※スマイラー105号(2024年10月)より転載
お店の在り方は自分で決める
「田っくん商店」は、和食とこだわりのお酒をリーズナブルに楽しめる、こじんまりとした空間が居心地の良い居酒屋。9坪のコンパクトな店内に満席時には約15名が入り、そのすべてのオーダーを女性板前が1人でさばいていくさまが小気味良い。カウンターの内側では割烹着姿の店員がにこやかに酒を注いで回り、店内はまるで小料理屋を思わせる落ち着きのある空間だ。
食事メニューは、ホワイトボードのおすすめも合わせると約50品にも迫り、品数と調理法のバリエーションに圧倒される。刺し、焼き、蒸し、揚げ、いずれも調理は極力オーダーが入ってから行うというこだわりっぷりだ。
9月某日の取材時のおしながきは「真鯛胡麻衣まぜ造り」(690円)、「じゅんさいもずく酢」(590円)、「里芋の唐揚げ」(490円)、「自家製蒸し胡麻豆腐」(590円)など、迷う過程さえ楽しい豊かな品ぞろえ。かつおだしだけでなく数種類を引くだしを基本に、塩味は最小限にとどめ、食材を引き立たせた上品な味付けに自然と心がほぐれる。目にも美しい器の取り合わせからも、季節の移ろいを味わう日本料理の心意気が伝わってくる。
立ち飲み屋に入ったはずが、割烹レベルの味と空間。このギャップが忘れがたい酒場体験となり、開店8年目を迎えた今もファンを着々と増やし続けている。うれしい裏切りにすっかり心を奪われ取材を申し込むと、オーナーの畑 琢也さんにお話を伺うことができた。
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思い描く客層をあきらめない
同店の前身は、代田橋の1.2坪の狭小店だった。2010年、自身が通っていた串揚げ店が退去するタイミングで「この場所でなにかやったら?」と声がかかり、当時レコード関連の仕事をしていた畑さんは、一念発起で飲食未経験からの開業を決めた。店のテーマは和食に絞り、料理はゼロからの独学修業。店をひたすら食べ歩き、手元を盗んで練習を重ねた。試作品をお客様に食べてもらい、厳しい言葉ももらいながらのスタートだったが、腕の上達と比例して次第にファンが付き始め、店の敷地から人が溢れるほどの繁盛店へと成長を遂げた……と、ここまで順風満帆な立ち上げストーリーに見えるが、舞台裏では、自身の思い描く営業スタイルを掴み取るまでの泥臭い戦いがあった。
畑さんの目指す店とは、食事を主役に楽しんでもらう“料理屋”。しかし立地していた飲み屋街は、一杯飲んでは次の店へとハシゴ酒文化の根付くエリアだった。「この辺りで食事する人なんていないよ」と地元客からの冷ややかな言葉を浴びながらも、ここは料理屋だから、という彼の覚悟は揺るがない。理想と乖離(かいり)した現状をどうにか打破しようと、強硬手段にも出る。「食事をオーダーしない場合はチャージ7,000円」というルールを敷き、そして実際にお客様から徴収。逆恨みで悪い噂を流される苦境に立たされながらも、自らの信じるやり方で営業を続けていくうち、気付けば以前のちょい飲み客は一掃され、料理を目当てに来てくれる新たなお客様が定着し始めた。店に新陳代謝が起こったのだ。「そんなんじゃもう来ないよ、とお客様に握られている状況は本当に怖い。だからこそ、怖いけど一度断ち切って、お店の在り方は自分で決めていった」。畑さんの芯の強さに敬服するエピソードだ。
ギャップで魅せる“大人の酒場”
南阿佐ヶ谷に移転オープンしたのは2017年。散歩中に偶然見つけた物件は、地元で100年愛された元個人商店だった。「クリーニング屋さんなんだけど、たばこもお菓子も売っていたという地域のよろず屋。レトロな看板を一目で気に入って、そのまま残して使わせてもらうことにしました」。こうして誕生したのが、新生「田っくん商店」のユニークな店構えだ。一見何の店か分かりづらいという弱点を意外性という強みに変えて、その狙いどおりにオープンからほどなく新天地でも話題の店となっていった。
同店の魅力はなんといっても、随所に忍ばせた「ギャップ」にある。それは外観だけの話でなく、店内での体験にこそ真髄がある。入ってまず感じるのが、ほどよく張りがあり気持ち良い空気感だ。常連同士が大きな声で盛り上がったり、店員と親しげに話し込んでいる“酒場あるある”の光景がここでは見られない。ほぼ満席の中でも落ち着いた時間を過ごさせてもらえるのが、立ち飲み屋のイメージを良い方向に裏切るギャップの一つだ。「大事にしているのは疎外感を感じさせないこと。自分がそういう店を好きじゃないので、常連だからといって特別扱いせず、お客様を平等に扱いたい」と話す。
畑さんが目指す接客、それは「ファミレスやコンビニと同等のレベル」。どういう意味かと問うと、接客が良いからまたここに来たい、と思わせる対応はしなくていい。引き止めてしまう雰囲気よりもすんなり帰りやすい店。プライベートに踏み込まないことで、元気な時でも、落ち込んでいる時でも、気負わずふらりと寄れる店。そんな大人同士の距離感を守った接客をスタッフに伝えているそうだ。
ただし一つだけ徹底しているのは、退店の際のお見送り。料理人もどんなに忙しくても手を止めて挨拶をする。同店のテーマは、静かに食事を楽しみながら酒を嗜む“大人の”酒場。当たり前のおもてなしをきっちり行うことで過剰なサービスをそぎ落とし、ほどよい緊張感の中でそれぞれが心地よい晩酌を楽しむ光景には、ほんのりと色気が宿る。
愛ある「姑(しゅうと)教育」
現在畑さんは店頭に立たず、メニュー開発や仕入、事業開発の傍らで、店舗スタッフの教育にも情熱を傾ける。料理人の武井もと美さんは、前職で大手チェーン居酒屋勤務を経てコロナ禍に同店へ入社。本格的な和食は畑さんについて覚え、今では一人前の板前としてハイクオリティーな料理を提供している。武井さん曰く、畑さんの教育の着眼点は「良い意味で、姑さんみたい」。お客様から見える所作、話すスピードや相槌を打つタイミングまで、スタッフ一人一人の伸ばせるポイントを客観的に見出し、丁寧に細やかにフィードバックしていくのだそう。経営者兼プロデューサーの顔も併せ持つ。
余談だが、お店のメニューはすべて畑さんが開発しており、レシピは資産として丁重に扱う。そのため店内でもメインの料理人2人のみにしか公開していない機密情報だ。オペレーションも、1人で複数オーダーを同時進行できるよう仕込みとのバランスまで考え抜いており、手間を惜しまず本質を追求するスタイルは、他店が気安く真似できないほどに作り込まれている。
店舗展開については、2021年に、2店舗目を本店からほど近い場所に出店した。しかし開けてみると、同じエリアのお客様を両店で分け合う形となったため、こちらは早々に畳んで次の挑戦へ仕切り直した。試したかったのは、この店を誰も知らない場所でも通用するかどうか。そんな思いで2023年に立ち上げたのが、西東京市・ひばりが丘駅前の「田っくん商店 サテライト」だ。
この秋で一周年を迎えたこちらの店舗も約11坪と、厨房の臨場感が伝わるサイズ感での展開をポリシーとしている。サテライト店の板前は、畑さんの一番弟子である奥様の綾子さん(店内での役職名は“女将ちゃん”)。現在どちらの店舗にも女性の料理人が立ち、凛とした空気をカウンターに醸している。
気になる今後の出店計画だが、なんと次は和食ではなく、NYスタイルのピザ屋さんを展開予定とのことで最後まで驚かされる。こちらはセントラルキッチンで全ての調理を完結し、販売拠点のみを増やしていくという、レシピを門外不出としながら展開する新たなスタイルを試みているそうで、これまでのあゆみとギャップのある挑戦もまた楽しみだ。
自身が生粋の料理人でありながら、スタッフを輝かせるプロデューサーであり、ギャップでお客様を虜にするエンターテイナー。そんな畑さんの心意気に惚れ込んだ大人たちが、今宵も「田っくん商店」のコの字に集う。
住所:東京都杉並区成田東4-37-8 ハイライフ阿佐ヶ谷102
TEL:070-4405-1091
https://www.instagram.com/takkun_shouten/
田っくんのサテライト商店
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