世界一大きなお好み焼き屋
「Kawaii(カワイイ)」は、世界で通じる日本語のひとつ。「Cute」は子供っぽいニュアンスがあるので、もっと広い意味で使える日本語の「カワイイ」は、日本のアニメやファッションなどと共に世界中に広がった。その「カワイイ」の聖地ともいえる原宿には、外国人観光客も多く訪れるが、その原宿でもひときわ外国人が多いお好み焼き屋さんが「さくら亭」だ。
「うちは、古民家を改装して始めたお好み焼き屋なのですが、最初はこぢんまりと始めました。今ほど大きな店ではありませんでした」と語るのは、「さくら亭」の店長、瀬戸航平さん。
「30年前は、原宿の『カワイイ文化』が、世界的に有名になり始めたころ。うちの店もすでに外国人客は多かったのですが、それでも日本人客が7割程度を占めていたと思います。当時は、日本人の近くに勤める人たちが、よく宴会に使ってくれていました。ときどきその頃のお客様が来店し、懐かしがっていただくようなこともあります。新入社員だったお客様が、出世して部下を連れてきてくださったり」。
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「さくら亭」のグループ会社には、サクラホテル、サクラハウスなどの外国人向け宿泊施設がある。その宿泊客が原宿観光に来た際には来店してくれるという強みがあった。「サクラホテル、サクラハウスのスタッフが、原宿に行くなら、お好み焼きはいかがですか?『さくら亭』というレストランありますよと、紹介してくださって、ずいぶん助かりました」(瀬戸さん)。
そして、グループ会社を含め、多くの外国人と接しているうちに、彼らが困っているというニーズも聞こえてきた。「グループ旅行など大勢で来た場合、原宿は小さい店が多いので、みんなで一緒に食事を楽しめないのが残念だと言うのです。それなら店を大きくしようと、庭にテントの屋根を付けたり、増築して、席数を増やしました。今は220席あります。お好み焼き屋さんで、この席数は、おそらく日本一、いや世界一なのではないでしょうか。でも入口は小さいから、最初は店内の大きさが想像できないんです。だから中に入って驚く人がとても多い。大箱なんですが、ちょっと隠れ家的な店でもあるんです。そこがいいと言ってくださる人も多いです。ちなみに、今日のランチは、40名、40名、30名、20名と4つの団体が入ってました」。この増築後、外国人観光客の来店は増え、SNSなどのクチコミもあって、今では外国人の予約でかなりの席が埋まるようになったという。日本人との比率も逆転し、9割近くが外国人という日も多くなった。
「ツアーガイドの人たちに、原宿にはさくら亭があると覚えていただいたことも大きいです。ちょっとしたトラブルなどで予定していたランチ場所が使えず、急遽ヘルプコールがかかってきたりすることもあります」。
体験する楽しさを提供
「さくら亭」のお好み焼きは、各テーブルの鉄板で自分で焼くスタイル。あえてそうしているという。
「スタッフが焼いて提供した方が、回転率は上がるのですが、自分で焼くという体験が、お客様にとっての思い出になると思うからです。外国では、料理を自分で作るレストランなんて、そうないですからね。焼き方を英語で解説したシートを用意していますので、それを見ながらわいわいと楽しんでいるお客様が多いです。『お母さんより私の方が上手くできたの』なんて、店員に自慢しに来るお子様がいたりね。初めてのお客様に、以前来店したことのある別のグループのお客様が焼き方を指南したりすることもあって、お客様同士のコミュニケーションが広がって、店中で盛り上がったり。ある意味一期一会の体験ですから、それは思い出に残ると思いますよ」(瀬戸さん)。
「さくら亭」の人気の秘密は、みんなが笑顔になるその楽しい雰囲気だ。店員も皆が明るく盛り上げ上手。彼らがあちこちで笑顔で接客している様子を見て、外国語が得意な人を集めているのだろうと思い、瀬戸さんに聞いてみると、「そんなことはありません。全然話せない人もいます。むしろペラペラ話せる人の方が少ないです。でもね、言葉じゃないんですよ。ボディランゲージとお店で用意している英語メニューなどのツールだけで十分にコミュニケーションできます。それよりもお客様を楽しませよう、喜ばせようという気持ちの方が大切です」という意外な答え。瀬戸さんは、言葉ができないという理由だけで外国人客を敬遠する必要はないと言う。
「外国語メニューなどのツールは準備しておいた方がいいとは思いますが、日本語で話していても、ボディランゲージをプラスするだけで意外なほど通じますから、それほど心配しなくていいと思いますよ」。
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肉好きとビーガンが一緒に食べられる店
外国人向けを意識して、特別にしていること、工夫していることは何ですか?という質問に対しても、少し意外な答えが返ってきた。
「特に何もやっていないのですが、ただご要望をできるだけ臨機応変に対応しようと思っています。例えばベジタリアンのお客様には、ベジブロス(野菜で作るだし)で生地を溶き、野菜だけを使った「ベジタリアンお好み焼き」を用意しています。その他にも、宗教的な理由などから豚肉じゃなくて鶏肉にして欲しいなどという要望などにも、できるかぎり応えるようにしています。グルテンフリーだったら、米粉に変更します。お好み焼きは、『お好み』と言うぐらいで、なんでもありな料理ですからね」。
外国人は、日本人に比べて、好き嫌いなどをはっきり主張する傾向がある。そうした希望にもできるかぎり応えるという。お客様を楽しませよう、喜ばせようという気持ちが、ここでも発揮されている。
「お肉が大好きな人と、ビーガンが同じグループにいても、そのどちらにも対応できる、どちらも我慢することなく楽しめる、そんな店は意外と少ないのではないでしょうか」。
外国人だからといって、みな一緒だと思ってはいけないと瀬戸さんは言う。「一人ひとり、宗教も、好みも、主義主張も違うわけで、その一人ひとりに合わせることが大切なんです。昔の食堂などでは、お客様の年齢や好き嫌いなどに合わせて、少し量を変えたり、付け合わせを変えたり、そんなことしてましたよね。私もそうですが、そういう気配りはとても嬉しいですよね。外国人だって同じなんです」。
「さくら亭」は、グループ会社のひとつで隣接する「デザインフェスタギャラリー」と連動して、壁にアーティストが絵を描いている。また、古民家の庭に元々あった木を残しているので、その木が自然のまま、天井を突き抜けるようにテーブルの隣からそびえ立っていたりもする。そのユニークな内観も人気を集めている理由の一つだ。
団体で利用できる席数の多さ、お好み焼きを自分で焼く体験スタイルの楽しさ、そして内観のユニークさ、「さくら亭」には、外国人の興味をそそる魅力がたくさんある。しかし、その最大の魅力は、実は「日本らしいおもてなしの心」なのだ。瀬戸さんの笑顔がそう語っているように見えた。
東京都渋谷区神宮前3-20-1
https://r.gnavi.co.jp/gc51700/
スマイラー99号(2024年4月)より転載
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