Vol.137
チェーンに対しては逆張りで生きる
独立開業を目指す若い人が、とんと少なくなってしまいました。昔ならば小なりといえども一国一城の主(あるじ)になることが、外食業で働く人のあこがれでありましたが、独立して成功する例が少ないこともあって、大方の人たちが安全な道(サラリーマンの道)に進む時代になってしまいました。それはそれで仕方のないことですが、修業をしっかり積んで腕に自信のある人ならば、その力を生かして自力の道に一歩踏み出しても良いのではないか、と私は考えます。
前回にも書きましたが、チェーングループは、調理人の技能を必要としないコックレスにどんどん傾斜していますし、いろいろな装置(フードテック)を使って、人によるサービスを不要とする方向に突き進んでいます。技能を持った人の調理、そしてスキルと心のこもったサービスがこれほど求められている時代がないにもかかわらず、調理とサービスをキチっと提供する店がどんどん減っています。既存の個人店も高齢化が進んで、後継ぎが見つからず、廃業が増えています。需要があるのに提供できる店が少ないという、バランスの崩れが進む一方です。状況としては、独立のチャンスなのです。しかし、失敗例が多いのも、事実です。いや、ほとんどが失敗例と言っても過言ではないかもしれません。
失敗の原因は、第一に立地です。外食業は立地ビジネスですから立地が間違っていては、手の施しようがありません。立地の重要性については、この連載でも何度か警告していますので、今ここでは言及しませんが、「安くていい物件はない」と考えておくべきです。いい物件は、家賃が高いのです。もう一つ、商売に合った物件を探すべきです。例えば、マクドナルドやスターバックスは街のベストの立地に店がありますが、気の利いたフレンチやビストロや、主人の調理の腕でお客様を呼ぶ小料理屋や和食店が、同じ立地で営業をしたらどうでしょう。来てほしいと思うようなお客は来ませんよね。自分のやりたい商売はどのような立地がいいのか、どういう客層(来店動機)を対象にしているのか。この点をじっくり考え抜かないと、立地で必ず失敗します。
お客様のいる池に釣り糸を垂らそう
もう一つの失敗の原因は、やりたい商売にはお客様がいない(少ない)ということです。修業した店が接待客も取れる有名なフレンチだったとします。客単価は一人4万円。あるいは超一流の和食店でもいいでしょう。こちらの客単価は5万円。修業した人は、さすがにこの客単価を取れる店をやろうなどとは思いませんが「親方の店の半分の客単価ならば、私にもできるだろう」と考えてしまいがちです。それくらいの腕は、私にもあるはずだ、と。フレンチならば2万円。和食ならば2万5,000円。結果はどうかというと、半分にしてもやはり失敗です。お客様は来ないのです。
なぜ失敗してしまうのか。もともと、お客様の数が少ない領域(業態)であることに気が付いていないのです。高級フレンチや高級和食店に、普通の人がいったい1年に何回行きますか。ほとんどの人がゼロです。普通じゃない人も自腹で行くことは少ないでしょう。接待(ごちそう)するかされるか、です。領収書を求める飲食のケースが多いのです。独立開業の成功の第一の関門は、修業した店の格は忘れよ、です。どんな商売をすれば自分の腕と経験を最大限りに生かせるか、それをゼロから考えることです。
私ならば、フレンチの修業をしたならば、洋食店を始めます。和食の修業を積んだのであれば、定食店か居酒屋をやります。中華の名店で修業を積んだのであれば、町中華です。つまり、大衆が気軽に来られる店をやります。もちろん修業の腕を生かせる価格(つまり、ちょっと高め)を狙うべきでしょう。大衆がちょっと背伸びをする時に使う店です。大衆店よりは市場は小さいですが、需要(お客様)はたっぷりあります。そして、料理の質の高さで評判を呼べば、わざわざ遠方から来店してくださいます。繁盛店になることも夢じゃありません。大事なことは、チェーングループと同じ市場に身を置かないことです。同じ質のものを提供して、同じ価格で売ってはいけません。負けるに決まっていますし、それでは腕が生かせないではありませんか。
しかし繰り返しますが、大衆価格の一つ上です。大衆がちょっと贅沢をする時に「自腹で」使える価格です。良い食材と優れた技能(特に、素材の質を落とさない)、そしてクレンリネスが行き届いたスカッとした店づくりで、チェーングループでは手を出せない、お客様のニーズを取ることができるのです。もう一つ大事なことがあります。それはサービスです。調理にたけている人々に通底する欠点は、サービス力を軽視するところです。「旨いものを出せば文句はあるめえ」とばかりに、不愛想を売りにするような店がありますが、とんだ勘違いです。個人店こそ、サービスが命です。心のこもったフレンドリーなサービスこそが、サービスレス指向のチェーングループとは一線を画することができるのです。特定の常連客にベタベタするようなサービスであってはなりません。どのお客様にも分け隔てをすることのない、平等でさっぱりとした快いサービスの実現を心掛けるべきです。
外食の魅力は出来たての料理を快いサービスで提供すること、これに尽きます。当たり前ではないか、と思うかもしれませんが、今、その当たり前のことがどんどん棄てられて、外食業の物販化が一気に進んでいるのです。当たり前のことをやる外食業が減って、そこに真空が生まれているのです。この真空を一番上手く埋めることができるのは、技能を持った個人店である、と私は確信しています。独立のチャンスの到来です。
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