップするところから始まって、今はタッチパネルでオーダーすると、その皿が高速レーンで届けられる、という方式に変わってきました。一貫して人を介在させずに商品が目の前に届くという仕組みを開発して、普通の外食業では考えられない生産性を獲得しました。

 世界規模で見ても、高生産性の外食業はこの三つに絞り込まれるでしょう。三つのうち二つは、日本の発明です。仕組みの開発によって、高い生産性を持つことができました。この三つの仕組み自体は評価しなければなりませんが、先述のように「選択と集中」によって、外食が高生産性フォーマットで埋め尽くされてしまったら、これほどわびしいことはありません。

生産性の低い外食が、巨大な雇用を支えている

 外食業は、業態によって生産性が変わってきます。複数の業態をやっているとしたら、そのそれぞれの店で適正な生産性は変わってくるため、一つの生産性のモノサシだけを当てはめてしまったら、他の店はフォーマットそのものが崩壊してしまいます。簡単に言うと、業態によって粗利益率も変わってきますし、人件費率も違います。提供する価値が違い、客単価が違うのですから、当たり前の話です。例えば、ABCDEという5つの業態をやっていたとします。Aが一番高い生産性を具備しているから、それならばとBCDEもAに右へならえをさせたら、どうなるでしょう。それぞれの店が持っていた価値が雲散霧消してしまうこと必定です。

 一般的に言って、客単価の高い外食業ほど生産性は下がります。客単価2万円の料亭であれば、レベルの高い料理人と高いスキルを身に付けたサービスメンバーがいて、客単価に見合ったもてなしで満足してもらう商売です。ここに席の回転率を求めたり、調理のシンプル化を追求したりしたら、お客は「二度と来ない」と決意することになるでしょう。一見無駄の塊のような商売をしていても、顧客の満足度が高まれば、その商売は成立します。しかし、例えば高級料亭であれば、庭にも建物にも調度品にもお金をたっぷりかけなければなりませんから、誰でもやれる商売ではありません。また、気の抜けたような喫茶店をやっていても、その脱力した雰囲気がたまらないといって、常連客が集まることも珍しくありません。商売っ気がまったくなさそうな主人がやっている居酒屋に、主人の人柄にほれてお客が毎晩集う、というケースもあります。これらの店々が成立することで外食業の多様性を形成しているのです。

 そして、投資額が比較的低いということで、次々に外食業に入ってくる新参者が後を絶ちません。参入障壁が低いのも、外食業の特徴です。出たり入ったりが多いのです。思いつきでやった商売が意外なヒットを生んだり、それを大企業がチェーンフォーマットに仕立て上げたり、そんなこんなで、外食業はいつも多様性を失わず、新しいエネルギーを醸成し続けているのです。それを「選択と集中」で地ならしをしてしまったら、外食は無味乾燥で起伏のないビジネス領域になってしまうでしょう。そうなると、外食そのものの活気が失われて、市場も縮小する一方になってしまいます。生産性に背を向けた外食業も雑多に存在して、一方、生産性をとことん追求した店も新たに生まれる。これによって生まれる多様性が、外食の楽しみを生む根源なのです。

 私は、農業と外食業は、あまり生産性を追いかけてはいけない領域だと考えています。アメリカ型の大規模経営だけの農業になったらどうでしょう。日本の農家の大半はつぶれ、新規参入も不可能になり、作物の多様性は失われます。それが進めば、日本の食料自給率はもっと下がるでしょう。ひとたび、世界規模の飢饉が起これば、日本人は即飢え死にです。小規模農家が狭い農地からでも作物を生み出し、その集積が自給率を支えているのです。もっとも、その自給率は危険ラインをはるか昔に超えてしまっていますが…。

 外食業も同じです。生産性が低いということは、簡単な言い方をすると、人を多く雇っているということです。日本では約400万人の雇用の受け皿になっているのです。ここで「選択と集中」が進められたらどうなるでしょうか。あっという間に、雇用は半減してしまいます。生産性の高い外食企業がいくつか生まれる代わりに、外食業界はモノトーンになり、街には失業者があふれるということになります。そんな社会は決して豊かな社会ではありません。

株式会社エフビー 代表取締役 神山 泉 氏
早稲田大学卒業後、株式会社 柴田書店に入社。「月刊食堂」編集長、同社取締役編集部長を経て、2002年に株式会社エフビーを発足。翌年、食のオピニオン誌「フードビズ」を発刊。35年以上もの間、飲食業界を見続けてきた、業界ウオッチャーの第一人者として知られる。